3 動揺
ルディはついに開き直った。
仕事にかこつけてまだこの場に居座ろうとする。
一向に引き下がる気配を見せないのは食い意地だったのか。
マチルダは持ち場を荒らされたことに苛立ちを憶える。
その場でルディと激しく対峙する。
「食い物の恨み」といった顔してルディも目の色変えて。
甘い香りは可憐な乙女を戦士へと変えてしまう。
黒服を呼ばせないために入り口を背にして、ジリ貧で迫って来る。
その若いルディの図々しさに気圧されたのかマチルダは思わず後退する。
一歩、二歩と後退し、マチルダの腰元が机を押し上げるように接触した。
その衝撃で机が微妙にズレて、熱湯が入った鉄瓶が勢いよく傾いた。
「……あっ!」鉄瓶が横転し、100℃に近い温度の液体を机の上にぶちまけた。
美味しそうだった僕のパンケーキが一瞬でびしょ濡れになり果てた。
あっという間に料理が台無しになってしまった。
背後の物音で彼女は失態を演じたことを知る。
マチルダは嘆くようにこちらを振り返った。
卓上の料理が酷い有様だが、彼女の意識は僕の顔色に重きを置いていた。
マチルダの声は震えて出して青ざめに変わる。
「ぼ、坊ちゃま……火傷などなさらなかったでしょうか?」
僕は知っている。
彼女の不注意でしかない。
だけど彼女は悪くないと理解できる。悪いのは……。
僕に被害はないと伝えた。
それでもマチルダはワゴンに掛けてあった布巾を抜き取ると僕に駆け寄った。
「申し訳ありませんっ! すぐに代わりの食事をご用意いたしますから!」
そういって彼女は慌てふためいて。
このようなアクシデントは珍しくもないのに恐れおののいていく。
マチルダは混乱する中、僕の膝元で崩れ、そのまま床にひれ伏した。
図々しいルディもさすがに慌てた。
その場で跪き、深く首を垂れた。
そのまま出て行かぬのは逃げても無駄と知るためか。
まさか、この期に及んで食い意地から居座ろうとしていないよな。
室内に不穏な空気が流れる。
僕の私生活には平穏な日常というものが訪れた試しがない。
ここは僕が明るく口を開くしかないようだ。
「いやぁ二人とも大げさだなぁ。代わりの食事があるなら再度持って来てくれればいいだけだし。机の上は僕が拭いて置くから、食事の方を頼むよ」
マチルダの手に握られていた布巾を掴んで引き寄せ、机の上を拭き取ろうとした。
すると僕の言動で二人が同時に顔を上げた。
声を漏らしたのはマチルダだ。
「えっ!? ぼ、坊ちゃま……?」
僕が布巾で机の上を少し拭き取る仕草をする。
床にひれ伏していた彼女がすぐさま立ち上がり近寄って来る。
僕の動きを止めようと必死になって腕にしがみつきながら腰を落としていく。
眉間にしわを寄せ、喉から絞り出すようにいう。
「お手が汚れます、これは召使いの仕事でございますから……どうか……っ!」
彼女は、洪水のように一気に目に潤いを滲ませながら青ざめる。
ただの手伝いで、そんなに大げさに振舞わずとも。
恐れを抱く君のその声が僕の目にも耳にも痛くて辛い。
まるで無慈悲な暴漢に囚われたかのようだ。
悲鳴に近いその声が、今は何よりも悲しくて虚しい。




