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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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番外編 獣人の尻尾事情 後編

 屋敷での仕事を午前のうちに終わらせ、ユフィはダリオスとエラゼとともに公爵邸内にある騎士たちの訓練場所に足を向けた。


 ウルフェンハード公爵邸には数十名の騎士がいる。その役目は屋敷の警備や主人一家の身辺警護であり、しかしてウルフェンハード公爵家が預かる領地で戦力が必要なほどの問題が起これば王都にあるこの屋敷から派遣されることもある。

 決して簡単な仕事ではなく、その役目には重さが載っている。


 今日はそんな騎士たちの鍛錬を見学する勉強だ。ユフィの傍にはダリオスとエラゼがいて公爵家の騎士たちについて教えてくれる。


 目の前に広がる光景をユフィは驚きをもって見つめた。

 かんかんっと音がなる木剣。比較的若い年齢層には男女は関係ないようで、男性が少し多いという程度の比率で同じ制服に身を包んでいる。

 木剣を打ち合い、指導役らしい年かさの騎士の声が飛ぶ。誰もが真剣に眼光鋭く、鍛錬に励んでいる。


 その中には見知った騎士、リークヴェルの姿もある。飛行はしないのか剣を手に剣術だけに専念しているようだ。その表情は水汲みのときに見るような軽さのあるものではなく、眉を寄せて真剣だ。


「公爵家の騎士は虎種や熊種が多いですが、他にも猫種や牛種、人間種もおります」


「虎種や熊種が多いのは、やはり戦闘で強力だからでしょうか?」


「ほっほっ。たしかにそういったところはあります。種族の特性は無関係ではありませんが、それ以上に個人の努力が大切ですぞ」


 目の前の打ち合い稽古では、人間種と獣人種が打ち合ってもいる。身体能力の差が出てしまうのではないかと思ってしまうが、人間種の騎士は決して気後れもせず、また劣っていることもなく打ち合う。


 汗を流す鍛錬を続けていた騎士たちは指導役の掛け声で休憩に入る。それを見ていると、ユフィに気づいたリークヴェルが軽く飛んでやってきた。


「若奥様じゃないですか。なんか俺らにご用でした?」


「いえっ。今は騎士の皆さまについて勉強中で、ダリオスさんに教わっていたのです。お邪魔でしたらすぐに戻りますので……」


「いやいやいや。大丈夫です」


 気さくに手を振って否定された。それにほっとしつつも、リークヴェルのような気さくな人はまだ慣れなくてどうすればいいのだろうと思うこともある。

 リークヴェルがユフィのもとへ飛んだことで騎士たちもユフィに気づいてやってくる。


「こりゃ若奥様じゃねえですか」


「どうかされました?」


「若奥様ちっちゃ。もっと食ったほうがいいんじゃないスか?」


 非常に気さくだ。親しさはしかしユフィにとって慣れないもので、あちこちへと視線が動いてさらに俯いてしまう。

 そんな目の前の小さな存在に騎士たちも瞬いていると、ぽかぽかと順に頭を叩かれた。


「若の奥様になにやってんの。あんたらみたいなむさ苦しい連中じゃ若奥様も恐がっちゃうじゃないの」


「「お、おお……」」


「! ちがっ、違うんですっ! その……少し驚いてしまって……」


「そう? 遠慮なく言ってやっていいですからね。こいつらなってなくて」


「とんでもありません。皆さま……とても気さくであたたかな方たちばかりです」


 俯いたまま両の手の指を絡めるユフィに、止めに入った女性騎士がふっと笑みを浮かべた。

 メイドたちと違って、外出するでもないユフィと騎士たちはあまり関わりがない。騎士たちのある意味好奇心に満ちた行動は解るのだが、なにせ大柄な男たちなので小柄な女性を囲んでいると見た目によろしくない現場の出来上がりになってしまう。それはいけない。公爵家の騎士なのに。


