六幕・九月の二十日 そのなな
彼女は店の常連客。
または得意の仕入れ先。
そして、それ以上に特別な存在でもある。
子供や孫がいればこんな風なのかと思うような、今も昔も可愛らしい彼女。
人肉料理は大抵ゲテモノのような扱いをされる。
ある人は興味本位で。
ある人は罰ゲームのような扱いで。
ある人は『腕は良いのだから、こんなことをしていないでうちに雇われないか』と言う。
それでも私はこれをやめるつもりはない。
彼女が初めてここに来たのは十年ほど前だっただろうか。
常連だった橙髪の男性客。
名前はいつも教えてもらえず、ただいつも一人で現れてはひたすら静かに飲んで帰っていくような客だった。
その客が、小学生くらいの子供を連れてやって来た時には驚いた。
子供でもできたのかと思ったが、あまり似ていない。
むすっと不機嫌な顔をしている子供と一緒に、カウンター席に座ってきたその客は
「俺はウィスキーをロックで。こいつには裏メニューの食事をくれてやってくれ。」
そう、注文する。
それを聞いた子供は大きな瞳をさらに真ん丸にして
「はぁ!?ちょっとぐーたん何言ってるの!?」
…と、驚きの声を上げる。
あぁ、またか。
私は思った。
そういう反応をするという事は、この子供は知っているのだろう。
いきなりこういう注文をされ、こんな反応をされることはよくある。
だから私もいつものように畏まりました、と一言返してまず酒を作り客に出す。
そして料理を作りに厨房に入る。
子供が大騒ぎして連れの男に食ってかかっているが気にはしない。
こういうことを始めた時から分かっていたことだ。
多くの客は勧められて、或いは興味で恐るおそる料理を口に入れる。
そして、『まぁ、思っていたよりまずくはないか。』大抵そういった顔をして、ほとんどそれで終わりだ。
稀に、もの好きの客が料理を気に入って常連になることはある。
だがそういう客は大体しばらくすると、人肉料理などやっていないでうちで働かないか、などと言ってくるようになるのだ。
料理を作り厨房からカウンターに出る。
今日のものはシンプルにソテーだ。
子供と男はまだ争っていて、頬を引っ張られておかしな顔になっている橙髪の男に少し吹き出しそうになった。
「お待たせいたしました。裏メニューの料理です。」
私が料理を置くと、男は子供の手を振り払い叫ぶように言う。
「~~ほれお前の分だ!さっさと食えっ!!」
「やだよっ!お店の人に迷惑でしょ!!」
子供はよくわからない返しをする。
橙髪の男はソテーをさっとナイフで切り子供の口元に持っていく。
「いいから騙されたと思って食ってみろ!」
「むーりーーっ!…ってあっつぅ!?唇に当てないで!熱いってばぁ!!」
騙されたと思って……?
この客は裏メニューを食べたことは無かったような…。
子供はそれでもかたくなに食べようとはしない。
ここまで拒否されると少々思うところがあるが…。
…しばらくの攻防の後、子供は静かに
「………これは実験…?」
そう、男に尋ねた。
男は少々の沈黙の後、
「…そうだ。」
と答える。
すると子供は不承不承口を開け、男が持つフォークからソテーを食べた。
口に入れ、咀嚼し………するうちに目を丸くして………飲み込んだ。
「……吐かない……。」
子供はそうポツリとつぶやいたかと思うと、いきなりカウンターにバァンッと手をつくと
「マスター!僕マスターの弟子になる!!」
…と、キラキラした目で私に言ってきた。
隣にいた男はそんな子供の発言に驚いたのか、一瞬体をのけぞらせ…。
……すぐにその頭を思いっきりはたいた。
私が彼女の事情を聞いたのはしばらく後、彼女が落ち着いてからだった。
「なんかマスター楽しそう。いいことでもあったの?」
目の前の彼女が私に尋ねる。
表情に出したつもりはなかったのですが…。
昔から、彼女にポーカーフェイスは効きませんね。
「貴女と初めてお会いした時のことを、思い出していただけですよ。」
私は正直にそう答える。
彼女は
「あー…あの時かぁ…。…っていうか、思い出し笑いとかひどいよマスター?僕結構本気だったし、本気だよ?お仕事がなければマスターの弟子になりたいー。」
そう言ってカウンターの上にべたぁっと上体を倒す。
これもまた昔から…会った時からずっと言われていること。
勿論今までも、そういう弟子入り希望の若者がいなかったわけではないけれど、彼女は純粋に私の料理を気に入ってくれていることがわかる。
今日作った人肉に骨粉を混ぜたハンバーグも、彼女はとても美味しそうに食べてくれた。
でも、だからこそ…。
「ダメですよ。料理の技術を教えてしまうと、きっと店に来てくれなくなるでしょう。かばねさんがいらしてくれないと寂しいですからね。」
「う~…マスターの商売上手~…。絶対若いころ女ったらしだったでしょ~…。」
「ふふっ…どうでしょうねぇ?」
「絶対悪い男だったに決まってるぅ…。」
もう…と言って唇をとがらせる彼女の前に、私はカクテルグラスに入れたデザートを置く。
透明のゼリーのようなそれは硝子体。
今日彼女から仕入れた中に、眼球が多めにあったので作ってみた。
目は角膜が半日ほどで濁り味が落ちるので、早めに食べてしまわないといけない部位だ。
「おー、綺麗。新作?」
「えぇ、ですが新鮮な材料がたくさんないとできませんから、限定的になるでしょうね。」
「じゃあまた、たくさん持って来たら作ってくれる?」
「えぇ、これからもどうぞご贔屓に。」
私は澄ましてそう答える。
彼女はデザートを一口、口に入れ
「うん、マスターの作るものはいつも美味しい。」
そう言って、昔と同じように可愛らしく笑った。




