現実を含む未来の話
彼が帰ったあと。
部屋に静けさが戻る。
さっきまであった体温が、まだソファに残っている。
「一緒にいたい。」
その言葉が、何度も胸に浮かぶ。
嬉しい。
ちゃんと嬉しい。
でも――
少しだけ、怖い。
彼女は自分を知っている。
相手の感情を読むのは得意。
距離を測るのも上手い。
だからこそ、無理をしない関係を作ってきた。
傷つかない位置を、自然に選べる。
でも今回は違う。
彼の弱さを見た。
母との関係。
“自分を信用できなかった”という告白。
あそこまで開いた彼は、初めてだった。
私が支えになりすぎたらどうする?
ふとよぎる。
包み込める。
待てる。
でも、それは一歩間違えば“母性”になる。
彼がそこに甘えてしまったら?
自分が彼の逃げ場になってしまったら?
彼女は首を振る。
違う。
彼は逃げなかった。
母に向き合い、
自分で「選んでいる」と言った。
あの目は、依存の目ではない。
それでも――
怖さはゼロじゃない。
好きになっているから。
だからこそ、慎重になりたい。
翌週。
二人はカフェにいる。
穏やかな午後。
窓際の席。
彼はコーヒーを置きながら言う。
「この前さ。」
少し照れくさそうに。
「一緒にいたいって言ったこと、覚えてる?」
彼女は頷く。
胸が少し跳ねる。
「具体的に考えたこと、ある?」
未来の話。
軽くはない。
でも重すぎないトーン。
彼女は一瞬だけ、揺れる。
未来を語るということは、
“失う可能性”も同時に引き受けるということ。
でも、逃げない。
「あるよ。」
正直に言う。
彼の目が少し大きくなる。
「例えば?」
穏やかに聞く。
「一緒に住むとか。」
あえて具体的に。
ぼかさない。
彼は黙る。
でも逃げる沈黙ではない。
考えている顔。
「怖くない?」
彼が聞く。
それは彼自身への問いでもある。
彼女は正直に答える。
「怖いよ。」
少し笑う。
「私はあなたより安定してるように見えるかもしれないけど、ちゃんと怖い。」
彼の表情がやわらぐ。
「失うのも怖いし、変わるのも怖い。」
続ける。
「でも、今のまま何も進まないほうが、もっと怖い。」
それが彼女の本音。
彼は深く息を吐く。
「俺も怖い。」
認める。
以前の彼なら、ここで曖昧にしていた。
「でも…」
彼は視線を落とす。
「君となら、ちゃんと考えたい。」
逃げずに。
選びながら。
彼女は彼の手に触れる。
「私も、あなたとなら。」
依存ではない。
対等な関係だ。
彼は気づく。
彼女も揺れている。
強いけれど、無敵ではない。
だからこそ安心する。
支える/支えられるではなく、
“並ぶ”。
少し間があって、彼が言う。
「父さんには、ちゃんと紹介したいと思ってる。」
彼女の瞳が揺れる。
家族という領域。
一歩深い。
「母さんは…時間かかるけど。」
苦笑する。
それでも、逃げるつもりはない顔だった。
彼女は頷く。
怖い。
でも逃げない。
「急がなくていい。」
でも今回は、
“距離を取る言葉”ではない。
覚悟のある待ち方。
二人の間に静かな決意が落ちる。
これは勢いじゃない。
現実を含んだ未来だ。