「ならよかった。私はアルトリア。見てのとおり虎の獣人です」


「ユフィと申します」


「アルずるっ! 俺、グリートフ。牛の獣人でーす」


「俺はエドリック。熊の獣人」


「俺、ヴィヴィルゲイン。鼠の獣人だ」


 続々と騎士たちが名乗ってくれる。全員を覚えるのはたいへんで、最後には「俺リークヴェル~」「おまえもう若の奥様と知り合ってるだろ」と言い合って笑い合っている。

 集まっている皆が笑っている光景はその仲のよさがうかがえる。屋敷の使用人たちと同じように楽しい職場である様子。それがうかがえてユフィも自然と笑みが浮かんだ。


(ヒーシュタイン侯爵家とは全く違う。でも、とても心地いい)


 ここはいつもあたたかくて。ぬくもりに溢れている。


「ユフィ様は今、ウルフェンハード公爵家についてお勉強をなされているところなのです」


「へえ。そうなんですか? ウルフェンハード公爵家は獣人の中でも特別な四種聖獣ってお立場なんです。んで、この四種聖獣っていうのは――……」


「そういう基本はもう勉強してるんじゃない? どうせなら若について教えてあげれば?」


「若はですねー。強くて、頭もよくて、偉ぶらないし、俺らにも鍛錬つけてくれるし能力をちゃんと評価してくれるし。獣人って感情が尻尾に出やすいんですけど、若はそれをちゃんと制御してて。ぴくりとも動かないのがすごいんですよねー」


 うんうんと騎士たちが頷いている。目の前のそんな揃った動きを見てユフィは俯きの下で目を瞬かせた。


(尻尾は感情が出やすくて、オルガ様はぴくりとも動かない……)


 ……動いているところしか見たことがない気がするのだが。

 騎士たちの言葉と自分が見るものが違う。その食い違いにユフィは首を傾げた。


 けれどこれは、獣人についてよく知らない自分が一人考えても答えは出そうにない。とはいえ、聞いてもいいのだろうか?

 迷って俯いて、両の手の指を絡める。

 なぜかまた小さくなってしまったユフィを見て騎士たちが首を捻るなか、リークヴェルはユフィをじっと見つめた。


「若奥様。なんか気になることあるなら、話くらい聞きますけど?」


「え。……えっと」


「いいのいいの。気にしない」


 リークヴェルがそう言えば騎士たちもうんうんとこれまた動きを揃える。

 驚いて、言い出すことに迷うユフィの背にそっとエラゼは手を添えた。見れば優しい頷きが向けられる。周りの優しさに包まれて、ユフィは意を決して聞いてみることにした。


「その……若旦那様は、よく、わたしに尻尾を絡めておられるのです。それによくゆらゆらと揺れていて……。そういうことをわたしがさせてしまっているなら、それは……よくないことなのでしょうか?」


 決して大きくないユフィの声だが、獣人の耳によく聞こえる。

 集まる騎士たちの耳に入って、周囲がしん…と静まった。ついでに騎士たちが固まった。固まる騎士たちにユフィはおろおろ。騎士たちが固まる理由が想像に易いダリオスとエラゼは笑いを堪えた。


 一同の中で素早く復活したのはリークヴェルである。


「……獣人の尻尾って、嬉しいと振ってたり、威嚇で逆立ったりとはするらしいですよ。俺は尻尾ないんで分かんないですけど。若ってまあ…立場上感情を出さないようにしてるってとこはありますね、うん」


「ではやはり、わたしは若旦那様にとってさせてはいけないことをさせてしまっているのですね……。申し訳ありません」


「なるほど、そっちか」


 なぜか目の前でリークヴェルが悩まし気な顔をしている。理由が分からずユフィは内心首を傾げた。

 しかし、そんなしゅんとしたユフィの憂いを豪快な笑い声が吹き飛ばした。


「「ぶっ、ふふっ――あっはははは!」」


「わ、若奥様っておもしろー!」


「若の好意が伝わってねえ―! うひゃひゃっ!」


 リークヴェル以外の騎士たちが腹を抱えて笑い転げている。そんな目の前の光景にユフィは驚いて言葉をなくした。

 どういう意味だろうか。自分はなにかおかしなことを言っただろうか?


