十七幕・十月の十七日
100話到達!記念話とかは面倒なのでやりませんー。
けど、ちょっとだけいつもより長めです。
ぷうっとふて腐れながら、グラスの中に注がれた赤い血を飲み干す。
それを見て、マスターは何かあったと分かったんだろう。
困ったように笑いながら二杯目を注いでくれる。
少し白の混じった黒髪はオールバックにされていて、優しげな瞳の色も黒。
シャツに黒ベストのシンプルスタイル。
黒のスクエアフレームの眼鏡がいい感じの色気を出してる。
今日もマスターはナイスミドルだ。
確実に若いころモテたに違いないのだ。
きっと今でも十分モテるよ、マスターなら。
プラたんとは違う大人の色気と包容力ってのがあるんだよ。
別に良いと思うのに、あんな怒んなくてもさぁ。
という事で、僕は昨日から絶賛家出中だ。
別に僕は怒ってるわけでも、悲しんでるわけでも、拗ねてるわけでもないけどさ。
裏の施設とかを活用したら結構まともな家出ができるもんだよ。
まぁ、プラたんの情報力から逃げられるとは思わないけど。
別に逃げるつもりないし、冷静になったプラたんが探しに来てくれたならすぐ帰る。
それまでは、ほとぼりが醒めるまで家出しておこうと思うわけです。
目の前に置かれたお皿。
置かれてるのはステーキ!
付け合わせに髪の毛を揚げたやつがついてる。
僕が食べられないものは一切無い。
さっすがマスター分かってるぅ!!
ステーキを頬張る。
んまー!
「やっぱりマスターのご飯は美味しい!」
そう感想を言うと、マスターは優しく笑いながら
「ありがとうございます。」
と言って僕を見て、苦笑しながらトントンっと口の端を指さす。
え?
付いてる?
どこどこ?
僕は口元を拭う。
それでも取れていなかったらしく、マスターがナプキンを差し出してくれる。
むー…。
そんなやり取りをしていると、突然席の方から
「…ハッ…ガキがこんなとこ来てんじゃねぇよ。」
と、男の人の声。
びっくり。
この店の客に絡むなんて、馬鹿な人もいたもんだね。
けど、僕は心が広いから何にも聞こえなかったことにしてあげるよ!
グラスの赤をもう一度飲み干して、マスターにお願い。
「マスター、もう一杯頂戴?」
お酒じゃないからペースとか関係ないのだ。
マスターも完璧なポーカーフェイスで、笑みを浮かべながら、グラスに赤を注いでくれる。
なのに、
「トマトジュースか?お子様が粋がんなよ。」
またも聞こえるような声で言われる。
んー……。
「ねーマスター?今ここ居るのって常連さん?」
僕は尋ねる。
勿論、この『常連』は、ただよく来る人という事じゃなくって裏の人達なのかってこと。
マスターは答える。
「そうですね。本日は新規の方はいらっしゃいません。」
そして、人差し指を口元に当てて小さな声で
「裏メニューのことをご存じでない方は一部、いらっしゃいますが。」
と、僕だけに聞こえるように言って悪戯っぽくウインクする。
うっわー…色気抜群だよー…。
そこらの女の人なら一発で落ちるよー…。
…僕?
僕は何というか、マスターはお父さんとかおじいちゃんみたいな感じだと思ってるからさ。
えっと、つまりマスターが言いたいのは、今絡んできてる人はその裏メニューのこと知らない人ってことだよね。
見たところ一人。
そこそこ若い。
止める人も諫める人もいないって感じかぁ。
周りの人達は我関せずって態度。
けど、落ち着きっぷりからして、確かに裏の人達なのかもね。
そういう事ならやりやすい。
一般人居るといろいろ考えないとさ。
まぁ、強面のお兄さんたちが通うここに、そう一般の人が来ることは無いんだけど。
あ、でもその時のお店の場所にもよるかなぁ。
今は裏路地だから、特に普通の人は来にくいだろうなー。
でも、人のよく来るようなところにあると一般の人も結構来るから、気をつけなきゃいけない。
マスターの腕は凄いらしいからね!
