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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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42/52

42,聴取

 夜はまだ明けない。空はまだ暗く、周囲は静まり返っている。

 鎮火された建物は木材が黒く焼け焦げ、周囲に焦げ臭い匂いが漂う。その場ではケリーゼン侯爵家の騎士やガディオスを中心としたオリバンズ国の騎士が、表向きは協力体制をとりながら調査を続ける。

 張りつめる両者の空気の中、そんな者たちを観察する鳥の鳴き声だけが闇夜に聞こえる音だった。


 本館から離れた別館。その地下にあるとある場所にアルヴェスターたちは足を向けていた。

 鉄柵の向こう、そこにいるのはユフィを襲った男。現在拘束されているその男はなにも喋ることはない。


 ヒーシュタイン侯爵やクロ―リルは入り口の傍に、オスリルとアルヴェスター、オルガは鉄柵の前で男を睨む。


「いい加減吐いたらどうだ。おまえの主人はすでに分かっている」


「……」


「うーん。その沈黙を忠が厚いととるか、無駄な抵抗ととるか。……どちらにしろ、おまえ。どうせ切られるぞ」


 呆れた様子も見えるアルヴェスターが発した言葉にも表情を動かさず男は沈黙を保っていた。


 喋らないだろう。そう感じるからこそオルガは一歩前に踏み出した。

 オルガに任せようと判断したアルヴェスターは一歩足を引き、オルガの横顔を見つめる。静かなその表情を見つめているとゆっくりとその口が開いた。


「おまえがユフィ殿を切りつけたのは、二度目だな?」


 オスリルの視線もオルガに向く。そして――鉄柵の向こうの男の視線もまた、オルガを捉えた。

 その目をオルガはまっすぐ見返す。男を見つめる感情の読めない金色の瞳に冷たさが宿る。


「二度目は今回。一度目はユフィ殿が火傷を負ったとき。――あれは、おまえの仕業だろう」


 扉の傍にいるヒーシュタイン侯爵が僅か眉根を寄せた。


 アルヴェスターの視線が男に向き、再びオルガに向く。口を挟むこともなく任せてもらえることに感謝し、オルガは男を睨んだ。

 胸の内の激情は、決して悟らせない。淡々としているオルガを見る男は口許を歪ませた。


「……ふっ。見たのか。あの汚らわし――」


「満足か? 彼女が謗りを受けていた様子を見て。傷ついて俯く姿を見て」


「どうとも思わない」


「同胞を傷つけ平然とするか、獣人の俺には理解できない」


 怒りを混ぜて笑うオルガに背後から視線が刺さる。けれどそんなもの、どうでもよかった。


(今ここでその喉笛に噛みついてしまいたい奴なら山ほどいる。だが、そんなことは誰のためにもならない。するべきは――……)


 ユフィは、その立場のために頑張ろうとした。その頑張りを、自分が無にしてはいけない。

 自分たち獣人のためにたった一人で敵陣に踏み込み獣人たちの怒りを鎮めようとした、心優しい彼女のために。そんな彼女のために、自分たちは簡単に牙を剥いてはいけないと思うから。


「だが残念だったな。我が国において、アルヴェスター殿下は傷の有無も程度も関係なくユフィ殿の内面を見て好ましいと感じておられる。知ろうともしない者も、ユフィ殿の内面を知りながらもそう思わない者がいるということも俺には理解できないが、彼女にとって、オリバンズ国に来たことはよき事であると断言できる。なにしろオリバンズ国には、彼女を友だと、大切な人だと、そういう者は大勢いる。彼女はこれから貴様らに奪われた笑顔を取り戻し、貴様らが怒りを覚えるほどに我が国で幸せになるからな。ですよね? アルヴェスター殿下」


「当然だ。あんなにもよき女性は他にいない」


 俺は傷知らないけどねと言いたげな、けれど誤魔化す笑みなど知らないフリ。アルヴェスターはその綺麗な笑みをヒーシュタイン侯爵に向けた。


「だから侯爵。私は心底不思議なんだが、なぜ傷を負ったそのときすぐに医者に診せなかった?」


「診せましたよ。診せてもああなのですからどうしようもありません」


 って言ってるけど、と言いたげなアルヴェスターの視線に一瞥を返し否定する。オルガの視線の鋭さと敵意の眼差しに否定を読み取り、アルヴェスターは侯爵へ視線を戻した。


「そうか。診せたのか。とてもそうは見えなかったが、医術の進歩は難しいから仕方ないか」


「ええ。なにせひどいものでしたので」


「しかし侯爵。仮にも侯爵令嬢を傷つけた犯人が自供した。これは無視できない」


 オスリルの冷静な言葉に、ぐっと詰まるヒーシュタイン侯爵は視線を逸らした。アルヴェスターがオスリルに視線を向けると、オスリルも頷く。


「では、次は夫人の聴取にいこう」






 両国の王子を前に、ヒーシュタイン侯爵夫人ローザはそれでも支度を整えて召集に応じた。

 夫人は一人ソファに座り、その前にはアルヴェスターとオスリルが座る。夫人の傍には誰もおらず、アルヴェスターの後ろにはオルガが、オスリルの後ろには護衛騎士が立つ。


「――私はなにも知りません」


「では、なぜあの建物に?」


「夜会の支度が早く終わりましたので、少し気晴らしをしていたときにあの建物が見えたのです。そうしたら誰かが入っていく様子が見えて……。ユフィさんだと分かって何事かと追いかけましたわ。そうしたらあの子……夜会になんて出ないと言うものですから、私と護衛で説得を」


