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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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26/52

26,緊張と楽しさの夕食

 夜。夕食に呼ばれるかもしれないと少し身構えていたユフィだったが、部屋にやってきたのはアルヴェスターだった。


「こんばんは、ユフィ殿。あちらは王子様二人のもてなしで忙しそうだから宴の歓待は式典後の夜会でいいし俺はユフィ殿と食事を楽しみたいって言ったら快く承諾してもらえた、ってことで二人で夕食でもどう?」


「は、はい。わたしでよろしければ」


「あっはは。俺たちさみしー」


 そんなことを言いながらアルヴェスターは悠々とユフィの部屋に入った。アルヴェスターが入るので必然彼の護衛騎士も入る。

 室内に王族、護衛騎士が数名、信頼できるメイド。気心知れているようで緊張しか生まない顔ぶれにユフィはぎこちなくソファに座った。


 砕けた様子でユフィの向かいに座ったアルヴェスターは背もたれに身を預けて天井を仰ぐ。


「行きたかった? あっちの夕食」


「え……えっと……」


「ははっ。どっちとも言えないか」


 立場か心か。どちらで答えるかと観察しようとも言いづらいことを言わせたいわけではない。

 俯いてしまうユフィをアルヴェスターは見つめた。優しくもあたたかく、その目はユフィを見つめて声音を和らげる。


「ま、今はもっと柔らかくなってるといいから。こんな感じに~」


 そう言ってだらりと座面と頬が仲良しになる。数日間見ていた脱力具合にユフィは瞬いて、これは同じことをしたほうがいいのだろうか…と迷った末に動こうと――……


「ユフィ殿。しなくて大丈夫です」


「はいっ……!」


「いいとこだったのに邪魔するなよオルガー。俺はもっとこうユフィ殿を緊張から解放しようと――」


「御言葉が過ぎるかと」


「オルガ。目、目が怖い。あと他の奴ら震えてるから」


 少々不服気な顔をしても威圧を弱めるオルガに他の騎士たちもほっと息を吐く。「だめだぞ隊長ー」と元凶ともいえるアルヴェスターはどこか他人顔で、堪えきれず「ぶはっ」とリークヴェルが笑えばオルガの眼光が咎めるように貫く。

 そんな、これまでの道中にも見たような、あたたかくなる光景を前にユフィは少しだけ頬を緩めた。


(誰かがいるときはずっと緊張して、怖いとさえ思ってた。でも……殿下やオルガ様は違うものをたくさんくれる)


 嬉しくて。胸が苦しくなって、でも、嫌じゃない。


 すぐに部屋に夕食が運ばれてきた。給仕はオリバンズ国からついてきてくれた従者たちが担い、その顔触れはユフィも道中から知っている。

 運ばれてくる食事を見てユフィはすぐに身に沁みついた行動を起こす。


「お手伝いします」


「ユフィ様。どうかここでは殿下とともにお待ちください」


「ええ。私たちがいたしますから。ユフィ様には随分と道中に御手をお借りしてしまいましたし」


「大丈夫です。これくらい――」


「ユフィ殿」


 給仕たちとのやり取りの中、オルガがユフィの傍に立つ。俯くユフィの顔を見るようにそっと膝を折るオルガに、ユフィはさらに慌てたような顔をした。

 けれど、オルガはそれを見ても、止めることなくユフィを優しく窘める。


「ユフィ殿はここでは我が国の大切な客人。目がないとはいえ、どうかご遠慮ください」


「あっ。はい。申し訳ありません……」


 伸ばしていた手をそっと引っ込める。そんなユフィの反省をにじませる様子に、私情に蓋をしてオルガは立ち上がった。

 これがウルフェンハード公爵邸ならば好きにさせていた。けれどここは別の場所であり、加えて警戒しなければいけない場所。普段とは違う環境故に、ユフィにとっては慣れないなにもしないということばかりが付き纏う。

 ユフィは少ししゅんとしつつもソファに戻り、そんな姿を従者たちも微笑ましく見つめていた。


 テーブルに食事が並べられ、ユフィの俯いた視線がちらりちらりと護衛騎士や従者たちに向く。

 きゅっと膝の上で握られた手。それを見つめたオルガはこれまた仕事のまま優しく告げた。


「我々は後で交代で食事を摂りますので、どうかお気になさらず」


「! はいっ……。あ、の、でも、準備などは……?」


「大丈夫。一応俺らは隣国からの正式なお客さんだから。ちゃんとここの者たちが準備してくれる」


「そうなのですね。よかった……」


 アルヴェスターが安心させるように言ってくれた言葉にユフィもほっとした。我が事のようにほっとするユフィにオルガたちも頬を緩ませる。

 そしていつもとは違う、アルヴェスターとの食事が始まった。


(緊張する……)


 王族と食事をするなど初めてのことだ。マナーがなっていないと見破られたらどうしようと不安になりながら、オルガとの食事の癖でアルヴェスターの仕草をちらりと見てしまう。

 公爵子息たるオルガも王族であるアルヴェスターも食事の所作が綺麗だ。どうしても自分と比べてしまいながらユフィは小さな一口で食事を続ける。


 サラダを食べ、スープに口をつけ、肉は小さく切り分けて食べる。

 ウルフェンハード公爵邸で初めて食事を摂ってからは随分とその摂取量も増えている。当初はオルガの膝に乗せられて食べさせられることもあったので、ユフィ自身も己の変化に気づいていた。


