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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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11/52

11,気長は王を見習え

 ♦*♦*




 オリバンズ国の王城はその敷地内に大きな泉を有するほどに広大だ。拓かれた草原の中に複数の建物があるほどの広さを有する。

 人間たちの国に引けを取らぬ荘厳な造りではあるが、威厳を優先し景観を損なうようなことはない。華美に飾ることもない王城は繊細な造形美を視界に与えつつも、落ち着きをもてる柔らかさもある。

 周囲は城壁に囲まれ警備の兵が常駐するが、城の空気に呑まれて警備が疎かになるようなことはない。


 城というと大部分は国を治めるために働く者たちが仕事をする部分を指すが、他にも国を守るために日々鍛錬をこなす騎士団、王族や貴族を守るための警備である近衛隊。王族の私的空間の場など、城内は色々と分かれている。


 そんな城の、とある人物の執務室。室内にある扉の傍でオルガは本日も仕事に勤しむ。

 室内に聞こえる音は、この部屋の主がペンを走らせると音と紙を捲る音。そしてある紙を手に取った部屋の主はそれに半眼を向け、大きくため息を吐いた。


「オルガ」


「はい」


 大きくない平淡な返事を返すオルガは、部屋の主――オリバンズ国国王を見る。

 赤みのある茶色の髪と薄茶の瞳。威風をまといつつも威圧感を与えない柔らかな目許が時に意地悪くなるのをオルガはよく知っている。そしてなにより、獣人たちをまとめあげる人間種の王に獣人らしい特徴はない。


 ノーティル国との停戦とユフィの輿入れを最終決定した国王は、その視線をオルガへ向けた。


「ユフィ殿は目が覚めたということだったな」


「はい。昨晩に。今朝も早くに起床し、とくに体調に変化は見られておりません」


「ならばいい。それでどうだ? 推測のほうは」


 国王の言葉に僅かに眉が動く。そんなオルガを見逃すことはなく国王は口端を上げた。


 扉を挟んで同じように国王を守る部下がちらりと視線を寄越すのを感じ、同時に「出たほうがいいですか?」と問うている視線にはゆっくりと首を横に振った。国王が求めていないことを己が求めてはいけない。

 僅かな間を開けつつも、オルガはすぐに答えた。


「間違いないでしょう。それに、魔法を使えたことに対する衝撃も大きいようです」


「彼女自身にとっても想定外、か……。今はどうしている?」


「推測どおりだと分かった時点で、しばらくの間はそれまでの暮らしと変わりないものを与えることにしました。屋敷の者たちに教わりながら、この国のことを学びつつ仕事に勤しんでいるかと。……彼女自身、まだ非常に戸惑いが大きいようです」


「なるほど。そうしたか」


 執務室に国王の笑う声が響く。隣の部下は二人の会話の邪魔をすることなく黙したまま。聞こえていても聞こえないふりをする、聞いておいて知らないふりをする。頭の片隅に情報を入れつつも決して他言はならない。それができなければ国王執務室の警備も、国王陛下付き護衛騎士も務まらない。

 やがて王は手に持っていた書類を机に置くと、少し意地悪く笑みを浮かべた。


「安心しろ。口を出すことはせん。新婚夫婦に口出しなど蹴られるだけだからな」


「……。魔法に関しては分かったことがあり次第ご報告いたします」


「ああ。――しかし、あまりゆっくりさせられぬやもしれん」


 口角は上がっているのに目は笑っていない。どこか、なにか、別のものを見ている。

 そう思わせる国王とその言葉にオルガも部下も背筋を正した。


「陛下」


「そう固まるな。ただの勘だ」


 その勘が、全身の毛を粟立てるのだ。

 ただの勘がただの勘ではないということは、オリバンズ国の誰もが知っている。


 王が持つ直感と危機察知は、竜神が与えた最大の加護。獣たちの王であり神である竜神が唯一、人間に与えた力。

 今なおその力をしかと受け継ぎ、国ために在るのがオリバンズ国の王族たち。


 神の力であっても万能ではない。国王もそれが解っているからこそ、不用意な不安は与えない。

 力に翻弄されてはいけない。翻弄してはいけない。力の意味を理解しなければいけない。


「オルガ。私は気長だ。故にユフィ殿も焦らせる必要はない。己自身に一番戸惑っている彼女にはしばし平穏が必要だ。しかと頼む」


「もちろんです」






 仕事を終えたオルガはそのまますぐに帰宅する。

 仕事柄、馬車よりも馬を使うことに慣れているオルガは出勤にもその手を用いる。いざというときに動きやすい利点もあってなるべく馬を使うようにしているのだが、速く帰宅できるという利点まで発見してしまった。


 馬を走らせ屋敷の門を抜ける。屋敷の前で迎えた熊の獣人の馬丁に馬を預け、すぐに屋敷へと入る。

 出迎えた執事のダリオスはいつもより少し早いオルガの帰宅に頬を緩めた。


「おかえりなさいませ。若旦那様」


「ただいま。ユフィはどうしている?」


「はい。今は厨房に」


「ダリオス。書庫から持ってきてほしい本がある」


「承知いたしました」


 ダリオスに持っていた荷物を渡し、ついでに用件を頼んだオルガはそのまま厨房に向かう。普段は厨房がある方には用件がない限り足はあまり向かない。使用人たちも多く動きまわる場所をオルガが進めば、使用人たちは僅か驚いた顔をしつつも壁際に下がって頭を下げる。

