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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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41/52

41,一生敵認定

 シーランとエラゼにユフィのことを任せ、部下に部屋の警備を任せ、オルガは屋敷内を歩く。

 火事の騒めきが残っているのだろう屋敷内。オルガはそれを気にすることはなくある部屋の扉をノックした。中から騎士が顔を見せ、中に許可を求めてから扉を開ける。


 そこは長いテーブルが置かれた小さな会議室。

 すでにオリバンズ国側のアルヴェスター、ガディオス、ノーティル国側のオスリルとクロ―リル、ヒーシュタイン侯爵、ケリーゼン侯爵が座り、壁際にはそれぞれの護衛騎士が並んでいる。


 重く物々しい空気が落ちる会議室。ノーティル国側はオスリル以外の面々が苛立ちや不快に眉を寄せ、オリバンズ国側のガディオスは平然としている。

 相手を敵認定していることも、協定に対しどういう感情を持っているかも一目瞭然。オルガは内心で呆れの息を吐いた。


「失礼いたします。ユフィ殿を部屋へ送り届けてまいりました」


「ご苦労。ここへ」


 アルヴェスターが自身の隣を示す。それに従いオルガはアルヴェスターの隣へ足を向けるが、座ることはなく椅子の後ろに立ったままの姿勢を保った。

 それを見て少々呆れた顔をしつつも、アルヴェスターが「さて…」と会議を始める。


「オルガ。まず聞くがユフィ殿の容態は?」


「気を失い部屋で休んでおります。火傷も軽傷ですので痕になるようなことはないでしょう。あとは目を覚ましてから確認します」


「そうしよう。――では、あの火事について話をしましょうか」


 そう言ってアルヴェスターが泰然と目の前を見れば、オスリルは異論なく、クロ―リルは眉を寄せる。


「ユフィ殿護衛騎士であるオルガが捕らえた男はなにも吐いてくれない。ガディオス。そのあたりはどうなってる?」


オリバンズ国(こっち)が近づくとあからさまに嫌な顔されるんですよ。情報もあったもんじゃねえ」


「ケリーゼン侯爵。こちらとしても、我が国の大切な人が危険に遭っている。除け者にされるのは困る」


「これはノーティル国内、それも我が領地で起こったことですので」


「あの炎は魔法によるものだ。その餌食にされたのは我が国の民だ」


 アルヴェスターの一声は鋭さを増して部屋へ放たれる。

 クロ―リルは眉根を寄せ、ヒーシュタイン侯爵も同様の顔をする。オルガはそれをじっと見つめていた。


(あの火事を鎮火させようとしなければ、あの火が魔法によるものであるということは隠せただろう。鎮火させた彼女の行動、そして真っ先にオスリル殿下が飛び出したことが想定外だったか……)


 ばれなければ誤魔化せる。しらを切り通せる。

 国の姿勢かそれとも個人の策略か。どちらにしろ喉笛噛みちぎる必要がありそうだ。


「屋敷に火をつけるなど、魔法を使う者はしない。だいたいあの場所は侯爵も使っていない廃屋だ」


「解体より焼いたほうが早いと? いらないものは全部まとめて? えらく豪快な方法だな」


 腕を組んで尊大に言い放つクロ―リルにはアルヴェスターも世間話のように軽やかに応じる。さらにクロ―リルが顔を歪めるのをオルガも隣で目を細めて見遣った。


「ケリーゼン侯爵。あの建物に処分予定でも?」


「……ええ。まあ。もう随分と使っていないものですので」


「ではそれ、誰に頼んだ? よりによって今日という日に」


「都合を合わせるのが難しかったもので」


 アルヴェスターの口許が笑みをつくる。ガディオスは呆れを顔にのせ、オルガは口を挟まず立ったままの姿勢を保つ。

 三人の間に沈黙と鋭さが走ったとき、クロ―リルがふんっと鼻を鳴らした。


「そもそも、夜会の前にあんな建物に入っていくのもどうかと思うがな。そちらはこちらに非があるように言うが、それなら軽率な行動をとったそっちもだろう」


「……軽率、ですか」


「そうだ。はっ! あの場所は人目に付きづらい。しかも夜間にこそこそと。なにか目的があったんじゃないのか? そうやってこちらの非にしてやろうという画策だろう。あんな女だが物好きな相手と逢引きなんてオチじゃないのか?」


