反省会再び
家に帰るまでの道は、いつもと同じだった。
歩く速度も、信号のタイミングも、見慣れた景色も。
何も変わらない。
それなのに、胸の奥はずっと落ち着かなかった。
玄関のドアを閉めた瞬間、ようやく一人になる。
彼はその場で立ち止まる。
数秒、動かない。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「……やったな。」
小さく呟く。
思い出す。
別れ際。
彼女の目。
拒まれてはいなかった。
急かされてもいなかった。
それは、わかっている。
ちゃんと確認した。
それでも。
「……早かったか。」
靴を脱ぎながら考える。
冷静だったはずだ。
衝動ではない。
考えて。
迷って。
それでも進んだ。
でも、家に入った途端、別の思考が湧いてくる。
嫌だったかもしれない。
驚かせたかもしれない。
軽い男だと思われたかもしれない。
彼はリビングの椅子に座る。
背もたれに寄りかかり、天井を見る。
頭の中で、さっきの場面が何度も再生される。
頬に触れた手。
近づいた距離。
触れた唇。
ほんの一瞬だったのに、
思い出すたび心臓が少し速くなる。
彼は目を閉じる。
「……落ち着け。」
自分に言う。
でも落ち着かない。
むしろ逆だ。
思い出すほど、体の奥がざわつく。
あれは衝動ではない。
でも、間違いでもないと、言い切れるか。
彼は顔を覆う。
「……どう思われた。」
声に出る。
彼女は笑っていた。
怒ってはいなかった。
拒絶もなかった。
でも、それと「よかった」は違う。
彼はスマホを手に取る。
画面を開く。
メッセージ画面。
指が止まる。
何を送ればいい。
「今日はありがとうございました」?
それは変だ。
さっきまで一緒にいた。
「また明日」?
軽い。
謝る?
それはもっと違う。
彼はスマホをテーブルに置く。
「……送れない。」
そう呟く。
情けないと思う。
キスはしたのに。
メッセージ一つ送れない。
彼は椅子に深く座り直す。
頭の中に、彼女の顔が浮かぶ。
あのときの表情。
静かな目。
逃げなかった。
それを思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなる。
でも同時に、怖さも戻る。
もし距離を置かれたら。
もし次に会ったとき、少しよそよそしかったら。
その想像だけで胸が重くなる。
彼は苦笑する。
「……完全に好きじゃないか。」
自分で言って、少し黙る。
逃げないと決めたはずなのに、
こういうところはまだ変わらない。
彼はソファに体を預ける。
天井を見る。
眠れる気がしない。
思い出す。
彼女の温度。
近かった距離。
触れた唇。
胸の奥がまた静かに高鳴る。
彼は小さく息を吐く。
「……次、どうする。」
告白はした。
でも、それだけで終わる関係ではない。
むしろ、ここからだ。
怖さは消えていない。
でも、今日、逃げなかった。
それだけは事実。
彼は目を閉じる。
眠れない夜。
反省と、
少しの高揚と。
そして何より、
彼女のことを考え続けている夜だった。




