二幕・十月の三十日 そのに
赤、赤、赤。
悲鳴、悲鳴、悲鳴。
目障りだし、耳障りだ。
足元に這いつくばって呻く奴らを殺さないのは、単に止めを刺すことより誰も逃がさないことを優先しているだけ。
俺の目的はこいつらの殲滅なのだから。
ただでさえ面倒な相手に遭遇して時間をとられている。
この組織の人間ではない部外者。
運悪く向こうの仕事と鉢合わせしたらしい。
目撃はされたが、向こうも向こうで裏の人間だ。
通報されるわけでも無し。
俺がここにいたという情報も、別に漏れたところで構わない。
俺がこの組織を壊滅させるに至った動機など分からないだろうし、分かったところで意味は無い。
俺が守りたいと思うものはもうない。
……大罪?
アイツらは俺が何しようが自分の身は自分で守れるだろう。
まぁ、出来れば殺しておいた方が良いことは確かだが、無駄に深追いして、本来の目的…まだ生き残っているこの組織の連中…に逃走の時間を与えてやることは無い。
逃げていく奴も、諦めて俺に向かってくる奴も…。
誰一人として逃がさない。
ぐしゃり、床に広がった赤に塗れた肉塊を踏む。
一通り回ったが、どうやらもう動ける生き残りはいないらしい。
後は転がってる奴らに止めを刺すだけ。
…と、駄目になったナイフを別の物に変える。
あぁ…この殺しで使ったナイフは理央を殺したものじゃない。
当たり前だ。
理央を殺したあのナイフで他の奴を殺すなんてありえない。
あの気さくなナイフ職人には悪いが、おそらくこの先もずっと…。
新しいナイフを開いて、動けない程度に傷を負わせて放置した男たちに近付く。
幾人かは出血多量でこと切れているが、まだしぶとく生き残っている奴もいた。
どうせ放っておけば死ぬだろうけど。
……全員ちゃんと殺さないとな?
床に倒れ伏す一人にゆっくり歩み寄りナイフを構えてやると、情けない声で怯える。
…まぁ、逃げられやしないけど。
「…ひっ…!?」
男は引きつった声を上げる。
なぁ。
やられる立場になった気分はどうだ?
無感動にナイフを振り下ろす。
返り血が飛んで頬を濡らす。
…もう全身血塗れになっているだろうな、今の俺は。
なんてぼんやり考えながら、次の獲物の始末を…と思った時…
「…まっ…待っ…!見逃してくれ…っ!!」
そんな必死な声が聞こえ、俺は動きを止める。
声の方に目を向ければ、他と同じく這いつくばりながらこちらに懇願する男の姿。
俺が視線を向けたことで交渉の余地ありとでも思ったのか、下手くそに嫌らしい笑みを浮かべて男は続けた。
「た…助けてくれたら何でもするっ!情報とかっ……そ…そうだ…っ!薬も好きなだけ…っ!!」
…はっ…。
…笑えるな?
俺は最後まで言わせず、血だまりの上をぴちゃりぴちゃり歩んで男の傍に寄り…
「あ…はっ…?」
恐怖と、打算の入り混じった濁った目を見下ろして。
少し笑ってやる。
そして
「…っ!?~~~っがあぁぁぁっ!?」
一瞬、期待を抱いたように笑んだそいつの顔を思い切り踏みつける。
痛みに叫び、のた打つそいつの手にナイフを突き刺し床に縫い付けてやる。
もはや声にならない悲鳴を上げるそいつに聞こえるように、ゆっくり顔を近付けて言ってやる。
『…糞食らえ。』
いくら馬鹿でも、このくらいの英語は理解できるよな?
…理解していようが、していなかろうが…関係、ないけど。
突き刺したナイフを引き抜き、もう一度、今度は首にそれを振り下ろす。
鈍い手ごたえ。
ふぅ…と息を吐く。
……さぁ、あと何人生きてる?
キィ…と音を立ててアンティーク調の扉が開く。
真っ暗なアジトのバーの店内。
今は三時か四時頃か。
誰かに見つかると問い詰められそうだ。
…そうなると面倒だな。
早めに自分の部屋に帰ろう、そう思った時だった。
「あ、おかーりジャック。」
呑気な声が上から降ってくる。
視線を上げると、かばねが二階から俺を覗き込んでいるのが見えた。
…よりによって一番見つかりたくない奴に。
思わずため息を吐く俺の事などお構いなしに、かばねはひょいっと二階の手すりを乗り越え、器用に一階まで降りてきた。
…階段があるんだからそっちを使え。
……なんてツッコミは胸の内に。
「……何か用?」
いつものようにそっけなく聞いてみると、かばねはその濃赤の瞳で俺をじっと見つめ…。
「ううん!どこ行ってたのかなーって思っただけー。」
そう答えて、にへーっと笑う。
俺は、それに
「…別に。」
と答えて…。
「………この前の、ナイフを取りに行って、その後、絡まれて…イラついたから、組織ごと潰した。」
そう、続けた。
かばねは、俺の言葉にこてりと首を傾げて少し考えた後、
「…そっか!お疲れさま!!」
なんて軽く言って、くるりと踵を返す。
そして、カウンターを乗り越え奥の扉へ、てこてこと去って…。
…行く前に、
「ま、ジャックがすっきりしたなら良かったね!」
そんな言葉を残して。
パタン、と扉の閉まる音。
どこまで気付かれているのか。
…分からない、けど。
かばねに嘘を吐いた。
その事実に、俺は何とも言えないような感情を覚えた。
ある種の達成感のような、優越感のような、そして少し…後ろめたいような。
けれど、俺は軽く頭を振って最後のそれをかき消す。
…俺は《傲慢》だ。
あいつらに後ろめたく思うことなんて、ない。
そうだろ?
だって俺は、自分を悪いと思うことなんて…もう、ないから。
他人がどう思おうと、俺は…俺の為に生きる。
嘘も真実も混ぜ込んで、全てを掌で転がしてやるさ。
もう、馬鹿正直なんて言わせない。
だから…大丈夫だ。
お前に心配なんてされないように生きて、やる。