やっぱりマスターは最高だよ!!
僕はステーキを切ってもう一口食べる。
…ん?
何か忘れてるような…?
「おい、そこのお前だよ。茶髪のガキ!無視してんじゃねぇ!」
おぉ!
そうだった!
あのお兄さんが五月蠅くて、他のお客さんにもマスターにも迷惑だから、何とかしようと思ったんだっけ。
んーと…どうすればいいかなぁ。
裏の人達ばっかりとはいっても、こんなとこでナイフとか出すのはあんまり良くないよねぇ。
…あっ!
良いこと思いついた!!
僕はしびれを切らして、足取り荒く近づいて来るお兄さんを見やって。
足を持ち上げて一瞬体育座りの体制になってから、椅子を踏み台に跳びあがる。
そのままお兄さんの後ろから頭を足で挟み込んで、肩車してるみたいな恰好。
すごいね!
勢いよく跳びつかれたのに倒れないなんて、体しっかりしてるなぁ。
まぁ、別に倒そうとしてやったんじゃないから、問題ないけど。
その体制のまま、手に持ったテーブルナイフをお兄さんの首に突き付ける。
そして、もう片方の手に持っていたフォークはぐんっと振り上げ、いつでも突き刺せるように構えた。
ヒュッ…っとお兄さんが息を飲む。
お客さんの何人かが僕に対して警戒をあらわにしている。
んー…全くもう…。
あんまりこういう目立ったことするとプラたんが五月蠅いから、ちゃんと無視しようとしたのにさぁ。
僕は内心ため息をつきながら、お兄さんにお話しをする。
「あのさぁお兄さん。他のお客さんとか、マスターに迷惑だからさ。あんまり騒ぐなら食べちゃうよ?」
「…なっ…!?」
「このまま、このナイフとフォークで、そのお皿の上に乗ってる人みたいにさ。」
僕の言葉にお兄さんは顔を青くする。
そんなお兄さんに、にへーっと笑いかけて、
「どうしたの、お兄さん?顔色悪いよ?飲み過ぎた?気持ち悪い?もう今日は帰った方が良いんじゃないかな?」
…って言ったら、すごい勢いで首を縦に振って
「あ…あぁ!分かった!分かったからっ!!」
って、言ってくれたから、僕はお兄さんの肩からとんっと降りる。
お兄さんはその途端、引きつった声を上げながら弾かれたように走り出して、バタバタとお店を出ていく。
それを見送って、僕は椅子に戻る。
そして、少し冷めてしまったステーキを一切れ口に入れる。
「……あぁっ!」
そこで大事なことに気が付く。
「お金っ!!」
マスターの店は後払いだ!
あちゃー…食い逃げの手助けしちゃった…。
僕が頭を抱えていると、マスターはくすくす笑って
「大丈夫ですよ。彼の同僚の方に頼んで伝えていただきますから。」
と、言ってくれたけど、これは僕が悪いからなぁ。
ちょっと考えて、僕は答える。
「ううん、僕が出しとく。マスターのお店で物騒なことしちゃったし。あと、あのお兄さんがまた来てお金出すって言ったら、その勇気に免じて僕が驕っとくって言っといてよ。」
これだけ騒ぎになって、脅してきた僕と鉢合わせるかもしれないのに、またここに来るのは結構勇気要ると思うんだ。
来たんだったらそう言っといてもらえば良いし、来なかったらマスターはお金徴収できないから、迷惑料って事で僕が出しとけばそれで丸く収まると思う。
別にお金に困っては無いもんね。
マスターは、僕の言葉に
「分かりました。ではそのようにしておきますね。」
と言って、良く出来ました、とばかりに僕の頭をふわっと撫でる。
むぅ……。
「マスター…。僕子供じゃないんだよ?」
僕がふて腐れながらそう言うと、
「おや、これは申し訳ありませんでした。」
と、そう答えつつもマスターの顔はいつもの柔らかい笑顔のまま。
あーもー…なーんか勝てないなぁ。
その笑顔につられるように、僕も拗ねてたのを忘れてへらっと笑い返す。
ほんと、マスターはかっこいい大人だね。




