無防備で刺さった棘
ある夜。
身体を重ねたあと。
静かな余韻。
彼は彼女の髪を指でなぞっている。
安心している。
だからこそ、口が緩む。
「俺、前に一回だけ…」
彼女は一瞬、呼吸を止める。
まだ彼の体温が肌に残っている。
その前置きは、危険だ。
でも彼は気づかない。
まだ甘さの途中にいる。
「本気で結婚考えた人がいて。」
空気が、ほんの少し変わる。
彼女の胸がざわつく。
今?このタイミングで?
でも彼は続ける。
「俺、あのとき珍しく追ったんですよ。」
自嘲気味に笑う。
「重かったんですかね。」
彼女は何も言わない。
責めない。
でも、心はわずかに揺れる。
比べられているわけじゃない。
それでも、
“その人”がここに入り込んだ感覚。
ベッドは、一番無防備な場所だから。
彼は気づく。
あ、と思う。
空気の微かな変化に。
「ごめん。今言う話じゃないですね。」
やっと配慮が追いつく。
少し遅れて。
彼女は小さく首を振る。
「ううん。」
でも本音は、少しざらついている。
それを隠すほど、彼女は子どもじゃない。
「ちょっとだけ、びっくりはしました。」
正直に言う。
責めない形で。
彼は静かになる。
そして初めて気づく。
安心したから話した。
でも、安心していたのは自分だけだった。
“共有すること”と
“配慮すること”は違う。
そのズレに、胸が少し痛む。
彼は彼女の手を握る。
「比べてないです。」
すぐに言う。
そこは本能だった。
「むしろ逆です。」
そこまで言って、止まる。
覚悟がいる。
でも今は逃げない。
「前は、失うのが怖くなってました。」
「今回は……怖いけど、逃げたくない。」
彼女のざわつきが、少し溶ける。
過去ではなく、
“今の選択”を語っていると分かるから。
彼女はそっと言う。
「私も、ちょっと怖いですよ。」
完璧な余裕はそこにはない。
表情は僅かに揺れているように見えた。
彼はその言葉に救われる。
ああ、今は二人なんだ、と。
隣で自分と同じように怖さを感じている彼女が
とても愛おしく見えた。
彼の甘い眼差しを受けながら、
彼女は視線を合わせずに彼の胸に身体を預けた。
彼女の心に刺さった棘を隠すように。




