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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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25/52

25,警備態勢は万全…?

 領主が所有するという屋敷は式典の会場にもなり、ノーティル国側から参加する第二王子もまた滞在することになっている。

 両国から参加する貴族は町で宿をとったり、当日到着するなどとばらばらだ。


 他国の王族であるアルヴェスターは屋敷内でもいい部屋を、ユフィはその隣の部屋をあてがわれた。

 室内はユフィ付き近衛騎士が念のため見回り、エラゼが荷を解く。その間室内で緊張しながら皆の動きを見ていたユフィに、オルガが空気を柔らかくさせて寄り添った。


「念のため。大丈夫だ」


「は、はい」


 自分は守られているのだ。それをまざまざと見せられ、そんな大層な立場ではないと常に己を卑下するユフィでも頷くしかない。

 ユフィに寄り添いつつも周りへの警戒を怠らないオルガは、部下から声をかけられて振り返った。


「隊長。この屋敷、壁も扉も薄いですよ。音が漏れすぎじゃないですか?」


「人間の五感ならそんな薄さでも漏れないものだ。助かるな」


 獣人と人間種の五感は異なる。獣人ならではの視点に人間であるユフィは瞬いた。自分ならば耳をぴたりとくっつけても向こう側の音は聞こえるかどうかなのに、獣人にとっては薄いという基準なのか……。

 部下たちが警戒を終えオルガに問題ないことを報告する。と、オルガはその視線をユフィに戻した。


「さて、ではユフィ殿。我々は常時部屋の前で警備を行います」


 仕事に務めるオルガの姿勢だ。普段の気さくなものはないけれど、口調は畏まってもその目は普段のものと変わらない。

 だから、少し慣れなくても安心できた。


『ユフィ。ノーティル国の者の目があるこれから、俺はあくまで君の護衛として接する。ユフィも今は俺を護衛だと思ってくれ。二人になれれば普段のようにするから』


 そう言われている。

 今のオルガはユフィの護衛だ。けれどノーティル国の目がないから、仕事の話をしながらも膝を折って俯く自分を見ようとしてくれているのだ。

 それが分かるから、ユフィは問われたことをかみ砕いて、頷いた。


「は、はい」


「扉の外の警備は昼夜を問わず、室内の警備も同様にしようかと――」


「そっ、そこまでしていただかなくても大丈夫です……! 夜は皆さまもお休みになられますよね? わたしだけ寝てしまって護衛の方を起こしておくだなんてそんなっ……」


 なんとか言葉を紡ぐユフィの、護衛想いの優しい思いやりの言葉。近衛騎士たちはしかし、その言葉に胸があたたかくなるよりも、その言葉を受け取っているようで受け取っておらず固まっているオルガが気になった。


 ノーティル国の者の目がない今、隊長は仕事と夫の両方の姿勢で妻に接している。それはなにもおかしくない。

 なぜならば、事前にアルヴェスターからの指示が下っている。


『ユフィ殿は王宮で過ごしている、とする。オルガの妻じゃないからそこんとこ間違えないように。オルガのことだから場面場面で使い分けるだろうけど、おまえたちもノーティル国にはばれないように』


 考えがあるのだろう気の抜けた王子からの命令だ。それは当のユフィも了承済みらしい。


 とはいえ、そうしたふうを装うとはしても、隊長は夫でユフィは妻である。だからこそ「夜間の室内護衛は俺が務める」と事前に部下には言っていた隊長だ。

 そんな妻からの夜は一人でいい宣言、加えて人妻であるという意識皆無ともとれる言葉。ノーティル国から来たご令嬢は小さくてどこか気弱にも見て取れる。隊長がその妻を大切にしているというのは分かるのだが、どうにも妻は遠慮気味……というか、伝わっていないようにも見える。


 オルガは獣種の一族の獣人だ。この人が自分の番だと認めれば生涯大切にする番しか見ない、一途な種族。

 隊長……と思わず目許を覆ってしまう部下たちなど、俯くユフィには見えていない。


「あ、あの……オルガ様……?」


「……そうだな。うん。……寝るときに誰かがいれば落ち着かないだろう」


 固まるオルガへのユフィの怪訝とした声音が、オルガの意識を引っ張り戻す。


 護衛としてことを考えるのがオルガの役目だ。しかし、もともと他者に遠慮があって、今回の式典で緊張もひとしおだろうユフィが安らげる時間を与えるのも役目。

 ならばと考え答えを出し、オルガはユフィを見つめた。


「では、就寝時だけは外に護衛を置くようにしましょう。何かあれば遠慮なくお呼びください」


「あ、ですが……。いえ。はい。あの……守ってくださっているのにご無理を言って、申し訳ありません」


「謝らない。ユフィ。むしろ嬉しい」


 なぜ、と胡乱気にオルガを見るが、返ってくるのは優しい眼差し。よく解らない上オルガの眼差しに落ち着かなくて、ユフィは俯いて視線を逸らした。


 立ち上がったオルガはすぐに仕事の顔をしてその視線を控えるエラゼに向ける。


「エラゼ。後を頼む」


「承知いたしました」


「では各自、持ち場につけ」


「「はっ!」」


 オルガの指示ですぐに全員が動き出す。少し気圧されながらそれを見るしかないユフィだが、すぐにエラゼが安心させるようにやってきたので肩の力を抜いた。


「ユフィ様。着替えてゆっくりいたしましょう。夕食時になればまた着替えることになるかもしれません」


「はい」


 ユフィも動き出すのを見て、オルガは部屋を後にした。

 その足で向かうのは隣の部屋――とはいえ少し離れているが――にいるアルヴェスターだ。


 アルヴェスターの部屋の前にも獣人の騎士が立っている。彼らはアルヴェスター付き近衛部隊の騎士でありオルガとは所属部隊が違うが、その役目は同じであり、なにより、獣種という四種聖獣の立場とその実力からオルガを尊敬する騎士は多い。

