十六幕・十月の十六日 そのご
「…くそっ…っ!」
「……。」
苛立たしげにパソコンを閉じる情報担当と、無言になる俺。
今回の仕事は失敗…と言ってもいいだろう。
ターゲットの殺害という目的は達成されたが、仕事を横取りされたことに変わりは無い。
ウチを裏切ろうとした奴の始末を、他の組織にされるというのは立派な汚点だ。
敵に背を向けて撤退したり、いつの間にか傍受されていたらしい通信を放棄しなければならなかったり、散々だ。
他の組織からではなく身内からの依頼という事だけは救いだが、アイツに依頼失敗を報告するのは気が重い。
うざったく嫌味を言われないことを祈るしかないか。
二人して足取り重く歩いていると、正面から歩いてくるウチで一番絡まれたくない奴。
くすんだ金の髪を後ろで一つにまとめた糸目の男。
「…おや。」
どうやら向こうもこちらに気付いたらしい。
しかもあの顔は絡んでくる気満々だ。
絡まれたくない時に限ってわざわざ絡んでくるのがこの男。
…人の嫌がっている気配を敏感に察知してくる。
質が悪い。
パッと見人のよさそうな笑顔を顔に張り付け、こちらに声をかけてくる。
「帰ってきたのですか。『猫』が待ち侘びていましたよ。」
その顔からは何を考えているのか読めない。
だが、俺達の弱みを探って楽しんでいるであろうことは確かだ。
「どうしたのです、その顔は?イラついているようですねぇ?まさかとは思いますが、失敗して帰って来たのですか?」
答えない俺ではなく単純な方を揺さぶることに決めたらしい。
俺の後ろに向かってそう言う。
まだガキのコイツは、その言葉にすぐ怒りを顔に表す。
これでは肯定しているも同じことだ。
探り方が的確すぎて本当に嫌になる。
だから苦手なんだ。
そして、そこにさらに加わる奴。
「へぇ、今の話本当か?」
聞こえる声は目の前のムカつく奴の後ろから。
いつも目元を隠すほどの長さの青碧の髪は、今はかきあげられていて、紫の瞳が俺達を見据えている。
俺達がこれから報告に向かおうとした相手。
あぁ、完全にスイッチが入っている。
……面倒だ。
「失敗した?俺の依頼を?屠殺者ともあろうものが?」
そう馬鹿にするような口調と声で言いながら、靴音を響かせてこちらに近づいて来る。
「それとも、サポートが問題だったのか?」
「あぁ、そうですねぇ。やはり未熟な息子でなく親の方に任せるべきだったのではありませんか?全く仕方がありませんねぇ?まだ親に甘えているのでしょう?父親に尻拭いでもしてもらいますか?」
いつの間にか矛先は俺から逸れて、後ろで耐えるように唇を噛む子供に移っている。
…いい加減に報告すべきだろう。
俺は口を開く。
「…ターゲットは死んでいる。ただ、横取りされただけだ。」
「へぇー。」
「おやおや。」
俺の言葉で、こちらに目を向けそれぞれ声を漏らす二人。
そして、鬼だの悪魔だのと言われる笑顔で
「……で?」
「勿論殺したんでしょうね。その邪魔者は。」
そう、当たり前のことのように言った。
あぁ、本当に嫌な奴らだ。
俺達の表情から分かっているだろうに。
「……殺せてない。」
「何故?」
「あのままやり合えば長引くと判断した。だから騒ぎを起こすよりはと撤退した。」
俺がそう答えると、ふっと一瞬、張り付けられた笑顔が興味の表情に変わる。
「…ほう。貴方がそう言うほどの相手ですか。」
そしてゆったりと、滅多に開かない糸目を薄く開く。
俺より紅いその瞳。
相変わらず浮かべる表情は笑み。
「…流石にその相手がどこのどいつかくらいは分かってんだろ?」
こちらは逆に、不敵に細められる紫の瞳。
二つの視線を受けながら、俺はその名を口にする。
「…切り裂きジャック。」
空気がぴしりと固まった。
しばしの沈黙の後、ため息と共に吐き出すように二つの口から言葉が発せられる。
「…なるほどな。荷が重いわけだ。」
「そして、向こうの情報担当は…と。本当にあそこは気まぐれで困りますねぇ。」
そう言った二人からは、先ほどまでの俺達を責めるような雰囲気はない。
もうこちらに大した興味もなさそうだ。
ずっと詰めていた息を、気付かれないように静かに吐く。
すると、ククッとどこからか小さな笑い声が漏れる。
そちらを見やると紫がかった蒼髪の男。
黒色の白衣を身に纏い、無造作に伸びたくせ毛は一つにまとめ、長い前髪が口元以外を覆い隠している。
いつから見ていたのか。
コイツも相当性格の悪い男だ。
文句の一つでも言ってやりたいが、コイツはスペイン語しか扱えない。
逆に俺は英語しか扱えないが。
通じない文句を言っても意味がない。
俺は不機嫌さを隠さず舌打ちをする。
揃いも揃って暇なのかこいつらは。
そう、心の中で罵ったその時、通りがかる青の髪。
ゆったり歩きながらも、その手はずっと携帯を操り続けている。
あぁ、そういえばまだ居たな。
いけ好かない奴が。
その姿に気が付いたのは勿論、俺だけでなく
「おや、『骗子』。そういえばいつだったか、貴方も大罪に仕事を邪魔されたのではありませんでしたか?」
そう、絡みに行くのは分かっていたことで。
そして、
「興味ないよ。」
と、そいつが表情一つ変えず返すことも、分かりきっていたことだ。
アイツはこいつらとは別の意味で嫌な奴だ。
何を言ってもやっても、返ってくるのは空っぽの器に反響したような答えだけ。
仕事中のアイツとの差に寒気すら覚える。
「全く、可愛くありませんねぇ。」
紅の眼が、去って行く青を楽しげに見送る。
本当にこの同僚共の思考は理解できない。
俺はその場からさっさと踵を返す。
仕事の報告は終えた。
もうこの場にいる意味はないだろう。
俺の後に続いて、灰髪の子供もその場から逃げるように早足で歩みを進める。
コイツと、コイツの父親はまだマシな方なんだけどな。
俺は静かにため息をついた。




