十幕・とある切り裂き模倣犯の殺人日記 そのに
放たれた言葉に頭が混乱している。
俺の中で、凶暴な感情が目の前のこの子供を殺せと叫んでいる。
俺が簡単に人を殺せる人間だとバレた。
それにコイツは颯太を殺したと今言ったじゃないか。
殺せ。
殺せ!
今すぐに!!
けど、俺の理性がそれを押しとどめる。
有り得ない。
こんな子供が、颯太を殺した?
切り裂きジャックを殺した?
冗談に決まってる。
そうだ。
きっと、俺が逆上して襲い掛かってくるのを待っているんだ。
まさか一人で来るわけない。
仲間が隠れてるんだ。
あのジャックって少年辺りが、きっとどこかに。
僕から言質をとろうとしてるに違いない。
そうだよ。
証拠なんてないんだから。
僕は日記なんて残さないし、使った道具も服もそのたび処分している。
証拠は残っていない。
…残っていないはずだ。
だから、僕はここではとぼけるべきだ。
凶暴に騒ぐ声を殺して、僕は精一杯頑張って笑顔を作る。
そして、努めて落ち着いた声でかばねに声を投げかける。
「……何わけわからないこと言ってんだよ?さっきのは護身だって。こっそり忍び寄って来られたからさ。思ったより相手が小さかったからナイフの位置が首になっちゃっただけ。しかも俺が切り裂きジャックだなんて。探偵ごっこのしすぎで考えが飛躍しすぎてるんじゃねぇの。そんな、証拠もなくさ。」
我ながら完璧だと思った。
こうやってとぼければ、証拠がないならなんとか誤魔化せる。
何か証拠を掴まれてるなら…。
やっぱり殺してしまえば良い。
仲間もろとも。
そう、考えていた僕の思考を吹き飛ばすように、かばねは言った。
「んー…言い訳とかいいよ、お兄さん。お兄さんが僕を殺す気だったのが僕にはわかってるし、そもそも警察とかじゃないんだからさぁ。証拠不十分、なんて無いんだよ。証拠なんて無くたって、僕の中では結論が出てるんだから。」
有り得ないほど理不尽で独善的な理論。
「切り裂き魔のお姉さんは僕が殺したから、犯人はここ最近の二件しか殺してないのも分かってる。お兄さんの動機も、お友達を殺した奴を釣り上げる為ってさっきので分かった。真似が上手かったのも、僕の持ってた資料見せたからだよね。」
根拠もないくせに、的確に真実を暴いていく。
そんなかばねをぼんやり見ながら、僕は自分の甘い考えを否定する。
颯太を殺したのはかばねだ。
コイツの言葉に、嘘が見えなさすぎる。
そして、何より僕が人殺しだと分かっていると言うくせに、かばねの態度には何一つ気負いがない。
それは、慣れているから?
自分もそうだから?
俺なんて取るに足らないから?
つまり目の前のこの子供は何なんだ?
「…何…で、アイツを…。」
俺は掠れた声で問いかける。
「切り裂き魔のお姉さんを殺すところを見られたからだよ。」
かばねは答える。
「……どう…して…。」
「お姉さんを殺したのはそういう依頼があったからだよ。」
「なら何故、今俺を追ってる?」
「………。」
かばねはここで初めて口をつぐみ、さぁ何故でしょうとでも言いたげに、笑みを浮かべ肩をすくめた。
そして少しの沈黙の後、俺に問いかける。
「…ねぇ、お兄さん。僕を殺したい?」
その言葉に俺の中のドロドロとした感情が、当たり前だ!と叫んで暴れる力を強める。
でも、もう一人の冷静な僕は疑惑を強める。
この状況でそんなことを言うなんて、煽っているとしか思えない。
理性を飛ばさせたい?
俺から手を出させたい?
そんな俺の考えなど、どうでもよさげに、かばねは一人、語りを続ける。
「復讐が駄目なんて、僕は言うつもりはないよ。とても言える立場じゃないし?」
何が言いたいんだ。
「けどさ、お兄さんの憤怒は復讐を果たしたら消えちゃう程度だ。憤怒が消えてしまえば、今やってることはお兄さんを殺すよ。」
は?
説教でもするつもりなのか?
だからやめろとでも言いたいのか?
この期に及んで?
一瞬でもそんな事を考えた俺は馬鹿だった。
さっきからの短い間で思い知っただろう?
コイツの、俺の想像の遥か斜め上を突き抜けていく言動を。
「ね、お兄さん。僕と一緒に来ない?憤怒を飼い慣らせば、お兄さんは壊れないよ。それに、今のお兄さんは弱いから僕を殺せないけど、僕の仲間とかにいろいろ教わったら殺せるようになるかもしれないよ?僕を殺せるようになるまで、近くでずっと狙っていられる。どう?」
流石に絶句した。
一緒に来い…?
いろいろ教える?
自分の命を狙うだろう相手に対して?
かばねは俺に向かって無防備に手を差し出す。
俺は戸惑う。
コイツの真意が分からない。
いや、それも先ほどからのやり取りで痛いほど痛感しただろう?
コイツは、嘘を吐いていない。
最初から、何一つ。
だからこんなにも…
イライラするんだ。
「~~ふざけんなっ!!!」
俺は叫ぶ。
頭が沸騰する。
思考に靄がかかる。
濃赤の瞳が静かに俺を見つめている。
今はその静けさにすら、怒りを感じて。
怒りに突き動かされるように握り込んだナイフを振りかぶり、地を蹴る。
自分でも信じられないほどの速さで肉薄し、目の前の子供を殺すために刃物を振り下ろす。
真っ赤に染まった視界の中で、かばねは全く動こうとしない。
そしてナイフがその体に触れる直前、その唇が小さく、静かに言葉を紡いだ。
「……ジャック。」
その瞬間、鋭い痛みと共に体と思考が乖離する。
意思に反して体からは力が抜け、刃物はかばねに届くことなく手から滑り落ちる。
ぐらり、歪んでいく視界の端で、金の髪と海色の瞳の少年が、血濡れたナイフを握っていた。