 呆気にとられるユフィの後ろではダリオスが「こら」と騎士たちを窘めているが、笑い声は収まらない。

 どうしようかと困ってしまっていると、リークヴェルの視線が動いた。


「あ。若」


「ははっ! ふへっ? あ、若だ。おかえりなさーい」


 まだどこか笑いの収まらない騎士たちが、帰宅したオルガに軽く手を振る。

 近衛隊隊服のままやってくるオルガは、集まって笑い転げている騎士たちと俯いて小さなユフィを見つめ怪訝とすると、すぐにユフィの傍へやってきた。


「おかえりなさいませ。若旦那様」


「ただいま。……これはどういう状況か聞いてもいいか? こいつらが君になにか無礼なことをしただろうか?」


「いえっ、そのようなことはありません! その……わたしが至らないところばかりで…」


 さてさて何があったのか。俯いてしまうユフィを見つめてからオルガは騎士たちを見遣った。

 普段から鍛錬をしている騎士たちは体格に優れており能力もある。それでいてどいつも適度な柔軟さは持ち、仕事とそうでない時間はきちんと切り替えもできる優秀な面々だ。


 報告を行えと言わんばかりの眼光に、さてどう言ったものかと騎士たちは頭を悩ませた。――が、アルトリアはへらっと平然と。


「若は昔から尻尾に感情を乗せないよう訓練なさって、今はぴくりとも動かないでしょう? で、若奥様は自分が見てるのはそういう尻尾じゃないから、いけないことをさせてるんじゃないかって」


「! ああっ、いえそのっ……! わ、わたしがそのようにさせてしまっているのならばとても申し訳ありませんのでっ、無理にそうなさらずとも若旦那様の思うままになさってください……! いえあのっ、わたしのような者が若旦那様にこのようなことを申し上げるのは不敬であると重々承知しておりますのでっ、罰ならばいくらでも受けます……!」


「……」


 尻尾がしゅんと力を失ってしまったのが自分でも分かった。見ていてもそれが分かるから騎士たちは笑いそうになり、オルガに怒られるから必死に噴きださないように堪える。


 だらんとしてしまっても決して顔には出さずにいるオルガに、リークヴェルも肩を竦める。

 当初はどんな令嬢なのかと疑っていた。けれどすぐ、そうではないのだと分かってしまうほど、ユフィはただただ一生懸命だった。

 自ら屋敷の仕事を申し出て、嫌な顔をせず慣れたようにこなして、果ては水汲みまで。使用人にも言葉は敬語、オルガに対してはまるで主人のように接する。そういうことかと読み取れたのは早かった。

 どういう理由でオルガがユフィに惹かれたのかは知らない。けれど獣種の好意は嘘ではない。……伝わっているかはさておいて。


「ユフィ。たしかに俺は感情を悟られないよう幼いころから訓練はした。したが……必要なく、気を許す相手や家族の前でまで押さえつけたりはしない」


「そう、なのですか……?」


「そう。無理をしているわけでもない。君の前では自然とそうしたいからしているんだ。尻尾や耳を触れさせていいと俺は君にそう思っているし、尻尾が勝手にしたがるんだ」


「……尻尾には意思があるのですか…?」


「そうだな。俺の尻尾はとかくユフィにくっついていたがるから、そういう意思なんだろうな」


(あるわけないでしょ! それ完全に若の意思! 若の欲望!)


(なに嫁に嘘吐いてんですか!? いいんですかそれ! 後々面倒じゃないですか!?)


(若奥様も素直に取らないで! 勉強、獣人の勉強をもっと――ってダリオスさん笑ってんじゃないスか!)