 その中を進み、オルガは厨房を覗いた。


「レティ、トルソ、ビツェ……聞いたことのない名前です。これらは生で食べるのですか?」


「はい。サラダにすることが多いですが、火を通しても美味しいですよ。今夜はサラダにしますが、後日火を通して提供させていただきます。若奥様はどういったお料理がお好きですか?」


「好き嫌いは……ないと、思います」


「若奥様細いですからね。もっといっぱい食べてくださいね!」


「そうですよ!」


 料理長を始めとする料理人たち、それにメイドたち、集まっての会話は楽し気だ。笑みを浮かべるメイドたちに囲まれているユフィはどこかおろおろとしているが、その顔に不快は見えない。

 問われても答えられない。答えていいのかという迷い。見て取れるユフィの様子をオルガは見つめた。


 まだまだ戸惑っている。分かっていたことだ。けれどユフィは獣人のメイドや料理人たちとも自然と接することができる。それが見えてオルガもほっと安心できた。


(ユフィは人間種も獣人種も同様に接することができる。皆の表情も悪くない。これなら、ユフィも少しずつ屋敷に慣れることができるだろう)


 虎の獣人メイドの耳がぴくりと動き、後ろを振り返った。


「わわっ…! 若旦那様!」


「若様。おかえりなさいませ」


 獣人は人間種よりも感覚が鋭い。当然、些細な音を聞き逃すことはなく、近づいてくる者の足音ですぐに気づくのが常。

 が、その反応が遅い。よほどに会話に夢中になっていたようだと感じ、オルガも厨房に足を踏み入れた。


 オルガの動きに、すぐにメイドたちがユフィへと道を開けた。

 道を開けられそわそわするユフィ。朝のように端に下がろうとしてやんわりとエラゼにオルガの前に立つように促される。


 どうすればいいのだろうとおろおろとする姿を見つめていると、いつものように俯いて、深々と頭が下げられた。


「おかえりなさいませ。若旦那様」


 しゅんと尻尾の動きが弱まるのが自分でも分かった。

 意図的に動かすこともできる尻尾だが、多くは感情に左右されるもの。それすら制御できるのがオルガであるが、そういかないこともある。


(俺が急いても仕方がない。気長に待とう)


 そういった点は国王を見習うべきだろう。そうしようと自分に言い聞かせる。


「ただいま、ユフィ。頭を上げてくれ」


 そう言われてやっとユフィは頭を上げる。俯き加減の視線で見えるオルガの足元。それを見てからユフィは少しだけ視線を上げた。


 オルガの服装は朝出ていったときのもの。つまりは仕事の服装だ。

 たった今帰宅したのだろうと分かるが、なぜ厨房に来たのかと内心で首を捻り、はっとした。


「お茶のご用意ですね。すぐに準備を……」


「いや。……いや。ユフィが淹れてくれるなら、一杯もらおう」


「はい。ただいま」


 すぐにユフィが動き出す。さながら使用人の動きにあらあらとメイドたちも眉を下げつつも、ユフィを手伝うために動きだした。

 それを見つめつつ邪魔にならないよう下がったオルガのもとへ、エラゼが近づいた。


「おかえりなさいませ、若旦那様」


「ただいま。今日、ユフィはなにをした?」


「はい。洗濯と掃除、調理の様子を見学なされておりました。家事は手際もよく皆も驚くほどで……」


 エラゼの瞼が僅か震える。それを見逃すことなくオルガは茶の用意をするユフィへ視線を向けた。


 手慣れたものなのだろう。貴族令嬢なら慣れているとは考えづらい洗濯も掃除も、茶を淹れることも。

 小さくて細いユフィを見つめて、胸がしめつけられる。


(まだ、まだいい……。仕事をさせても強制はさせない。やりたくないことはさせない。ユフィをあんなふうに這いつくばらせるようなことは絶対にさせない)


 怒りが湧く。ユフィはそのままでいい。小さな身体に背負わせるものはかぎりなく少なくさせる。

 そして自分が、必ず傍にいる。


(諦めさせたくない。ユフィがくれた言葉は、俺の心を救ってくれたから)


 当たり前。できて当然。

 そう思われていたことを自分もそう思っていた。けれどユフィは「すごいこと」だと言ってくれた。今更にその言葉が胸に沁みわたるほどに純粋に。心からのものだと分かるほどに。


 ぬくもりを抱いているとユフィはトレイを手にやってくる。その姿を見つめて自然と頬が緩む。


「ご用意できました」


「ありがとう」


 カップから漂うのは獣人の嗅覚を刺激しない柔らかな香り。人間種にとっては物足りないだろうそれでも、獣人種にとっては充分なもの。

 口に含めば慣れた味が舌に感じられる。けれどどこか、いつもより美味に感じるのは淹れてくれた人のおかげだろうか。


「とても美味しい。ユフィは茶を淹れるのが上手いな」


「そのようなことは……。皆さまに教わりました。茶葉も初めて見るものだったので……」


「人間種が飲むものと獣人種が飲むものでは異なるからな。――ユフィ。ありがとう」


 なぜ、そうもお礼を言ってくれるのだろう。これくらいは当然で、これまで礼を言われたことなんてなかったのに。

 オルガの眼差しは優しくて、知らないものだからちゃんと見ることができない。


(でも、嬉しい…)


 胸がじわりとぬくもりをもった気がした。






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