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11 親密度プラス


「わかりましたっ!」



頼もしい返事だった。

彼女は決断した。



「本当に今おっしゃった()()条件で約束してもらえるなら考えてもいいです」


「ほ……ほんとか!? ルディ!」



条件を付けるのが交渉だ。

たかが朝食のパンケーキ数枚上乗せで、指南役の信念を曲げてくれるんか。


僕は面を上げ、安堵する。

彼女もなんだか満面の笑みで揺れている。



「食べ残しじゃないぞ。ちゃんと1人前、分けておいてあげるからな」



嬉しさを隠し切れない。

テーブルの上から身を引き、姿勢を正す。


二人が顔を近づけたとき、

ルディのつぶらな瞳の中にはしゃぎだした僕が映っていた。

こんなにもきらめいている僕は何年ぶりだ。



「お受けしますが、見つかったら大変です。きっとあたしが叱られます」



ルディが視線が部屋扉の方を意識し、緊張の面持ちで承諾した。



「やった! 約束だぞ!」

「うん!」ルディは屈託のない笑顔を見せた。



楽しい……。

僕の心は喜び、ときめいている? 

なぜだ、これは交換条件だぞ。

いや、それでもいい。



「よし、ルディは先に部屋へ帰ったことにする。

 クローゼットの中にでも隠れてて。

 僕が食べ終わるまでに、ここで食べていくといい」



運を上昇させる『だいじなもの』の詳細は、その折に聞かせてもらう。



ルディの顏はこどもの日を迎えた子供のように甘く崩れた。

よほどパンケーキを口にできるのが嬉しかったのだな。

こんなにあっさりと承諾してくれるとは。


何処の世界も飯の威力は最強だ。

うまいものには勝てない。


匂いだけで我慢などできるわけがないと、思い切って頭を下げてよかった。

彼女だって、お零れを期待して席に着いたはずだ。


とにかく、これで街へと出かける話題をしても脱走の目論見を悟られにくい。

あわよくば運も上がる。


外の黒服は用心だが。

ルディとは秘密を共有した。

すでに二人で小さな冒険へと繰り出してしまった。


今後とも彼女に協力を仰ごう。





◇◇




「ラルク坊ちゃま、お待たせいたしました!」

「うん。マチルダも気を楽にしてすごせばいい」

「はい、ありがとうございます」



マチルダが再度朝食を運んで来た。

テーブルの上に配膳し終えるとお辞儀をした。

お代わり用のパンケーキもたっぷりとある。


隙を見て、無限の鞄に収納しておこう。


ゆっくりと扉の前まで下がっていきピタリと足を止めた。

そのまま背筋を伸ばしてこちらを向いている。


おや、なぜ持ち場に戻ろうとしないのだ。

召使いだからな。

いちいち言葉を掛けてやる必要があるのだな。



「予定が少し狂ったからマチルダも次の仕事が控えてるだろ。もう下がりなさい」

「お気遣いに感謝いたします。ですが──」



彼女が扉の前から動こうとしない。

無論、いつものことだ。


食事中は「代わりの茶を注ぐ」とかいって牛馬のごとく手足となる。

普段は気の利く人だ。



「昨日の今日だ。一人で楽しみたいのだ。だから下がりなさい」

「お紅茶のおかわりをお注ぎします」



今スルーしなかったか。


早く持ち場へ戻ってもらわないと。

クローゼットの方が気になる。

ルディがしびれを切らさないか心配だ。



「そんなことは自分でするから、ひとりにしてくれ!」

「ラルク坊ちゃま?」



彼女は真顔になった。


ルディも気配を消す術くらい心得ているよな。

僕の日常にこんなだまし討ちをする必要性などなかったから。

かなりの焦りがある。


いけない空気だ。

マチルダが邪険にされたと勘違いしてしまう。

今の返事は不敬だったか。

せっかく茶を淹れてくれるというのに。



「あ、いや。僕もそろそろ大人になるために、甘えてばかりは駄目だと思って…」

 

「まあ坊ちゃま、心がけは殊勝でございます。でも──」


「でも?」



また笑みが灯った。



「お食事の時くらいは世話をさせてくださらなければ下の者に示しがつきません」



会話が繋がった。


気まずくならずに済んだ。

下の者か。

ちょうどいい、聞いて置くか。


ティーカップを口に運ぶ。

紅茶を飲み干しながら。


茶が熱いけど我慢して飲み干すのだ。

そして早くお代わりを注がせてやる。

僕の世話に満足すれば、つぎの持ち場へいく気になるだろう。

あとは世間話で繋ぐだけ。



「マチルダの下の者って、うちに何人いるんだ?」



彼女は鉄瓶の蓋に布をあてがい持ち上げると茶こしに向けて湯を注ぐ。

立ち込める湯気がマチルダと僕を隔て、シルエットだけになる。



「私は屋敷に上がって20年以上になりますから下女の中では一番上ですよ」



それもそうか。僕が生まれる前からいるもんな。

何かを得意げに語り出す。

僕はこの隙にルディのいるクローゼットにまた目を向ける。

おとなしく潜んでいるようだ。


パンの匂いに釣られて腹の虫を鳴らすようなことがなければいいけど。

 


「ですが、こちらに配属されたのは私とルディさんだけですから」

「そ、そうか」



互いの吐息で鉄瓶から出た蒸気が晴れた。

彼女とルディと僕の三人暮らし。

それなら僕に好都のいい展開だ。


あとは見張りの黒服たち。

たしか交代で二人ずついたな。

マチルダが合計五人分の食事の支度をしているのか。

彼女の馬力なら普段の半分もあれば十分務まる。



「なら、黒服たちの食事の世話はもう済んだのか?」

「ええ。彼らは朝がお早いので」

「それと気づいてるかもしれないけど……」



僕はマチルダに察してくれと言わんばかりに問いかける。

無論ルディのことではなく自身の身の上だ。

マチルダは「どのようなことでしょう?」と少し首を傾げる。



「昨日から退屈で、見張りの奴らが気になってるんだが」

「そうですねぇ。個人的な外出は禁止ですが──」



黒服の情報でもくれたらと思ったが。

やっぱり僕の自由にはならない生活のようだ。

実質物置部屋だもんな。


学園内で問題を起こしたことへの反省。

それを促すためのお仕置きが自由なわけはない。

それでも、マチルダは柔らかな笑みを浮かべて話を続けた。



「魔法の稽古でお出になれますから気を落とさないでね、坊ちゃま」

「まぁ、その手もあるか」



ルディを連れて出る。

確かに外出の名分はそれで整う。

その壁はクリアできるか。


食事の偏りをなくしても。

運動不足では体調管理に結びつかない。

そこが不足すると

今度はストレスで睡眠の質が下がり睡眠不足も引き起こす。


ここに閉じ込めて衰弱死させない程度の運動は許可されているか。

魔法訓練が屋外設定なのがちゃんと救いになっている。


それはそうと僕の力量では、

とてもマチルダを部屋の外へ追いやれる状況ではなくなってきた。

マチルダとの親密度は上がったみたいだ。

それはそれでプラスになったけど。


いや、でも僕が頑張って早食いをすれば食事が早く終わるわけだ。

急だけど思い立ったが吉日で、僕は飲食の速度を上げていく。



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