ゴールドランク
俺はあの時、なんて言ったんだろう。
4年間の船旅の中で、俺が唯一熱を出して寝込んだ、あの日。
東さんがまだ起きていた頃の話だ……。
『かしこまりました』と答えてくれたピアリスの声は覚えているのに、自分が何を求めたのかは、まるで思い出せなかった。
そういや、あの頃からだったな。
ピアリスの表情が増えたというか、より繊細に、感情豊かになりはじめたのは。
ん……?
ピアリスが俺を呼ぶ声が聞こえる……?
「長尾さん、メディカルチェックのお時間ですが……、まだ睡眠が必要でしたら後にしましょうか?」
ゆっくり目を開くと、そこは一人暮らしの俺の部屋だった。
「ん……、ピアリス。起こしてくれたのか、ありがとう」
いつの間にか窓の外はすっかり暗くなっている。
俺は起き上がると明かりをつけてカーテンを閉めた。
「睡眠不足でしょうか……。もしよろしければ、長尾さんの睡眠中の状態をモニターして睡眠の質を計測することができますが、いかがですか?」
心配そうなピアリスが、俺に新たな提案をしてくる。
「それって、俺が寝てる間ずっとピアリスが見張ってるって事か……?」
「私の視線が気になるようでしたら、非表示モードでも計測できます」
「けど、時間外労働じゃないのか?」
俺の言葉にピアリスはキョトンとした顔をして、それから微笑む。
「私の勤務時間が平日の9時から17時とされているのは、長尾さんの私生活を侵害しないための基準ですので、長尾さんのご許可がいただけるのでしたら、私は24時間勤務も可能ですよ」
ああ、そういう理由だったのか。
確かに、同居家族や彼女がいるようなとこへ、ホログラムがいつでも出てくるようじゃ困るか……?
「んー……、じゃあ、ピアリスに負担がないようなら、試しにやってもらうかな」
ピアリスは、待ってましたとばかりに「お任せください」と答えた。
「いやでもその小型端末じゃ長時間駆動は熱持たないか? 電源には接続しとくが、外部クーラーでもつけるか?」
俺の言葉にピアリスが笑う。
「ふふ、ご心配には及びませんよ」
そのくすぐったそうな微笑みは、まるで人間そのものだ。
いつからピアリスはこんな風に笑ってたんだっけな……。
「長尾さんは、お休みの際に私の端末をベッドの上に置いておいてくだされば、睡眠中の脳波、脈拍、呼吸音、寝返り頻度、いびき等から睡眠の状態を記録しておきます」
「分かった。よろしく頼むよ」
「かしこまりました」
ポンとなった通知音に俺はスマホを手にとる。
リボルバーから? 珍しいな。
俺やゼンがスマホに入れているロボワの管理用アプリでは、ロボワ内の所持品を見たり、トレードやオークションに出品・購入したり、メッセージをやり取りしたりと、概ね戦闘と整備・強化以外のほとんどができる。
メールを開こうとして、俺はピアリスの視線を感じた。
「ああ悪い、待たせてたな。メディカルチェックを頼むよ」
メールは後から確認するか。
俺がスマホを机に置くと、ピアリスがメディカルチェックを始める。
その声はいつもよりも少し弾んでいるような気がした。
***
夕食は、久々にピアリスと食べた。
今まではピアリスの勤務時間内の昼食だけ俺の食事に付き合ってもらっていたが、9時17時以外でもいいと聞いて俺が提案した。
船では3食ピアリスと一緒だったからか、どうも1人きりで食べる食事が味気なく思えて、朝夕はあんまり食が進まなかったんだよな。
とはいえ、毎日が乾パンと水だった頃とは摂取できるカロリーが違うからな。
俺みたいにコンビニ以外行かないような引きこもり生活では、あんま食べ過ぎても困るわけだが……。
俺は膨らんだ胃を撫でてからゴーグルをかぶる。
ちょい食べすぎちまったな。
さて、リボルバーは何つってんのかな。
ロボワにログインした途端、ポンともう一通メッセージが届いた。
ん? これもリボルバーか。
なになに? 『ゴールドランクに上がったぞ』……って短いな。それだけか。
その前はなんて書いてあるんだ?
