父と向き合う
光が、白いカーテン越しに差し込む。
病室は静かだ。
機械の規則正しい音。
父は目を開けている。
まだ顔色は悪い。
でも意識ははっきりしている。
「大げさだな。」
父は言う。
「少し倒れただけだ。」
強がり。
昔と変わらない。
弱さを認めない人。
彼は椅子に座る。
何を言うか決めていない。
でも、今日は逃げないと決めている。
ここで黙ったら、また同じになる。
「それでも心配だった。」
口から出たのは、短い言葉。
でも、今まで言ったことのない種類の言葉。
父は少しだけ黙る。
視線が揺れる。
「お前が来るほどじゃない。」
素っ気ない返事。
でも、声は少しだけ柔らかい。
彼の喉が詰まる。
ここでいつもなら終わる。
“はい”とだけ言って、仕事の話に戻す。
でも今日は違う。
「俺が来たかったんだ。」
一瞬、空気が止まる。
父の眉がわずかに動く。
「ちゃんと、元気でいてほしいから。」
それは責任ではない。
義務でもない。
ただの感情。
父は黙る。
長い沈黙。
窓の外の音だけが響く。
やがて、小さく息を吐く。
「そうか。」
それだけ。
でもその二文字は、
昔よりずっと重い。
彼は続ける。
怖い。
でも止めない。
「俺、あんまりちゃんと話してこなかったこと後悔してるんだ。」
父は目を閉じる。
否定も肯定もない。
ただ、静かに聞いている。
「でも、ちゃんと話せるようになりたい。」
父の目がゆっくり開く。
「今さらか。」
かすれた声。
でも、その奥に拒絶はない。
彼は少し笑う。
「本当に今さらだな。」
認める。
過去は消えない。
でも、今からなら変えられる。
父はしばらく天井を見つめる。
そして、ぽつりと言う。
「…無理はするな。」
昔は命令だった言葉。
今は、願いに近い。
彼の胸が熱くなる。
完璧な和解ではない。
抱き合うこともない。
涙もない。
でも、
溝に、一本の橋がかかった気がした。
病室を出たあと。
彼は深く息を吐く。
身体が軽い。
不思議なくらい。
感情を言葉にすると、
こんなにも違うのか。
そう思う。
彼はスマートフォンを取り出す。
彼女にメッセージを打つ。
“少し話せました。”
短い。
でも、逃げない報告。