 嘲笑の笑みが会議室に木霊する。

 オスリルもさすがに不快だったのかクロ―リルを睨み、ヒーシュタイン侯爵やケリーゼン侯爵は否定するつもりもなく沈黙を保ち、控える騎士たちの口許には嘲笑が浮かぶ。


 反対に、オリバンズ国側の空気が冷え切った。

 オルガの眼が光る。ぶわりとその身から圧が発され――アルヴェスターとガディオスが容赦なくオルガの足の甲に踏みつけた。


(喉笛噛みちぎって引き裂く。一瞬では殺さない。後悔などでは足りない程に苦痛を与えて殺す。決定事項だ邪魔をするな)


(頭の中で何百とやってくれ! それなら無罪! 現実にされると面倒だから!)


(面倒ってか国際問題ですぜ殿下。気持ちは分かるがおまえも落ち着け。後ろ見ろ後ろ。あいつら震えてんじゃねえか。力抑えろ)


 抑えようにも今は二人が逸らしてくれてなんとかなっているが、放されると本当にやりかねない。自分のことだからこそ分かるオルガは、姿勢正しく後ろに回した手で自分の尻尾を強く掴んだ。

 痛みでも与えて意識を逸らさなければ本当に暴れてしまいそうだ。頭の中ですでに百は床に転がしている。


 オルガの様子を視線を向けずに把握しながら、アルヴェスターは微笑みを消して不快を顔に出した。


「ユフィ殿は身の程を弁えた女性だ。この場で、()()()で、そんなことを発言することの意味はクロ―リル殿下も当然理解しているだろう。正式にノーティル国に抗議文を出させてもらう。――冗談では済まさないからな」


「なんだとっ……!」


「いい加減にしろ。おまえの軽率な発言のおかげで我が国は品位を落とした。落とすなら自分の品位だけ勝手に落とせ」


「貴様っ……!」


「アルヴェスター殿下。ユフィ嬢がなぜあのような場に行ったのか、予想はついているのですか?」


 兄の眼光など恐ろしさの欠片も感じないと吐き捨てたオスリルは、その視線をアルヴェスターに向ける。アルヴェスターもまた無駄な話をするつもりはないので、オスリルへ視線を向けた。

 そして今度は、自制するオルガへちらりと一瞥を向ける。それを受けたオルガは小さく息を吐き、ポケットから一枚の紙切れを出した。


「これが、ユフィ殿があの場所に向かった理由です。先程発見しました」


 ポケットにしまっていたそれを机に置く。すぐにアルヴェスターが手に取り中を確認、それをノーティル国側へと提示した。

 興味のなさそうな面々もいるが、オスリルはそれを手にとって目をとおすと視線を険しくさせた。


「ユフィ殿は何者かに呼び出されてあの場所に向かっている。人質をとれば彼女がどう動くか、想定ができるほどに彼女のことを知っている人物のようだ」


「――…なるほど。そしてあの火事……我が国の誰かが関わったことは明白だな」


「殿下。そもそもそれが本物であるという証拠はありません」


「この文字が証拠だろう。違うならオリバンズ国の文字を書けばいい。違うか? ヒーシュタイン侯爵」


 メモの文字はノーティル国の文字。文字言語が違うのだからそれを利用することはできたはず。

 しかし、それがされていない。オリバンズ国と文字言語が違うということを知らないのか。会得していないのか。知っている様子のオスリルにアルヴェスターは内心で感心した。


 オスリルが目の前でひらりと見せれば、ヒーシュタイン侯爵が僅か顔を歪めた。それを見たオルガがまた冷えた眼光を向けるので、ガディオスはもう一度足を踏みつけておいた。


(やめとけ。一応義父だろ)


(そんなものは存在しない。ユフィの家族は我がウルフェンハード公爵家の者だけだ)


 黙っている隣から聞こえる声なき会話に、アルヴェスターはなにも聞こえないとして意識から排除した。


「ユフィ殿は、己が停戦協定のために来た身だと。その立場だからこそこの式典にそう臨むのだと。そう言って参加してくれているからこそ、私もその意思を尊重している。そんな彼女の責任感の強さを利用している手だ。――さて、ヒーシュタイン侯爵。そんな相手に心当たりはないだろうか?」


