22,王子殿下と設定作り
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翌日。出勤するオルガとともに屋敷を出たユフィは、オルガとともにアルヴェスターがいるという王宮へ足を踏み入れた。
権威を示す豪華絢爛……という印象は抱かせない、シンプルだが質の良い王宮内。衛兵が配置されて警備に務めており、近衛隊制服姿のオルガを見て誰もが敬礼をする。そんな衛兵たちから見るオルガの立場を改めて痛感しながら、初めての場所をユフィはいつもの俯き癖で歩いていた。
(王宮……。もっと贅をこらした場所かと思っていたけれど、なんだかほっとする)
視界には必ず自然の何かが入る。庭や噴水、廊下に生けられている花は全てが造花だ。
夜会の会場でも生けられていたのは造花だった。王宮でも同じなのだと思いながら、ユフィの視線は造花を追っていた。
「ユフィ。なにか珍しいものでもあったか?」
「え、あっ、申し訳ありません……!」
王宮内をじろじろと見るなど無礼だ。はっとなって思い至ったユフィは羞恥で身を小さくさせた。
しかし、オルガはそんなユフィを見て小さく笑う。
「気にしなくていい。滅多と入らない場所は珍しいものだろう。……花を見ていたのか? 花が好きなら俺からも贈ろう」
「あ、いえっ、ちがっ、えっと……」
否定の手を振ろうとして、否定していいのかと困って、言葉が途切れた。
足を止めてしまったユフィを急かすことなくオルガは隣に立ったまま待った。きっと何かを言うのだと解っているから。
「……花は…好きです。ですがいただくなんてわたしには……」
「そうか。ユフィは花が好きなのか。それを知れたのは嬉しいな」
「あ、っ……」
「だが、我が国において飾る花はほとんどが造花だからな……」
「綺麗ですっ、とても! 花は自然に、竜神様の地に咲くものなので、勝手に手折ってはいけないのですよね? 竜神様のお許しがないといけないとダリオスさんとケナムさんに教わりました」
ウルフェンハード公爵邸の庭師、山羊の獣人であるケナムは、ユフィが屋敷へ来てからずっと変わらぬ態度で接してくれる一人だ。
てきぱき庭仕事を……していることもあるが、ユフィが庭で会うときはむっしゃむっしゃと庭の草を食べていることが多いので、あまり仕事の様子を見えたことがない。けれど庭にある花や植物に詳しくて、聞けばなんでも答えてくれる。「これは美味しい。こっちは美味しくない」と言われても食べる機会があるかどうかは分からないのだが、いつかオルガと離縁して一人で生活するときに役立つかもと思って聞いている。
足を止めた二人は、片や隣国からきた令嬢、片や国王陛下付き近衛隊部隊長という、珍しい客人ということもあって衛兵たちもちらりと視線を向ける。
衛兵たちは当然獣人だ。耳が良い彼らはユフィの言葉に思わずがばりとユフィへ視線を向けた。
オルガはそんな衛兵たちの動きに気づきながらも、ユフィの少し慌てたような様子に微笑ましく笑う。
「ああ、そうだ。だから飾るときなどには造花を用いる。竜神様にあれもこれもなどとは願えないからな」
「許しを得られた花は自然と茎や枝が切れるのだと聞きました。皆さまの竜神様への信仰心をわたしも大切にしたいです」
「それは嬉しいな。さあユフィ。そんな竜神様から加護を賜っている殿下のもとへ行こう」
「は、はいっ……!」
驚きに満ちている衛兵たちの顔は俯いているので見えていないユフィの視界には、なぜか機嫌がよさそうに揺れるオルガの黒い尻尾だけが見えていた。
アルヴェスターがいる場所を知っているように歩くオルガに続き、ユフィはある部屋の前に立った。
目の前には彫刻の意匠の緻密さが目を引く扉。扉の傍には衛兵がいて、オルガを見て敬礼した。そしてユフィを見て僅か頭を下げるような微かな動きを見せる。それに気づいたユフィもすぐにぺこりと頭を下げた。
「殿下。オルガ・ウルフェンハードならび、ユフィ・ウルフェンハード、参りました」
オルガが中へと呼びかければ中から扉が開かれ、侍従らしい男性の獣人が姿を見せた。男性は二人を招き入れてから中の人物に礼をし、部屋を去る。
オルガに手を取られて室内に入ったユフィは、俯き加減の中で部屋の中を見る。
王族の私室というよりも客間のようだ。心が落ち着くような静かで落ち着いた内装。今の時期は使わない暖炉、壁にかけられた自然風景が描かれた絵画や生けられた造花。やはりここにも自然のものがあるのだと思いながら、テーブルを見つけてソファに視線を向ける。
個人的な話をするときにでも用いる部屋なのか、ソファに座ったアルヴェスターは非常に砕けた様子でカップに口をつけていた。
「ま、座れ座れ」
「失礼します」
気さくに目の前のソファを勧められ、オルガとユフィは腰を落ち着ける。が、ユフィは目の前の王族とオルガの隣という状況にいつもどおりに浅めに腰掛けた。
それを認めつつもなにも言わず、アルヴェスターは自分の傍においた資料を手に取った。
「紅茶や菓子でも出すほうがいいんだろうけど朝食後だし、オルガはこのあと仕事だし」
「お気になさらず」
「って言ってくれるから本題」
王族を前にも緊張など一切感じさせないオルガもさすがだが、それよりも目の前のアルヴェスターに驚かされたユフィは思わず目を瞬かせた。
夜会の前に少し会った程度だが、あのときも砕けた調子だとは感じた。しかし今はそれ以上にも思える。
