周囲の視線
最初に気づいたのは、彼のほうだった。
昼休み。
同僚の視線が、ほんの一瞬長い。
二人が並んで歩くとき、
ひそやかな空気が生まれる。
確信はない。
でも、わかる。
――見られている。
彼は一瞬、昔の感覚を思い出す。
目立ちたくない。
波風を立てたくない。
自分の内側を知られたくない。
回避は、刺激だけでなく
注目にも反応する。
関係が外に出ることは、
自分の弱さもさらされる気がするから。
ある日、軽い冗談のように言われる。
「最近、仲いいですよね。」
悪意はない。
笑って流せる言葉。
彼は笑う。
自然に。
でも胸の奥が少しざわつく。
彼女は変わらない。
堂々としているわけでもなく、
隠すわけでもなく、
ただ、いつも通り。
その姿が、彼にはまぶしい。
自分だけが揺れている気がして。
その夜、彼は考える。
もし噂が広がったら。
もし仕事に影響が出たら。
もし彼女が居心地悪くなったら。
守れるのか。
――いや。
また「守る」にすり替わっている。
本当は何が怖い?
彼は自分に問い直す。
周囲の目か。
それとも――
公にすることで、
本当に大切な存在になることか。
曖昧でいられなくなることか。
翌日。
廊下ですれ違う。
一瞬、距離を取ろうとする自分に気づく。
ほんの半歩。
無意識の防衛。
その瞬間、
彼女の視線がやわらかく触れる。
問い詰めない。
でも、気づいている。
彼は立ち止まる。
逃げるか。
並ぶか。
選ぶ。
彼は、並ぶ。
自然に。
何事もない顔で。
でも内側では、確かな決断。
隠さない。
誇示もしない。
ただ、恥じない。
昼休み。
また誰かが言う。
「ほんと仲いいですね。」
彼は微笑んで答える。
「そうですね。」
それだけ。
否定もしない。
でも、逃げない。
そのあと、二人きりになったとき。
彼は少し照れながら言う。
「見られても、平気でいたいです。」
強がりではない。
宣言でもない。
願いに近い言葉。
彼女は頷く。
「私は平気ですよ。」
その一言で、彼の中の緊張がほどける。
守る必要はなかった。
彼女は、自分で立っている。
揺れても、この人の隣にいる。
彼女の横顔を見ながら、
彼は胸の中でそっと呟いた。