「ありませんな」


「彼女のことをよく知っているのはあなたなんだが」


「知りません」


 淡々と紡がれる否定。アルヴェスターが「ふうん」と見遣る隣で、オルガの瞳が光った。獲物に狙いを定めるかのように、その金色の刃がヒーシュタイン侯爵を睨む。

 そしてガディオスが遠慮なく踏みつけてくるのを微塵も顔に出さず、オルガはゆっくりと口を開く。


「侯爵。昼間の茶会において夫人がユフィ殿に手をあげようとしました。過去そういったことは?」


「さて。教育は妻に任せてありましたので」


「我が子が大怪我でも負えば、さすがにあなたも見舞うくらいはしましたよね?」


「なにをおっしゃりたい」


 苛立ったようなヒーシュタイン侯爵の目がオルガを睨む。しかし、見てしまったその眼光に呼吸を忘れた。


 部屋の窓が震える。壁際に控えた護衛騎士たちが尻尾の毛を逆立て直立不動を維持する。

 ガディオスは「あーあ」と頬杖をつき、アルヴェスターは「もうむり」とお手上げ。二人でとりあえずげしげしとオルガの足を踏みつけてやった。


「……俯いて、いるんですよ。まるで見せてはいけないかのように。醜いのだと震えながら言うのです。――何を言った」


「っ……」


「当然、犯人は探したでしょうね? あの建物にユフィ殿が入ったとき、私は護衛にもこっそり後をつけさせました。そしたら驚いたことに、あの場所に――……」


「っ、証拠ないことを抜かすな!」


 ばんっとテーブルに手を打つ音が部屋に響いた。互いの護衛騎士が警戒を強める。

 睨まれようとも、威嚇されようとも、オルガは平然とヒーシュタイン侯爵を睨み続ける。


 ――睨み合いが続く中、どうでもいいように平淡な声音が生じた。


「無駄な足掻きはやめるべきだ」


「殿下……」


「彼女を消したいだろう者には生憎と心当たりがありすぎる。それに、獣人は耳が良い。鼻も良い。それが感じ取ったものは充分な証拠になる」


 オスリルに一同の視線が向く。それを受けても平然と、どころかクロ―リルとヒーシュタイン侯爵を冷淡に見遣った。はっとしたような顔をする面々はノーティル国側ばかり。それが分かるからこそオスリルは隠すことなくため息を吐いた。

 オスリルはそのまま小さな紙をアルヴェスターに返す。一人場の空気など知らないと言いたげなオスリルを見て、アルヴェスターも口端を緩めた。


「オスリル殿も同じように?」


「……。戦になって何が残りますか?」


「血と死体と罪の所業。怒りと憎悪と悲しみと絶望。だから歴史は同じことを繰り返す」


「それを止めるは未来に別の歴史をつくること。――……くだらないでしょう。いつか消えるかもしれないものに縋って、誇示しても」


 消え入りそうな声音は静かな会議室でも聞こえ、アルヴェスターの耳にもはっきり届く。オスリルもそんなアルヴェスターをじっと見つめる。

 僅か見つめ合い、アルヴェスターは笑みを浮かべた。オスリルはふっと息を吐くとその視線をオルガに向け、真剣な眼差しで問う。


「拘束した男以外に、誰が?」


「殿下!」


「黙っていろ、ヒーシュタイン侯爵」


 ぎろりと鋭い一瞥に制されヒーシュタイン侯爵は口を閉ざす。しかしその顔には不服が滲んでおり、アルヴェスターはそれを確かに認めた。

 そしてその視線をオルガに向ける。それを受けたオルガが答えた。


「ヒーシュタイン侯爵夫人が。あの男、夫人の護衛だそうで」


「承知した。こちらでも夫人から聴取しよう」


「同席は?」


「拒む理由がありません」


 ノーティル国側でも割れている。それがはっきりと分かりつつも、アルヴェスターは他国に干渉することなく「ありがとうございます」と礼を告げた。


ノーティル国(こちら)としても、ユフィ嬢が何者かに狙われたとなると野放しにはできない。陛下とてそう判断されるでしょう」


 式典代表者であるアルヴェスターとオスリルが握手を交わす。

 それを見つめ不満を顔に出す者、淡々と受け取る者、それぞれがそれぞれの表情を見せていた。






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