『シルバーランクに上がったぞ』……そうか、よかったな。
何だこれ、なんでランクが上がるたびに俺に報告してんだよ。
そこへポンと音がする。今度は誰だ? アサギか。
『お疲れ様です。クマさんはもうPvPへは行きましたか? 僕は今シルバーランクのCです。クマさんとも対決できたら嬉しいです』
って、お前も俺に報告してくるのか。
俺は苦笑を浮かべつつ、2人にそれぞれ返す。
リボルバーには『俺も今ゴールドに上がったとこだ』と。
アサギには『俺はゴールドに上がったとこだよ、リボルバーに当たるのが怖いな』と。
リボルバーの方は、返事が来るとしたら多分プラチナに上がった時だろうけどな。
なんて思っていると、ポンとアサギから返事が返ってきた。
『どうしてクマさんが、リボルバーがゴールドにいるってご存知なんですか?』
続けてもう一通届く。
『僕は知りませんでした』
……マジか。
おいリボルバー!!
まずは彼氏に先に報告してやれよ!!
てっきりアサギは知ってるものと思って送っちまっただろ!?
あああああああああもう色恋のゴタゴタはマジで勘弁してくれ!!!
ポンという通知音に、俺は抱え込んだ頭をおそるおそる上げる。
『すみません。僕のとこにも今報告がきました』
よ、よかった……。
『僕より、クマさんの方が先なんですね……』
よくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
俺はとにかく必死でリボルバーにメッセージを送った。
『今後は必ず俺より先に、アサギにメッセージを送ってやってくれ』と。
リボルバーは意外にも、すぐ返事を送ってきた。
『面倒な男が迷惑をかけたか、すまんな』と。
何だこいつ、ちゃんと分かってるんだな。
と、ほっとしたのも束の間、いや、分かってるなら分かってるらしく、もうちょい大事にしてやれよ。という気持ちが込み上げてくる。
そもそも、何で俺ばっかりいつもこんなのに巻き込まれるんだよ。
頼むからもう俺を挟まずやってくれよ!
俺は、抱えた苛立ちをそのままに、PvPに向かった。
***
ゴールドランクのステージは市街地、雪原、水中の3つからランダムで選ばれる。
俺のゴールドランク最初のステージは市街地だった。
ステージ自体は広いが、やり方としては村のステージに近い、隠れて索敵しつつ倒すタイプのステージだ。
雪原ステージは吹雪で視界が悪くなったり、雪に足を取られたり、凍った足場で滑ったりするので逆関節機には厳しい。
逆に水中ステージは逆関節機向きだな。
そういった意味で、市街地ステージは、ゴールドランクの中ではどの機体もが平等に実力を発揮しやすいステージだ。
だというのに、俺の機体の損傷度は開始5分ですでに60%を超えていた。
相手はとにかく素早く、俺は機影を捉えきれない。
くそっ、レーダーでは追えてるのに、目が追いつかないってどんだけだよ!
足元ばかりを正確に撃ってくるのは、逆関節機は脚部が一番弱いと分かっているからか。
チッ、とりあえず不格好にはなるが、脚の装甲を厚くするしかねーな。
俺は周囲にスタン弾を撒き散らすと同時に高く飛び上がった。
ついてくるなよ……!
あの素早さからして相手の機体も逆関節機だ。
一緒に飛び上がられたら、ただのマトになるだけだ。
よし、スタンしてるな!
眼下で動きを止める敵機をようやく視認する。
黒ベースの流線形の機体には紫色のラインが入っている。
へえ、あんな機体と装備だったのか。
ペイントも全装備で統一されて、スタイリッシュでカッコイイな……。
っと、見惚れてる場合じゃないぞ、今のうちにっっ!
俺はスタン弾を追加で撃ち込むと、空中でガチャガチャと脚部パーツを換装する。
よし、これでかなり損傷率は戻せたな。
俺は降下しながらスパナを仕舞うと、刺胞弾を放つ。
毒が入った!
うお、あの肩のステッカーは移動速度アップじゃないか!
しっかり3枚貼ってるってことは、あの超難易度の回転寿司ステージを3度もクリアしたのか!?
まずいな、これは完全に格上の相手だ……。
ゴールドランクにいるような奴じゃない。
たまたま通過する時に当たっちまったのか。
俺は相変わらず運がないな。
……だからといって、素直に負けてやる気はないけどな!
俺は自分にバフを掛け直すと、操縦桿を強く握る。
その時、敵機の男が口を開いた。
「へえ、キミ面白いことするね?」




