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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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23/52

23,つまり護衛は…

 ♦*♦*




 それからもユフィは度々オルガとともにアルヴェスターのもとを訪れる日が続いた。

 ノーティル国とオリバンズ国で交わす文書。その決定や内容によっては作った設定を変える必要もあり、最初の設定や想定からいくつかパターンを考えた。そうして最終的にこれだと決定し、ユフィはその設定を頭に叩き込んだ。


『ふぅ。俺もこの設定で頑張るか』


『ええ。頑張ってください。これは殿下のお言葉動き一つで印象が変わりますから。完璧に』


『オルガの圧が怖い』


 なんて軽口叩き合う二人を最初はおろおろと見ていたが、オルガの言葉もアルヴェスターは気にした様子もなかった。


 そんなこんなで準備の日々が過ぎる。

 そういった準備に加えて式典参加者も頭に入れて、勉強中の国のことや文字のことも怠らず勉強して、毎日の屋敷の仕事もあっちでこっちで頑張って。

 あっという間にその日を迎えることになった。






 オリバンズ国とノーティル国との停戦協定の式典は、両国の国境沿いにあるノーティル国側領地で行われることになった。


 出発の日。ユフィは制服姿のオルガとともに馬車に乗りこみ、まずは王城へと向かった。

 王城でアルヴェスターと合流し、王家の馬車に乗り換えて、そしてノーティル国に向けて出発することになっている。


 王城に到着したユフィは、国王と重鎮たちを前にアルヴェスターとともに出発の挨拶をする。これまた緊張したが、隣にオルガがいてくれることがとても心強い。


「では父上。行ってきまーす」


「おまえは少しばかりユフィ殿を見習ったほうがいいな」


 やれやれとため息をつくオルティス王には集まった重鎮たちも遠慮なく笑っていた。アルヴェスターだけは不服そうに「ユフィ殿が俺を見習ったほうがいいんですけどー」と言っていたが、ユフィは内心でぶんぶんと首を横に振るしかない。

 とてもでないがアルヴェスターのようになどできない。アルヴェスターが羨ましいくらいである。


 城の外にはすでに出発の準備が整い、騎士たちや同行する従者たちが待っていた。一同を見回したアルヴェスターは最後にオルガを見る。


「オルガ。おまえも乗れ。打ち合わせ」


「……分かりました」


 近衛隊騎士として、オルガは仕事中でもあるので制服である。アルヴェスター付き近衛部隊も同行し、彼らはアルヴェスターの護衛を行う。

 騎士たちを見るユフィにオルガは隣に立ってそっと腰を折った。


「ユフィ。どうかしたか?」


「え、あ……いえ」


「不安を解消するのも護衛の務めだから、俺に仕事をくれると思って。気になったことはなんでも言ってくれ」


 そう言われてしまうと迷ってしまう。

 俯いて迷うユフィを見つめていると、ゆっくりと俯きがちの姿勢からでも視線を感じた。


「あの……騎士様が大勢だなと、思ったんです。もちろん殿下の護衛を万全にすることは必要だと思うのですが…その……やはり、危険なのでしょうか?」


 今回同行する騎士たちを見てオルガは納得を覚えた。

 オルガたちにとっては大したことはない人数だ。今回もせいぜい五十と少しで、王太子であるアルヴェスターを守るにはごく当然の数。


(当然とはいえ、ユフィには武装と思えても仕方ない、が……)


 ユフィはどうやら一つ勘違いをしているようだ。


「ユフィ。騎士の半数は殿下の近衛部隊であり、殿下を守る役目をもっている。そして残る半数は、ユフィを守るための騎士たちだ」


 言われたユフィがきょとんとした顔をする。それを見てやはりと思いつつ、オルガはもう一度聞かせるように頷いた。

 オルガの言葉を頭の中で反芻し、ゆっくりと呑み込む。


「……わたしを、ですか?」


「当然だ。君は我が国の大切な人なんだから」


「ですが……わたしなんかのために……皆さまを…」


「問題ない。護衛の仕事に長けている俺の部下たちばかりだ」


 また、ユフィがきょとんとした顔でオルガを見る。

 周囲にいる騎士たちの中でもオルガの部下はうんうんとオルガの言葉に頷いていた。見送りに出ているオルティス王もラジェイナ王妃も、リジェイル王女も、なんならその護衛騎士たちもそろってうんうんと頷いている。


 が、ユフィは頷けなかった。


(オルガ様の部下……。オルガ様は陛下をお守りする部隊の隊長で、だからその部下は……)