「食事の仕方ひとつでも獣人たちで違うことが多いんだって知ってた?」


 料理を飲み込んでから、アルヴェスターが世間話をするように言った。食事の手を止めたユフィの視線もアルヴェスターに向く。


「たとえば、狐種は人間種が思うところの貴族的な所作だな。山羊種や兎種は自分のペースで好きなときに食べることが多い。獣種、鷹種、獅子種、虎種、熊種、こいつらは豪快だったりする」


「豪快……?」


「狩った獣をその場で捌いて焼いて食べる、みたいな?」


 それは豪快だ。そしてそれをすると言われた中にさらっと入っていた種族。

 思わずユフィの視線が向いてしまうと、向けられた本人は少し困ったような顔をしていた。


「私は普段そういったことはしません。ガディオスは狩りを好んでよくそういったこともしていますが、それに付き合わされることがたまにあるというくらいです」


「今度同伴できないか陛下に相談してみよう。母上がやりたがりそうだから、たぶんできる」


「え…、王妃様も狩りをなさるのですか?」


「ああ。母上強いから」


 初めて知ることにユフィは食事も忘れて聞き入ってしまう。


 王妃であるラジェイナは四種聖獣の一種である獅子種の獣人だ。アルヴェスターが言った豪快の中の一種である。

 ガディオスも獅子種の獣人。狩りがどうだと以前の披露目の夜会でも言っていた気がすると思い出しつつ、ユフィは想像してみようとするが、するにはあまりにも知らなさすぎだと自覚した。


「オリバンズ国特有というならば、春の花祭り、夏の竜神祭、秋の収穫祭、冬の雪祭りもそうですね。各季節の巡りに合わせ各地で様々な祭りが行われます」


「各季節でお祭りがあるのですか?」


「とはいっても、夏の竜神祭以外は順番巡りだから。さすがに毎年全部は無理。竜神祭は文字どおり竜神様への感謝の祭りだから毎年行われて、今年はそのまま秋の収穫祭って流れ」


 オルガやアルヴェスターが初めて知ることを教えてくれる。俯きがちでも交互に視線が動いているのが分かる護衛騎士たちも、興味津々という様子のユフィに思わず頬が緩んでいた。


 緊張してばかりだと思っていた式典前夜。けれど思っていた以上に心は安らいで、別のどきどきすら感じさせる。

 自然と仄かな笑みが浮かぶユフィをオルガは優しく見つめていた。






「ではユフィ様。明日に向けてお休みしましょう」


「はい」


 夕食を終え、あとは明日に備えて休むだけ。ユフィの就寝の用意を整えたエラゼは、まだどこか緊張しているようなユフィに微笑んだ。


「お休みの前にリラックスできるお茶でも淹れましょうか?」


「だ、大丈夫です……。もう、寝ます」


「承知いたしました。ではユフィ様。おやすみなさいませ」


「おやすみなさいませ」


 ぺこりと互いに頭を下げて、エラゼが部屋を出ていく。それを見送ってからユフィは寝室へ足を向けた。


 こそりとベッドに上がる。侯爵が所有する屋敷の上等な部屋だけあって触り心地がいい。それはつまりウルフェンハード公爵邸のそれと同じで、ユフィには慣れないもの。

 ベッドの上で小さくなって、なんとか掛布を被った。


(眠れない……)


 ウルフェンハード公爵邸に着いたときもそうだったのを思い出す。

 普段とは全く違う質の物に囲まれ、寝不足を悟られないようにするのに俯き癖が役立ったほどだ。


(明日はいよいよ式典。殿下はなにもしなくていいと言っていたけれど……。明日は――……)


 式典に参加する貴族の名簿を見せられたときのことを思い出す。ぎゅっと拳をつくって身体を丸めた。


 魔法は使えないふりをする。王宮で過ごしているというふりをする。

 大丈夫。ちゃんと分かってる。そうするのだ。それが――オルガやアルヴェスターのためだから。


 でも。それよりも。もっと不安になってしまうのは――オルガたちが傷つくこと。

 ノーティル国の獣人嫌いは周知の事実。なにを言うか。なにをするか。分からない。


(わたしが魔法を使えないことで、ノーティル国がオリバンズ国にひどいことを言ったら……)


 自分の所為で、傷ついてほしくない。

 オルガはきっと「なんてことはない」と言うだろう。アルヴェスターもきっと軽く笑う。だけど、自分が嫌なのだ。


 初めて自分にあたたかなものをくれた、大切な人たちだから。


 今だって、扉の向こうでは護衛のために警戒してくれている。こんな自分のために。

 だから、なにかお返しをと思って、道中でも積極的にお茶や食事を配ったり火の番を代わろうとした。


 けれど、とてもそんなことでは返せないものばかりもらっている。


 眠れないユフィはベッドを出ると、ランタンの明かりを灯してからお茶の用意を始めた。

 ノーティル国は魔法を生活にも使う。水も、水を湧かすための火も、多くは個人の魔法が使用される。しかし、すべての人間がそうできるわけではない。魔力にも差があり、こうした客人が来た場合のため魔力がない者でも使えるような道具も用意されるのが常だ。


 寝室を出れば応接間。その隣にある簡易キッチンでお茶の用意をし、ユフィはそれをトレイに乗せて運んだ。

 落とさないようにそっと片腕に乗せ、これまたそっと扉を開ける。


「ユフィ様。どうされましたか?」


 小さな足音と扉の僅かな開く音。そんな音を拾っていた護衛騎士は、ユフィを逆に驚かせないよう姿を見せてから声量を落とし、こそりと覗く俯きがちな表情を見つめた。






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