二幕・九月の十日 そのじゅう
さて…と、携帯を置こうとしたその瞬間、また着信音が鳴る。
「うわっ…!?…ったく…何か言い忘れたのか?」
そう言いながら携帯をみると…。
[日野さん]
画面にその文字が写っていた。
僕は慌てて通話ボタンを押す。
「も…もしもしっ!!」
少し声が裏返ってしまいつつも、なんとかそう言うと電話の向こうから、
『三木君…かしら?』
と、日野さんの声が返ってくる。
それだけで舞い上がりそうになる。
「はいっ!えっと…どうしたんですか?」
ふわふわとする気持ちのまま、そう尋ねると日野さんは
『今…一人?』
そう尋ね返してきた。
僕ははい、と答えて…気付く。
電話口の声がとても重々しい…。
…日野さんの言葉が途切れる。
僕も思わず黙り込む。
そしてしばらくの沈黙の後、日野さんが言う。
『ごめんなさい。さっき……昨日のことを、知らないなんて嘘ついて…。』
「え……?」
僕は耳を疑った。
昨日のことを知らないって嘘をついた…?
じゃあ昨日あったことは…本当だって…こと…?
「…どう…して…ですか?」
やっと絞り出した声は自分が思うよりずっと小さくかすれていた。
日野さんはしばらくの沈黙の後、切り出す。
『あの一緒にいた子…貴方はおかしいと思わなかった?』
「え…?かばね…のこと…ですか?」
僕がそう尋ねると、日野さんは続けて言った。
『そう、あの子よ。…昨日の今日で貴方の学校に現れたり…。』
「いや、でも…それは…。」
制服を着てたから…。
僕はそう言おうとした。
でも、その後に続いた日野さんの台詞を聞いて、言葉が続かなくなった。
『それに、あの子昨日のあの場所でのこと…やたらに否定的だったでしょう?昨日のことを貴方に聞きに来たはずなのに……。』
あれ…?
確かに…そうかもしれない。
本当に殺人だったかとか、妄想じゃないかとか…。
……切り裂き魔の顔を本当に見ていないか…とか……。
やたらとしつこく聞いてきたような……。
『昨日のことは無かったって思ってほしかったみたいに。』
「………。」
そんな……まさか…。
黙り込んだ僕に、日野さんは続ける。
『私、あの子のことを疑っているの…。…だってあの時見た切り裂きジャックはとても小柄で…もしかしたらって…それで嘘をついたの。』
そう…確かにあの時の人影は小柄で…。
男か女かもわからないようなシンプルな服装で……。
…かばねが…切り裂きジャック…?
あの小さな子供が…?
怪しいのは日野さん…じゃなく……。
そこまで考えて僕は思い出す。
そして、日野さんに尋ねる。
「…あの時…どうして警察に行く途中でいなくなったんですか?」
『え…?』
昨日あったことが本当にあったことならこれを聞かないと…僕は分からない。
怪しむべきなのが…どちらなのか。
日野さんは唐突な話題変えに驚いたのか、しばらく沈黙した後、
『…あの時、ハイヒールだったでしょう?私。』
「……え?」
今度は僕が驚く番だった。
えっと…ハイヒールだったか?
…覚えてない……。
むしろ足元なんて見てなかった…。
そんな僕の戸惑いに気付いたのか、日野さんは少し呆れたようにため息をついて、
『ハイヒールだったの。しばらく走ったところで足を軽くだけどひねって…走れなくなっちゃって…。
貴方はちゃんと走っていったから任せちゃおうって思ったの。
けど、驚いたわ。
しばらく休んでてもパトカーのサイレンや事件の報道がないんだもの。
おかしいと思って現場に戻ってみたらだれも居なくて、しかも血も何もかもないんだもの。
あれは夢だったのかと悩んだわ。貴方に会うまで…。』
そう、説明してくれた。
……じゃあ…日野さんは…かばねは…。
再び黙り込んだ僕に、日野さんはしばらくの後
『……もしかしてそれ…あの子が…?』
と尋ねる。
僕は少し迷った後…
「……はい。」
と、答えた。
僕の答えを聞いて、日野さんは少し悲しそうな声で言う。
『あんな小さな子が貴方に私を疑うように仕向けるなんて…。それに切り裂きジャックかも、なんて…おかしい話よね…。』
僕も…あんな子供が切り裂きジャックかもしれない…なんて信じられない。
けれど…かばねのことを全面的に信じることも…今はできなくなってしまった。
そんな僕に、日野さんはうん、と一言、決意するように言ったかと思うと
『でも…きっと…そう、何か事情があるのよ。だってあの子はとても明るくて可愛らしい子みたいだったもの。ねぇ、二人であの時のことと切り裂きジャック事件を調べ直してみない?』
そう、提案する。
『あの子は明日も貴方に会いに来るかもしれないのよね?なら、今から出て来られないかしら。私の資料も見せてあげるわ。誰も来ない所で少し話せない?あの子には…絶対に気付かれないように…。』
ごめん、真。
やっぱりちょっと首突っ込もうと思う。
これを確かめないと…駄目な気がするんだ。
僕は返事をする。
「はい。」