 そんな彼らはやってきたオルガに礼をし、部屋の扉をノックした。「入れ」との許可にオルガは扉を開ける。


 ユフィへの警備同様、室内にも数名の護衛騎士がいる。それを横目に確認しながら、オルガはソファで脱力しているアルヴェスターに歩み寄った。


「ユフィ殿への警備態勢が整いました」


「おー。ご苦労。さすがに屋敷全体の警備にオリバンズ国(こっち)側が加わるのはいい顔されないからな」


「その分、殿下やユフィ殿への護衛を万全にいたします」


「頼むわ。――で、オルガ。今の時点で気づいたことは何かあるか?」


 脱力したさまはそのままだ。声音も変わらない。

 変化などしていないアルヴェスターを前にオルガは背筋を正しながらも、僅かな憤りを思い出した。


「……こちらの想像どおりかと。夫人はかつての彼女の身なりや立場を知っているのでしょう。見違えた? はっ! 加えて心にも思っていないことを平然と」


「うん。怒ってるのは分かったからちょっと止めようか。後ろで俺の護衛が震えてるから」


「……失礼しました。ですがまあ、殿下が魔法がどうと言い出したおかげでユフィ殿も少々混乱しておりましたが」


「え。今からお説教? 仕方ないだろー」


 ブーイングを向けてくるアルヴェスターにオルガも理解しているからこそ「分かっております」と答えた。

 脱力していたアルヴェスターは「よいせっ」と体勢を整え直してからオルガを見る。


オリバンズ国(こっち)はまだ魔法に関して知らない、と分かるとノーティル国(あっち)はどうするかな。帰ってからのお楽しみってしてくれるといいよなあ」


「こちらを下に見る彼らの好みそうなものですね。……わざと動くと思われますか?」


「んで、こっちが激怒するのを「何言ってるんです? こちらは約束通りにしましたよ?」って? 勝手に勘違いしといて」


 感情のこもっていない、というか呆れているような乾いた笑みがこぼれる。そんなアルヴェスターにオルガも心底同意だという顔をした。


「ま、そのときは俺も笑顔で対応するから。読み間違いを正す気はないけど、我が国の民を侮辱するなら相応のことはさせてもらう」


 にこりとアルヴェスターが笑みを浮かべた。優雅に。余裕気に。目を引く笑みを。

 その笑顔に、オルガも、護衛騎士たちも、小さく息を呑んだ。同時に胸の内に沸き起こる高揚がある。


(これだ。これがアルヴェスター殿下だ。面倒くさいが口癖の方とは思えない)


 恭しく胸に手をあてオルガは頭を垂れる。


「殿下の御心のままに」


 同じように室内で警備する騎士たちも頭を垂れる。それを見るアルヴェスターは平然とそれを受け取り「おまえらも頑張れよ」と軽く答えた。


「それもだが、気になることがもう一つ。こっちの王族が参加するって話をしただろ? 第二王子」


「はい。それはすでに互いに書簡でやりとりしていたときにはすでに通っていた話では?」


「それが、だ。なんでも第一王子まで来てるらしい」


「……は?」


 そんな話は聞いていない。仕事の表情に驚きと僅かな怒りを滲ませるオルガにアルヴェスターも肩を竦めた。


 オリバンズ国から出席する王族は会議の結果アルヴェスターと決まった。中にはリジェイルではどうかという声もあったが、それらや王太子が向かうことに難色を示す者たちを説得し、最終的には王が決定を下しアルヴェスターも了承した。


 ノーティル国からも出席者の名簿が送られてきた。その中で王族として名が挙がっていたのが、第二王子の名前。


オリバンズ国(うち)ノーティル国(こっち)も王族の情報って少ないからなあ。第二王子は魔力がないっていうのは聞いてるんだけど)


 だから今回の式典を任されたのだろうと察せられる。どこまでも魔力主義である国にアルヴェスターは眉根を寄せた。


 オリバンズ国を下に見るノーティル国は魔力を持たない者を軽んじる傾向があり、オリバンズ国に魔法を使える者が入れば目立つ。オリバンズ国にいる人間種は魔力を持たない者がほとんどで、ノーティル国の傾向のせいで王族の深部まで入り込めない。


「この屋敷は壁が薄い。話がよく聞こえる」


「……直接伝えにきていないのですか?」


「ない」


「……。――……まさか、彼女のことで何か?」


「高みの見物かもな。……そういえば、ユフィ殿は大丈夫か? ヒーシュタイン侯爵家も来るだろう?」


「はい。……今のところはなにも」


「そうか……。気にかけておいてくれ。もし体調が悪くなるようなら式典なんぞ出さなくてもいいから。我が国はそれはそれは彼女を大切にしているのである」


「承知しました」


 それが、今のオリバンズ国の対応だ。

 心得ているオルガもユフィを想いつつ、アルヴェスターに礼をして部屋を出た。


 その足がユフィの部屋に戻る途中、廊下の陰からユフィの部屋をうかがう誰かの気配を感じて一度足を止めたものの、追いかけることなく獣人の護衛が守る部屋へと戻った。






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