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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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43/52

43,その傷は

「せっかくのご厚意とはいえ大事の最中。あまり長くは……」


「分かってる。殿下方もいらっしゃることだ。手短にしよう」


 侯爵の表情と態度にオルガは胸中が冷え切るのが分かった。しかし、抑えなければと自制する。


(俺はあくまでユフィの護衛だ。ユフィとのことは知られるべきではない)


 たとえ、最もアルヴェスターが隠そうとしていることが別のことであっても。


 背後のオルガの些細な空気の変化に気づいても知らぬふり。アルヴェスターは目の前の二人を見て話し始めた。


「ユフィ殿は使用人たちともよい関係を築いている。そちらでもそうだったのではないかな? 困りごとや忙しさもよく見ていて手伝ってもくれるんだ。手際もいいし、皆も感謝している。朝はいつも早くて、使用人から騎士にまで挨拶を欠かさない。食事の量が少ないことだけが心配だが徐々に増えるだろうから大丈夫だろう。我が国に来てからずっと我が国のことを学ぼうと知ろうとしてくれていて今は国の勉強もしている。ここにいるオルガは我が国では四家ある公爵家の次期当主でな。ユフィ殿にそういった勉強を教えている。オルガ。ユフィ殿の様子はどうだ?」


「非常に熱心で努力を怠らない方です。簡単な書物ならば自力で読めるようにもなりました。ただ、少し頑張りすぎるきらいがありますので、その点が心配ではありますが」


 さらさらと出てくるオルガの報告にアルヴェスターも笑う。そしてその目は目の前のヒーシュタイン侯爵夫妻を見て笑みに変わる。


「というわけだ。ご心配なく。――彼女は、実に素晴らしい」


「……そうですか。まあ、ご期待に沿えたようで、なによりです」


「ええ。……皆さまとうまくやれているなら」


 夫妻がそっと視線を逸らす。オスリルはそれを見てそっと瞼を伏せた。


(やはり、彼女のことなど把握済みか……)


 だからといってオリバンズ国がなにを言うことなどないだろう。いくら停戦協定で迎えた令嬢とはいえ、過去にまで口を出すというのは国がとる行動ではない。

 アルヴェスターにもその意思はないように見える。分かっているぞと示しているだけで、本当の影響は――これからだ。


(仮にこのままアルヴェスター殿下と婚約した場合、最悪はこれまで以上の関係悪化……。父上の懸念どおりなら、ノーティル国はいずれは滅びる、か)


 それもそれでいいかもしれないが。自分だってノーティル国のくだらない因習は嫌いだから。


「私は――」


 ユフィの話を終えたアルヴェスターが本題へ戻る。その音を聞いてオスリルは視線を向けた。


「私は、先にも言ったが犯人捜しはしないつもりだった。だが――オルガ」


「ユフィ殿を襲撃した人物と夫人の護衛は同一人物でした。そしてその男は過去、ユフィ殿に傷を負わせたと自供しています。ユフィ殿への襲撃と火事の件においては、こちらとしても調査経過と結果を含め陛下にもお伝えさせていただく」


「私は知りませんわよ」


 きっとローザがオルガを睨む。その程度の眼光に怯むわけがなく、オルガは冷淡に見遣った。

 昼間以上の冷ややかさにローザは唇を噛む。それを見てオスリルはため息を吐いた。


「夫人。こうなると主人としてのあなたの責任能力も問題だ。無処分では済まないと思え」


「なっ! 私は関係ありません! その男が勝手にしたことで――」


「おや。夫人は護衛とともにユフィ殿を危険から守ろうとしてくれたのではなかったのか?」


「っ!」


 失言に侯爵夫人ははっとなるが、すでに出てしまったものは遅い。オスリルはため息を吐いて、侯爵夫人の隣に座るヒーシュタイン侯爵を見遣った。


「ヒーシュタイン侯爵にも、過去ユフィ殿がその男に傷を負わされたという件について調査と報告を求める」


「……分かりました」


 冷淡に突き放すオスリルをローザはねめつける。それを横目に侯爵は殊勝にしているように見えるが、その眼光と顔の赤みは誤魔化せない。それを見たアルヴェスターは「ではでは」と早々に立ち上がった。


