十四幕・九月の二十九日 そのに
乾いた銃声。
ゆっくりと倒れていく体。
怒号をあげながら、撃った犯人を追う奴ら。
ボスが撃たれたその現場で、俺は動くこともできず固まっていた。
どうすればいい?
俺に何ができる?
俺は目の前が真っ白になりそうだった。
腹を押さえながら血まみれで倒れているボスに真っ先に駆け寄った兄貴が、呆然としている俺に向かって声を張り上げる。
「医者探せ!この近くで腕のいい、裏の…ぜってぇ敵対組織の息かかってねぇとこだ!急げ!!」
言われて俺ははっと我に返って部下に指示を出す。
「…っ行け!探せっ!残りの奴はボスを運ぶ準備しろ!!ぜってぇ揺らすなよ!」
「は…はい!」
俺は焦る気持ちを何とか抑え込みながら、医者の情報を集める。
焦れる。
まだか。
早く。
「見つけました!」
情報担当の部下の一人から声が上がる。
「どこだ!?」
「△●通りの裏路地です!」
部下が答えるのとほぼ同時に、兄貴から
「先に行って交渉してこい!」
と声がかけられる。
俺は数人の部下を連れて走る。
着いたのは看板もない、小ぢんまりとした診療所のような建物。
扉を蹴破るように性急に開ける。
「誰かいるか!!」
俺が叫ぶと、キィっと軋むような音と共に椅子に座っていた白衣の男がこちらに視線を向ける。
不敵な笑みを浮かべた男だ。
侮れないような雰囲気をまとっている。
信用できねぇ。
こんな野郎にボスを任せられんのか?
俺はなめた真似をされないようにと、多少高圧的に言う。
「うちのボスが撃たれた。治療しろ。敵対組織の奴らやサツに連絡なんかすんじゃねぇぞ。詮索もするな。もうすぐ部下が運んでくる。黙ってさっさとやれ。ちゃんと治療しねぇとどうなるかわかってんだろうな、あ?」
その脅しを聞いて、男は少しその赤い目を見開くと…
ふっと馬鹿にしたように鼻で笑った。
「て…めぇ…っ!」
俺は銃を出そうと懐に手を入れ…
膝裏に予期せぬ衝撃。
体制は崩れ、俺は床に膝をつく。
同時に首にヒヤリとした感触と、背中から聞こえる幼い声。
「はぁい、駄目だよぉ?診療所ではお静かに、って教わらなかった?焦ってるのはわかるけど、銃はいけないなぁ。」
…子供!?
いつの間に後ろに…。
…っそれより、この首元の感触は…。
冷たい汗が流れた。
後ろに控えてた部下が慌てる気配がするが、俺の首にナイフが押し当てられてるこの状況じゃあいつらも俺も下手に動けねぇ。
さらりと長い黒髪が俺の肩ごしに見える。
少女は続ける。
「ゆっくり銃だして僕に渡してー。手は上にあげてー。部下の人たちは地面に置いてねー。」
緊張感のない口調だが、抵抗しようとすれば即座にこのナイフが俺の命を刈り取るだろうことはわかった。
俺は、ゆっくり指示通りに少女に銃を渡す。
後ろの奴らも地面に武器を置いたらしく、ごとりと重い音が聞こえた。
それを確認したのか少女はうん、と一言言ってくるりと回りこみ俺の目の前に立つ。
渡した銃を俺の額に突き付けながら。
「これでちゃんと面と向かってお話しできるねお兄さん?」
そう言って少女は笑った。
そして、
「あとね、お兄さん。おとーさんは中国語わかんないから、日本語でしゃべるか僕が翻訳しなきゃ伝わんないよ?」
と続けて言った。
「…は…っ?」
俺と部下たちは思わず声を上げる。
少女が男を父親だといったのもそうだが、言ったことが伝わっていないと?
確かに動転していて、つい中国語を使っていたが…。
今さっきこの男は俺の脅しを鼻で笑っただろう?
呆然とする俺たちに、少女は
「まぁ、ニュアンスで脅されてるってのはわかったと思うけどねぇ。ここの評判聞いてないの?おとーさんを挑発するようなことしちゃ駄目だよ?人をいじめるの大好きなんだから。治療薬じゃなくて毒薬盛られるよ?命知らずだなぁ。」
と、呆れたようにやれやれと首を振りながら言う。
すると今まで黙っていた男の方が
『かばね、その五月蠅い礼儀知らずとの話は終わりましたか?』
などと、日本語で毒を吐く。
成程、見た目通りいけ好かない男のようだ。
対して少女は
『もー…仮にもお客さん!この人たちトップが撃たれちゃったんだし、慌てちゃうのは仕方ないよぉ。』
と、へらっと笑いながら言う。
呑気なものだ。
だというのに、目は俺から逸らさない。
ピリピリと肌に突き刺さるような警戒の視線。
失念していた。
この裏の世界では、見た目に惑わされてはいけない。
非力そうなこの少女も、軟弱そうなこの医者も、裏の人間だということに変わりは無いのだ。
俺の態度一つでボスが助からなくなるかもしれない。
それどころか、今ここにいる俺たちの命も危なくなるかもしれない。
改めてそれを認識して、俺は軽率な行いを猛省した。
俺は、ゆっくり目の前の少女と男に深く頭を下げた。
『先ほどは失礼した。頼む…ボスの治療をしてくれ。この通りだ。』
日本語できちんと、丁寧にそう言って。
部下のほうから慌てるような声が聞こえてきたが、かまわない。
俺のプライドだの、組のメンツだのを気にしてられない相手と状況だ。
そうして少しそっと目線を上げて窺うと、後ろの男はうさんくさい笑みを浮かべながら、まあいいでしょう、なんて呟いた。
そして俺の視線に気づいたらしい少女は、その濃赤の瞳を細めてにぱーっと笑った。
ともかくこの場は何とかなったらしい。
俺は息をつく。
後から来る兄貴たちにもちゃんと言っとかねぇとな。
その時の医者の男が、裏でも悪名名高い『大罪』の薬使いだと知るのはもう少し後の話だった。
と、同時にその薬使いに子供がいたという事に場が騒然とした。