「火事は?」


「原因は分かりませんが……。私も火事だと気づいてすぐにユフィさんを連れて逃げようとしたのですが、あの子ったら「夜会に出されるくらいならここで……」と。私の護衛がすぐに私を逃がし、あの子を連れ戻しにいってくれたのです。命の危険ですもの、少々荒療治でも致し方ないものですわ」


 憂いの瞳が紡ぎ出す言葉にアルヴェスターは「へえ」と乾いた声と笑みを向けた。後ろは振り返らない。絶対に振り返らない。

 現在の有力な証言は侯爵夫人であるローザのものだけ。ユフィが目を覚まして証言をしたとしても、立場上侯爵夫人の証言が信憑性を帯びる。


 考えて、内心で「いやだもうー」と面倒ごめんに思いつつも真剣な表情を崩さないオリバンズ国王太子に、夫人はにこりと笑みを向けた。


「私、おかしなことを言っているでしょうか?」


「事情は分かった。――しかし、夫人もこれまで大変だっただろう?」


「……と、おっしゃられますと?」


「ん? ()()()をこれまで育てられたんだ。侯爵が言っていたが、教育に関しては夫人が担っていたんだろう? 子の知性教養も親の影響だから、一人育てるのは難しいのではないかと思ってな」


「ええ! そうなのです」


 オスリルとクロ―リル、ヒーシュタイン侯爵の目がアルヴェスターを見る。その視線と含まれる情など知らず、夫人は心底同意するというように頷いた。


「なにせあの子ったら、あまり物覚えがよくないものですから。マリアンネとは違って良縁もありませんし……。まあ、あの見目ですから仕方ないのですけれど…。オリバンズ国とのためにあの子が役立てたのですから。私としてもとても嬉しいものです」


「そうか。ははっ」


「ローザ。その辺にしなさい」


 侯爵が止めに入り、夫人は小さく首を傾げつつも不満そうに頷いた。笑みのままそれを認め、アルヴェスターはさらに続ける。


「しかし不思議なものもあるものだ」


「?」


「いやねえ。実は昨日の夜、ユフィ殿の寝室に何者かが侵入してあやうくここにいるオルガと剣を交えるというようなことがありました」


 出された情報にオスリルも目を瞠る。アルヴェスターの後ろでオルガは視線だけを動かして周囲を確認した。

 その情報にいち早く騒ぎ立てたのは、やはりというかクロ―リルであった。


「なぜそれを早く共有しなかったんだ。当初からこちらを疑っていたから、この件もそうやってこちらを疑うわけか」


「確かに。そのような大事を秘められるとは遺憾ですな」


「あの子、殿下とも随分親しいようですし、そんなことをする理由はそちらにもあるのではないかしら?」


 あちこちから飛んでくる言葉にアルヴェスターは軽やかに笑った。


「あっはっは。いや、私は別に犯人捜しをするつもりなんてなかったから」


「……は?」


 軽やかすぎる言葉にオスリルが唖然とし、クロ―リルたちも怪訝と困惑でアルヴェスターを見つめた。

 どんな視線でもどうということはない。それよりもオルガが私情で暴走しないかということのほうがひやひやするアルヴェスターは、その本意を語る。


「なにもしてこなければどうにもしなかった。それだけの話で、両国の関係性をこじらせたくなかった。上階の部屋にいつの間にか入った挙句、煙のように姿を消した、なんて――侵入方法が限られるだろう?」


「……挙句に、今回の火事の件か」


「火事のおかげでそうもできなくなった。――オルガの鼻が同一犯であると証明してくれた」


「はっ! そんなもの信じられるか」


「ならば男の尋問ではっきりさせることだ。ある地点とある地点を瞬時に行き来する魔法というものは、使用できるものも少ないんだろう? 当然、我が国からも人を出させてもらおう」


 クロ―リルがぐっと奥歯を噛む。それを見遣り、アルヴェスターは今度はヒーシュタイン侯爵へ視線を向けた。


「さて。私は本来なら、夜会でヒーシュタイン侯爵や夫人とは長く話をしたいと思っていた」


「……私たちと?」


「ああ。そう。二人はユフィ殿の親だ。()()()()()そうなのだから、我が国での彼女の暮らしや様子について教えて差し上げるべきだろう?」


 扇の下でローザの口端が下がる。わずかに動いた眉を見逃さない。

 認めたからこそ、アルヴェスターは「少し話そうか」とヒーシュタイン侯爵を夫人の隣へ誘った。


「侯爵もぜひ座ってくれ」


「オリバンズ国王太子殿。大事な調査だというのにそのようなどうでもいい――」


()()()()()殿()()()だからと思ったのだが、親に子の様子を伝えることはなにかおかしいか? ヒーシュタイン侯爵夫妻にとってはそういうものか?」


 クロ―リルの目がアルヴェスターを睨みながらも、アルヴェスターの笑みは崩れない。

 断ればいらぬ問答になる。察するヒーシュタイン侯爵は眉根を寄せつつも夫人の隣へ腰を下ろした。






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