「オスリル殿。こちらの騎士を動かしても?」


「もちろんです。俺から騎士たちに指示を出しましょう」


「んじゃ、さっさと始めましょうか」


 ちらりと視線を交わし、王子たちは肩を竦めた。






 それからはガディオスたち騎士からの報告を受け、調査は続けられた。

 ヒーシュタイン侯爵夫人の護衛であった男は黙秘を続けたが、実際に拘束して建物から連れ出したオルガとマージェの証言、目を覚ました後のユフィの証言を得ること、状況からの証拠などを加えノーティル国王に報告がされることとなった。ローザに関しては手を出していないということで処分は下らずも、場にいたことから多少なりと関与はあると思われ、ノーティル国から責任が追及されることになっている。また、家としてヒーシュタイン侯爵も同様となる、火事は魔法だと分ったが誰によるものかまでは判明しなかった。

 当然アルヴェスターは、民となったユフィへの被害からしかとした処罰を求める書簡を送るつもりでいる。


「昨晩――って、もう昨晩じゃないけど。ユフィ殿の寝室を襲撃したときに使った稀な魔法。あの男がそれだけのことができるんだとしたら、あの火事もあの男の仕業って線が濃かったけど」


「ユフィ殿に秘密裏に紙を渡したのも同じ魔法でしょう」


「あの男か。それとも別の誰かか……。どっちにしろおさらばでいいから」


 面倒はごめんだと言いたげなアルヴェスターに続き、オルガもユフィのもとへ向かう。


 調査が忙しく続いてもう夜も明けそうだ。面倒がるアルヴェスターだが疲労は見せず足もしっかり動いている。

 オルガもその後ろを歩きながら一連の解決に安堵と腹の虫がおさまらない煮え切らなさを感じていた。


「オルガ。今はこれでいいから。おまえが堂々と喉笛噛みちぎれる日が来れば――……来ないといいし来させないための停戦協定だけど。堂々言い返してやれるそのときに取っとけ」


「……はい」


 今の自分は、ただの護衛騎士。

 そう決めて、そのつもりでここにいる。だからそれでいい。彼女の命を守ることが今の優先事項だから。


 足を進めながら、アルヴェスターは声を小さくさせた。


「で、聞きたいんだけど」


「はい?」


「ユフィ殿の包帯の下、そんなにひどかったのか?」


 問われ、音が消えた。

 歩きながらもアルヴェスターの視線は感じる。それでも瞬時に答えられないほどに、脳裏に思い出される傷痕。


「――……はい」


「答えたくないならいいけど、どういう傷だったんだ……?」


 遠慮がちなのが分かる。アルヴェスター自身も踏み込むべきではないと思っているのだろう。しかしアルヴェスターも知っているふうにさせてしまったのは自分だから、その躊躇いにオルガは仄かに口許を緩めた。


「ユフィ殿には――……」


「知らないままで当然だろう」


「ありがとうございます。傷は……皮膚が変色して爛れが残る火傷の痕。加え、左の眉のあたりから頬まで走る左目を奪った剣による傷。あれを医者に診せ治療した後など、ありえません。医者には診せてもいないでしょう」


「そうか……。それに周囲の言葉まで加われば、そりゃあ、俯きたくもなるなあ…」


 見ていなくても、アルヴェスターの表情はそれを見たかのように痛みを感じさせる。しかしすぐ、その目は歩くオルガを見返した。


「頼むぞ」


「もちろん」


 獣人騎士が守る部屋。その扉を開けて中に入った二人は、エラゼとシーランとともに寝室へ足を踏み入れた。

 そこで眠るユフィに異変は見られない。ほっとして、けれど少し悪い顔色に心配が顔を出す。


「眠っているだけか……? 医者はなにか?」


「はい。外傷も軽い火傷で痕は残らないだろうと。よほどに御心に響いたのだろうと……」


「命を狙われては無理もない」


 ひとまずユフィは大丈夫そうだと判断し、アルヴェスターはその視線をエラゼとシーランに向けた。


「おまえたちもあんまり寝てないだろ。俺とオルガでユフィ殿を見てるから。ちょっと寝てくるといい」


「……お心遣いはありがたいのですが……」


「大丈夫。俺がオルガを見張るし、オルガは俺を見張るから。ユフィ殿には触れないから」


「……その…」


「では、殿下のお言葉に甘え、しばらくよろしいでしょうか?」


「任せろ。あ。それからシーランはすぐにオスリル殿下の所へ行ってくれ。まだ騎士たちといると思うから」


「は、はい……!?」


 さらっとアルヴェスターが告げた言葉にシーランは目を剥く。驚きから言葉を失くしたシーランの背をエラゼは手慣れたように押して部屋を出ていった。

 扉が閉められるのを見届け、部屋が静かになるとアルヴェスターはユフィの傍……ではなく、部屋のソファに寝ころび、オルガに軽く手を振った。

 それを見て、困ったような、ありがたいような気持ちになりつつ、オルガはユフィを見つめてベッドに腰掛けた。






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