 つまり、そういうことである。

 理解したユフィがさっと青ざめ、慌てたように振り返って駆け出す。そんな様子に「ユフィ!?」とオルガも慌てて続いた。


 自分にまっすぐ向かってくる。そんなユフィを見つめてオルティス王は何事かと首を傾げるが、その前で止まったユフィは青ざめた顔で訴えた。


「陛下っ。わたしなどのために御身を守る近衛騎士を減らさないでください……! 若旦那様がいらっしゃるだけで充分ですし、陛下に何かあればわたしっ……」


 突然の訴えにオルティス王も意表を突かれたように目を丸くし、騎士たちも目を瞬いた。

 刹那、周囲から音が消える。


 オルガがユフィの隣に立ち、困ったように眉を下げた。


「ユフィ。大丈夫。これは陛下からのご命令だ。ユフィになにかあってはいけないと。それに大丈夫。俺の代わりに頼れる御方が陛下の護衛についてくださる」


「で、ですが……」


「ユフィ殿。オルガの言うとおりだ。確かにそなたが言うようにオルガがいれば大抵のことは問題ないだろう。しかし、これは国としての姿を示すものでもある。――心配はいらん。私のことはオルガと同じくらいには強い者が守ってくれる」


 安心させるようなオルティス王の言葉にだんだんと頭も冷静になる。

 大丈夫なのだと安心して、けれどやはり申し訳なくて。


「……分かりました。…その、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」


「なに。そなたがそう思ってくれたことがなにより嬉しいことだ」


 オルティス王の表情には笑みが宿り、ちらりと視線を動かせば嬉し気なラジェイナや同行する護衛騎士たちの笑みが見えた。


 寛容な王の言葉に頭を下げていると、馬車の方から「行くぞー」と声がかかってくる。「ただいままいります」とすぐに答えるユフィを先に向かわせ、オルガはオルティス王を見た。


「オルガ。なにからも彼女を守り抜け。騎士として。夫として」


「はっ」


 恭しく礼をして王の命を受け取る。そうしてオルガは王の前を辞した。


 王の御前を辞したユフィはアルヴェスターに促されるまま馬車に乗ろうとし、馬車の傍で礼をしている一人の御者に視線が向いた。


「ノーティル国までよろしくお願いします」


「こちらこそ。快適な道中に尽力いたします」


 その声を聞いて、その御者が兎の耳をしているのを見て、ユフィは首を傾げた。

 俯きがちの視線の下からそっとその御者を見る。兎の耳と白い髪。穏やかな表情とその声音は警戒を抱かせないほっとしたもので。


「あ、あの……もしかして、わたしをオリバンズ国へ送り届けてくださったときの……」


「憶えていただけていたとは光栄です。今回もまたよろしくお願いします」


「こちらこそ……!」


 ノーティル国から初めてオリバンズ国へ入ったとき、迎えはあくまで王家からであった。そしてその馬車を操っていたのが彼だった。

 互いに憶えていたことに笑みが浮かんで、ユフィは安心感を胸に馬車に乗った。


 王家から出発する馬車は、アルヴェスターの馬車、付き人たちの馬車があり、加えて荷物を積んでいる荷馬車もある。その中でユフィは王家の重要人物ということでアルヴェスターの馬車に同乗している。

 王子殿下と二人きりとなればユフィも恐れ多く固辞したのだが、普段からユフィに仕えているエラゼが同席することで二人きりという状況は回避されている。それでもユフィにとっては緊張極まりない。


 アルヴェスターの言葉によってオルガが同乗することになったので、エラゼは別の馬車に移る。

 空いた席にオルガが座り、馬車は出発した。


 からからと回る馬車の車輪。周囲を固める近衛騎士たち。

 馬車の窓からは外が見える。王都の街並みが流れていくのを見ながら、ユフィはそっと窓の外から見えないように身体を引いた。

 そんなユフィをオルガは隣でそっと見つめる。俯いているユフィの表情は右側に座っていてもまだ分かりづらい。


「そういえば、一度町へ買い物に行こうと言っておきながらまだ果たせていないな。屋敷でばかり退屈してはいないか?」


「いえっ。お屋敷でとても満足です。皆さまとても親切ですし、勉強も……楽しいです」


「そうか。帰ってきたら今度こそ町へ行ってみよう。見せたいものもたくさんある」


「ですが、その……」


 ユフィの声が沈んで俯いていく。そんな姿を見つめてオルガが瞼を震わせた。そんなオルガが声をかけるより先に、ユフィの前に座るアルヴェスターから声が飛んだ。


「国の内情を知るっていうのはいいことだと思う。俺もよくするし、ユフィ殿はすくなくともこの国を悪くは思っていないようだし」


「悪く思うなどそんな……」


「ノーティル国の人間って聞くと大体の奴らは顔を顰めるから。そういう反応する奴に外出てみろとは言わないけど、ユフィ殿もま、気楽でいいんじゃない?」


 アルヴェスターらしい気力のない声音にユフィはどう反応するべきか迷ってしまう。けれど、小さく頷いた。


(オリバンズ国のことを少しでも知っておいたほうが、わたしが必要なくなってお屋敷を出ることになっても、オルガ様が獣人の奥様を迎えることになってわたしがお屋敷を出ることになっても、きっといいはず)


 オルガも、ウルフェンハード公爵邸の使用人たちも、皆が優しい。優しいから、いつかこれが覚める夢なのではないかと思うときがある。

 ――いつか、オルガから「出ていけ」と言われる日が来るかもしれない。そのときのために身につけておくべきことは身につけておかなければ。


 ユフィが膝の上できゅっと拳を握ったとき、馬車は王都の門を抜けた。






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