16 どうせなら
「打ち明ける暇がございませんでした。
そのような理由で黒服は私のことも監視下に置いていますから」
ま、まじか。
「よく話してくれた。ありがとうマチルダ」
「いえ。どのみち旦那様へは真実のご報告しなければいけませんので」
つまり、マチルダも兄たちには信頼されていない。
だから兄たちは彼女を丸め込もうとした。
グッドタイミングで記憶が戻った。
「でも、兄さまにあからさまにうその報告をしてマチルダが遠ざけられても困る」
「ええ。それらすべては坊ちゃまの魔法訓練にかかっています」
「それは、どういうこと?」
マチルダはルディのことを見つめる。
そして、ルディの手を取り、優しく手を重ねる。
ルディは意表を突かれて声を出した。
「ま、マチルダさん!?」
「ルディさん、さっきは辛く当たって、ごめんなさいね」
これは!?
ルディに対する先ほどまでの怒りの表情は見られない。
どうやら、マチルダはルディに対しても演技をしていたようだ。
「えっ? えっ……えっ!?」
そりゃ戸惑うよな、ルディ。
「見張られていたの。私もあなたも。
坊ちゃまをお守りするためにやったことなの。
あなたが遠ざけられたら困ると思い、したことなの」
マチルダの表情は母の温もりを思い起こすほど穏やかだった。
ルディを部屋に押し戻すようにして、目の前で打ち明けたのはそのためか。
先程、ルディを部屋の前で厳しく叱責したのもわざとで。
黒服が聞き耳を立てていれば、マチルダの領分に介入しない。
奴らをこの部屋から遠ざけるのが狙い。
この三人だけになるために。
マチルダの動向にも黒服の目が光る。
見張られているなら、
ルディを出しにするのが手っ取り早い。
ルディの粗相は僕がすでに謝罪済みとしたのに。
マチルダがほかに彼女を責め立てる理由が見当たらなくて、
不思議に思っていたのだが、これで合点がいった。
だが、僕は敢えて問う。
「でもマチルダ。代わりの指南役なんていくらでもいるじゃないか」
「坊ちゃま……その代役が私たちの味方になり得ると思いますか?」
「ん? ……どういう意味?」
「ルディさんを遠ざけるとしたら、それはカミルさまたちです。
その代わりを寄こすのも、あの方たちの息のかかった者になりますから」
「あ……」僕は、なんて迂闊なんだ。
それに比べて、
マチルダは冷静で建設的な思考も兼ね備えている。
敵側の指南役が来れば、
僕の魔法を本気で向上させるはずなどない。
手を抜いてだらだらとやり過ごすか、
逆に苛め抜く可能性もある。
「じつはルディさんとはね、朝の厨房でも揉めちゃったの。
食事の質と量に不満があるみたいで。厨房に来ても増えるわけではないのに」
そうだったのか。
早朝の厨房でも同様のことが。
だから、あのとき速攻でマチルダは喧嘩腰になり冷たい態度を見せたんだな。
「そうか。指南役も活躍がないと食の待遇を上げてもらえない。報酬もな」
当たり前の話だが。
実績を出して認められなきゃ、切られるのがオチだ。
それにしても、ずっと気になっていたが、
「なあマチルダ。ルディって初期の待遇がひどくないか?」
「そうですわね。アッシュルーズ家の指南役にしては不遇に思っておりました」
住み込みという条件だから食事つきになるのだが。
これは何かあるだろうと。
僕とマチルダの視線は自然とルディに向かう。
「この際だから話して見ろ」と僕は迫った。
「あの、それがその。だ、旦那様に雇って頂いたときも空腹だったもので……」
バツが悪そうにルディは早口で言い切った。
「まあ、ルディさんったら!」
「まったくルディらしいな。それで、見つかって食事をへつられたのか?」
「うっ……は、はい」
さらに顔を赤くしてうつむいた。
上級魔法使いで出来の良いエルフ族なのに。
こんなおっちょこちょいには出会ったことがない。
ぷっははははー!
僕とマチルダは、腹がよじれそうになった。
ルディは恥ずかしさで顔を真っ赤にして、
「……そんなに……笑わないでくださいよ」
と、困った顔を見せた。
育ち盛りだから、やらかしちまったか。
「ルディさん、旦那様の言いつけなら仕方ないですね。
頑張って、坊ちゃまの魔法術を強固にして差し上げて認められなくちゃね」
「はい、がんばります」
マチルダがルディに厳しかった理由が知れてよかった。
ルディも一安心だ。
「僕としてはルディに頑張ってもらうと厳しいけど、
運を上げられたら上手くやれると思うんだ」
どうせなら、マチルダにも応援してもらおう。
「運……でございますか?」
「そう。運をよくするものが街にあるとルディがいうものでね」
「あらまあ! それは私も興味がありますわ。どのようなものなのかしら?」




