夢の中で見た夢
あれ、ここは……。
目を開くと、そこは見慣れたピア・オデッセイ号の俺の部屋だった。
う、頭が……割れるように痛い。
体も重くて熱い……。
熱があるのか、俺……。
重い瞼に目を閉じる。
船は静かで、俺は1人きりだった。
昔からずっとそうだ。
俺が熱を出しても、父は仕事で、母は兄に付きっきりで、家には誰もいなくて。
仕方ないよな。皆、忙しいんだから。
こんな、風邪くらい。寝とけば治るんだし。
俺が小学生の頃、芸能事務所に所属していた兄がアイドルユニットとしてデビューした。
母はそんな兄に付き添い、全国を飛び回っていた。
熱を出して一人、誰もいない家のソファーで毛布にくるまっている小学生の頃の俺は、時折咳をしながらスマホを握りしめていた。
スマホには、通話アプリの母親とのトーク画面が開かれている。
『お母さん、今日帰ってくる?』書いてから、小さな俺はそれを全部消した。
今日帰らないのは分かってる。『のどが痛いよ』『咳が止まらなくて苦しい』『体が痛い』『さみしい』『お母さんに会いたい』どれもこれも、送ったって仕方がないことだ。
お母さんがただ心配するだけで、何もならない。
小さい俺は、結局『お母さん早く帰ってきてね、お土産楽しみにしてるね』と書いて送った。
10分待っても20分待っても、返事は返ってこない。
小さな俺は、スマホを抱きしめたまま、返事を待ちながら眠りについた。
夜中に、帰った父に自分のベッドで寝るよう言われて、俺は廊下に出た。
母からの返事はまだなかったけど、既読だけはついていた。
お母さんはもう寝たのかな。
明日の朝にはお返事くれるかな……。
お兄ちゃんは今日も明日も、ずっとお母さんと一緒で羨ましいな……。
「玖真、食卓にレトルトのおかゆを置いといたから、明日の朝食べなさい」
背中に父さんの声がかかる。
はーいと返事をしようとして、俺は盛大に咳き込んだ。
「大丈夫か? 熱はまだ高いのか?」
父さんが慌てて俺の額に手を当てる。
「少し下がったみたい。大丈夫だよ」
「悪いな、明日どうしても休めない会議があるんだ……。1人で平気か? 学校には休みの連絡しとくからな」
「うん。平気だよ。明日には元気になってるかも」
「それでも、もう一日ゆっくりしとくといい。お前が起きる前に父さんは出てるからな」
「ん、お仕事頑張ってね」
父さんが大きな手のひらで俺の頭を撫でる。
もう少しだけ、一緒にいてほしいなんて、5年生の俺が言うのは恥ずかしい気がして、俺は黙って自室に戻った。
誰か、俺のそばにいてくれたらな……。
せめて、気にかけてくれる人がいたらいいのに……。
通話アプリのトーク履歴には女子の名前がずらっと並んでいる。
俺の兄がアイドルを始めてから、俺と連絡先を交換したいという女子が、どこからともなくクラスにやってくるようになった。
俺は兄によく似た顔をしているから、兄のおかげで俺にも興味を持ってくれたんだろうか。
そう思ったのは間違いだった。
彼女達は俺を通して兄と連絡が取りたいだけで、興味があるのは兄の事ばかりだった。
俺が風邪を引いたと言ったところで、スタンプで返ってくる「お大事に」にどれほどの意味があるのだろうか。
俺はスマホを手放して、布団に潜り込む。
小さく吐いた息は、まだ熱かった。
ハッと目を開くと、さっきと同じピア・オデッセイ号の俺の部屋だった。
ズキンと頭が痛む。身体中が痛くて重い。
どうやら熱のせいで昔の夢を見ていたようだ。
大人になっても、熱を出す度、あの頃の夢をみる。
俺が大学生の頃に兄はアイドルを卒業した。
母も今は家にいるのにな……。
夢の中では熱は下がりつつあったのに、まだ今の俺は高熱の真っ最中のようだ。
ぼうっとした頭と、視点の定まらない瞳で俺は部屋を見渡した。
こんなことをしたって意味がないのに。
自分が1人きりだと、思い知るだけなのに……。
ぼやけた視界にパステルピンクのウェーブヘアが入る。
「お目覚めですか、長尾様。お加減はいかがですか?」
優しく声をかけてくれたのは、この船の管理AIピアリスだった。
「……ピアリス……?」
「はい」
身長20センチほどのホログラムが、俺だけに微笑む。
「そばに……いてくれたのか……」
「もちろんです」
そうか、ここでの俺は、1人じゃなかったのか……。
「ありがとう……。すげぇ、嬉しい……」
滲んでぼやけた視界の向こうで、ピアリスが驚いたような顔をした。
AIも驚くことがあるんだな。
そんな驚くような事、俺……言ったっけ……?
ダメだ、頭がぼーっとして、何も考えられない……。
瞬きをすると、強い眠気に襲われる。
「長尾様……」
ピアリスの心配そうな声が、遠く聞こえる。
「何か、私にお手伝いできることはありませんか?」
「俺の……そばに……――」