目の前のアルヴェスターは資料を見ながら「えー……」と言葉が続かず、非常に気さく、言い換えれば気力がない。一見すればとても王子とは思えない、そんな王子殿下。
薄茶の髪はどこか寝ぐせのように跳ねている。同じ色合いの瞳はノーティル国では平凡な色。その茶色の薄さは獅子種である母の血かもしれないと思わせる。
「ノーティル国との式典はまあ……面倒だけどお国事情って感じで、ユフィ殿は基本的に大々的な場面では停戦協定アピールで俺の傍に、会議のときは自由にしてていいから」
「は、はい」
「ま、とくになにもしなくていいから」
なんとも緊張感のない言葉が緊張感を抱かせない調子で出てくる。非常に調子が崩れそうだがユフィはなんとか頷いた。
もっと緊張感の漂う話し合いになるのかと思えば全く違う。その差に困惑するユフィの隣で、オルガもさして緊張なくアルヴェスターを見た。
「とはいえ、ユフィには少し頑張ってもらうわけですね?」
「そうなる。基本サポートはおまえがよろしく」
「分かっています」
やはり何かすることがあるのか……。そう思って少し身構えるユフィだったが、アルヴェスターが放った言葉に驚かされることになった。
「ユフィ殿には、オルガの妻であることは内密に、王宮で保護されてるって体を装ってほしい」
「……それはどういう?」
俯き加減のユフィが首を傾げたのが分かったアルヴェスターは、持っていた資料を数枚机の上に置いた。ユフィの視線もそれに向く。
書かれている文言はすべてノーティル国の文字だからこそ、ユフィにもその内容はすぐに読むことができた。
「これは我が国がノーティル国に送った文書の写しで、ユフィ殿は丁重に迎え入れたって書いてある」
「はい」
「つまるところ我が国は、ユフィ殿がオルガと結婚したってことはノーティル国には伝えてない。だからまあ、ノーティル国もユフィ殿がどういう扱いを受けているかは知らない。王宮で保護されてるっていうのが精々だろうと思うけど」
オリバンズ国に対するノーティル国内の評判はよくない。それに、魔法が使える人間が欲しいのだと思っていたからこそ、ユフィという魔法が使えない人間を送り込んだ。
ユフィが魔法を使えないということが知られているだろうことと踏まえても、まさか婚姻が結ばれているなどとは思わない。
「……わたしは、オリバンズ国へ入ってからずっと王宮で過ごしている、ことにするのですね? ですがその……これは他の参加者には?」
「すでに話は通してある。ノーティル国がどう見ているかは予想がついてるから、皆大喜びで賛成してくれた」
「……そう、なのですね。それなら」
「あとついでにいうと、オリバンズ国に入ってからずっと王宮で過ごしていて、魔法は使えない、って体で」
それに関してはユフィもすぐに頷いた。
オリバンズ国はすでにユフィが魔法を使えないことを知っている。それでも丁重に保護している……保護せざるを得ない、というノーティル国からすれは愉快な状況というわけだ。
(わたしが魔法が使えたなんてこともノーティル国の誰も知らないし、知ったらきっと……。ううん。知ってもどうせ変わらない)
嘲笑の目が変わるだけだ。その非難も自分に向けられるだけで済む。
もっとも、式典において魔法を使うなどないし、使い方だってまだよく解っていない状況だ。
「ノーティル国はどうせこちらがユフィ殿をどう遇そうと関心はないだろうから、こっちもそのつもりで利用させてもらうさ」
「……申し訳ありません」
「うん? なんで謝罪?」
こてんと首を傾げるアルヴェスターにユフィはなんと言っていいものか迷う。そんなユフィを見てオルガはふわりとユフィに尻尾を絡ませる。
「ユフィが謝ることはなにもない。あちらのそういう態度はこちらにとっては都合がいい。あれこれと詮索されてはユフィが魔法を使えたことを知られてしまうからな」
なんとか小さく頷いたユフィを見つめ、オルガは頭にそっと手を置いた。
まだこうされるのは慣れない。戸惑い視線を彷徨わせるユフィを微笑ましく見つめていると、「おーい、俺もいるんだけどー」と前から間延びした声が飛んできた。あわわっと姿勢を正すユフィにオルガは少し残念そうな顔をしつつも、目の前に視線を戻す。
「ってわけだから、今度の式典はオルガも参加するけど、あくまで王家がユフィ殿につけた護衛ってことでよろしく」
「護衛……。わ、分かりました」
「オルガも一応仕事ってことで。互いに呼び方とか気をつけるように」
そう言われてユフィもはっとする。
オルガがあくまで護衛であるとするならば、当然いつものような「若旦那様」なんて呼び方は不審だ。「旦那様」も同じ。そうなると必然的に限られてしまう。
そう思いつつ隣のオルガを見ると、オルガは口許に笑みを浮かべてユフィを見ていた。
「では、俺はユフィ殿と呼ぼう。ユフィも名前で呼ぶのが自然だな」
……そうなりますよね。
一応はオルガの妻とはいえ、その立場は不相応であるという自覚があるユフィにそれは難しい。自分は使用人以下の卑しい身なのだから。
そう思うからこそオルガの妻であるという意識は持てない。
(で、でも呼べないとおかしく思われてしまうし、それはオルガ様や殿下のご迷惑にもなってしまう……。護衛。そう、護衛として、オルガ様とお呼びすればいいの)
あくまで、国としての立ち位置を示すためのものだから。そのための鍵だから。
だから――……
「が、頑張ります……」
「名前呼ぶだけなのに?」




