二幕・九月の十日 そのじゅうさん
「お兄さん。」
凛と可愛らしい声が僕の意識を引き戻す。
動けない僕に、かばねは言い聞かせるような口調で言う。
「…大丈夫、追いかけさせないよ。僕があの人を止めておくから。お兄さんは早く行って?絶対、戻ってきちゃダメだからね。」
そして、少しだけ僕の方を振り向いて…笑った。
あの小さな体のどこからそんな強い言葉が出せるんだろう。
どうして…こんな状況で僕に笑いかけられるんだろう。
僕と切り裂きジャックの間に立ちはだかるその背中に、一切のためらいはなく…。
「…あ…ああぁぁぁっ!!」
僕は逃げ出した。
昨日と同じように。
上手く力の入らない足をどうにか動かして。
走って。
走って…。
階段から落ちそうになりながら走って…。
……ビルを出たところの路地で足がもつれて倒れ込んだ。
そのまま、僕は立ち上がることができずに荒い息を吐き出す。
「……はっ…はっ……はぁ…っ!!」
最悪だ。
気分も…。
この状況も…。
かばねを置いてきた…自分も…。
……僕はかばねからも逃げたんだ…。
あの姿を見て…自分が情けないのが嫌になった…。
見たくなかった。
こんな状況だって言うのに…僕はっ!
僕がかばねを信じられなかったせいでこんなことになったのに…!!
あの時日野さんの…切り裂きジャックの言葉に惑わされて…。
「…っ携帯…。そうだ……。警察に連絡すればっ……。」
…すれば、何なんだ?
きっと警察が来る前にかばねは……。
僕はそんな考えを振り払い、携帯の電源を入れる……と。
LINEの通知。
真から…だ。
…本文が画面に出ている…。
[一応かばねにも言っとけよ 年長としてさ 危ないことに首突っ込むなって]
…ハッとした。
頭が冴えた気がした。
「…もど…らなきゃ…。」
僕は呟く。
自分に言い聞かせるように。
自分で首を突っ込むって決めたんだ。
かばねのこと、確かめたいって…。
日野さん…切り裂きジャックは誘い出したって言ってた…。
僕が、かばねをここに来させてしまったんだ。
なのに何でかばねを置いて逃げてるんだよ。
…自分が情けないから逃げてきた…?
ここで震えてる方がよっぽど情けないじゃないか…っ!
僕に何かできるかなんて全然わからないけど…。
ここで警察を呼んだってきっと間に合わない。
今すぐに何かできるのは…僕だけ…なんだ…っ!!
震える足を叱咤して、僕は来た道を戻る。
走って。
走って…。
階段から落ちそうになりながら走って…。
そして、戻った先には…。