(若ー。バレたら「嘘つき」って嫌われますよー)


 ふむふむと理解を深めていく若奥様と、爽やかな笑顔でさらっと嘘を教えている若旦那様。

 矢も楯もたまらず声を大に突っ込み……なんてしたらオルガのにこりとした笑みの下の冷ややかな眼光に殺されるので、騎士たちは心の中で突っ込むしかない。


 俯き加減のユフィはそんな騎士たちの様子が見えず、オルガの言葉に頷いた。

 そういえば披露目の夜会に向かう途中、オルガが「尻尾が暇だったら動いてしまうかもしれない」と言っていた。やはり尻尾には動きたい意思があるのだろうか? これは獣人特有なのか、獣種特有なのか。


 騎士たちの心の声がまるで刺さるようだが全て黙殺し、オルガはゆらゆら揺れる尻尾をユフィに絡める。

 少し驚いた様子のユフィだが、恐る恐るというようにそっと尻尾に触れた。


「尻尾が動きたがるというのは獣人の特性なのでしょうか? 種族によって異なるものなのですか? わたしはまだ勉強不足で……」


「うん? そうだな……」


「尻尾を絡めるのは種族や人によるとメイドの皆さまにお聞きしましたが、つまり、種族によって尻尾の意思は違うのでしょうか?」


「……」


「「ぶはっ!」」


 オルガが沈黙し、騎士たちの我慢が限界を迎え噴きだす。不思議な光景にユフィはきょとんと目を丸くした。

 なぜだかオルガの笑みが固まっている。こんなことは普段見ないものだ。どうしてしまったのだろう……。


 不思議に思ってダリオスとエラゼに助けを求めるが、二人もまた騎士たちと同じように口許を押さえて笑っている様子。騎士たちの笑いには遠慮がなく、リークヴェルもアルトリアも笑い転げている。


「あ、あの……わたし、なにか失礼を……?」


「いやいや全然っ。これは若が悪いんですって!」


「そうそう! 若奥様は悪くないっス!」


 オルガが悪いとはどういうことか。一層に首を捻ってしまうユフィの傍で、オルガが困ったように耳を下げてしまった。


「ユフィ。……すまない。少し意地悪だった。ユフィはいつも真面目に学んでくれているのに悪いことをしてしまったな」


「いえっ。……ですがその、違ったのでしょうか……?」


「尻尾の意思は俺の意思だ。どの獣人でも無意識に動くこともあれば意識的に動かすこともできる。俺がユフィに触れたいから尻尾を絡めている」


「! そ、そうなのですかっ……」


 勘違いも恥ずかしい。しかしオルガの言葉も恥ずかしい。

 なんだかオルガを見られなくて視線を上げられなくて、ユフィは深く俯いた。


「若が変な知識あげちゃだめじゃないスか」


「そうですよ。そういう嘘吐いたら後で怒られますよ?」


「ユフィが怒る……想像できないが、可愛いだろうな」


「こらー。怒らせようとするんじゃありません」


 頭上で飛び交う言葉にぎょっとして頭が上がってしまうと、髪の合間にオルガが見えて「上げてくれたな」と微笑まれた。……もう一度下げたくなってしまった。

 が、下げるより先に尻尾に引かれて軽々と片腕に抱き上げられてしまう。


「っ……!?」


「さてユフィ。日も落ちるから屋敷へ入ろう。おまえたちも今日は終わりだ」


「「はい」」


 オルガがさらりと身を翻す。片腕に乗せられたユフィが「お、おりますのでっ…!」と必死な顔で訴えているがオルガは涼しい笑みのまま。


(((あ。怒られ待ち?)))


 果たしてあの気弱で自信なさげな若奥様は旦那様に怒るのか。考えるまでもなく答えが出てしまうから、騎士たちは肩を竦めて鍛錬を切り上げた。






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