一幕・とある虚飾の独白 そのさん
再会したジャックは前と全然変わらなくて。
話してると楽しくて。
最悪な今の俺の状況なんて忘れるくらいに。
ジャックが『切り裂きジャック』かなんてもうどうでもよくなるくらいだった。
なのにさ。
……ほんと、お前は嘘が吐けない馬鹿正直だ。
落したナイフを大急ぎで拾って、俺から目逸らして……内心めちゃくちゃ焦ってたんだろ?
そんな反応、やましいことがあるって言ってるようなものじゃないか。
あぁ…気付かなきゃよかったな。
けどさ…もう、俺は戻れないからさ。
有名な殺し屋なら、俺の攻撃なんて避けて、そのまま俺を殺してくれよ。
…なんて思ってたのに。
俺が手を差し出した時、おずおずと手を取りながら、ちょっと嬉しそうな顔しちゃってさぁ…。
……やっぱりお前見てると、俺は自分が嫌いになるよ。
注射器に入っていた薬を打ちこんだとき、俺の中ではやったという喜びと、なんで俺の攻撃なんか食らったんだって失望がない交ぜになって、ぐちゃぐちゃだった。
…俺嘘つきだからさ。
口からは天邪鬼な言葉がすらすらと出てくる。
身体の方が幾分正直だ。
ナイフを持つ手が震える。
……俺に、ジャックを殺すなんてことが出来るか…?
なんて疑問も一瞬浮かんだ。
でもその瞬間、体中にある生傷が、その存在を主張するようにズキンっと痛んだ気がした。
一転、頭の中が恐怖に塗りつぶされて。
ジャックを殺さないと、という強迫観念のようなものに完璧に捕らえられて。
俺はナイフを振った。
すると…。
流れるような動作で、目の前に跪いたジャックがポケットからナイフを取り出し開いて、俺のナイフを受け止める。
俺が思考停止してしまったのも無理はないだろう。
だってあの薬は、とても初心者向けとは言えないほどの量と濃度で…。
下手すればこの一回で死にかねないほどのやつだ。
なのにジャックは慣れてる、なんて言って。
そんなのに慣れてるだなんて、俺と会っている時にそんな素振り全然無かっただろ?
『お前、大丈夫なのかよ?』
浮かんできた心配に笑いたくなった。
俺はこんな状況なのにジャックの心配をするのかって。
そんな風に固まっていたら、ジャックがナイフを押し返してきて、俺は焦って飛び退いて。
ジャックは何かを決意したような顔になっていて。
俺は、あぁ…もうこれで終わりなんだなと思った。
ジャックと俺との関係も。
俺の命も。
……なのにさ。
なんでお前は手を差し伸べてきたんだよ…?
許してもらおうとは思わない、だなんてそんな事、お前が言う必要なんかないだろ?
だってお前は悪くないじゃないか。
これは俺のエゴで。
お前を責めるのも筋違いで。
…いくらなんでも馬鹿正直すぎるよ…ジャック…。
「…だけど、俺は…そんな顔のお前に…殺されたく…ない。」
…俺も…お前を殺したくなんかないさ。
「…お前が…俺に嘘を吐いていたとしても、今まで見てきたお前のすべてが嘘だとは…俺には…思えない。……俺は……親…友……だと思っているお前に、そんな顔はさせたく…ない。」
……俺も、お前のことを親友だと思ってるよ。
………だから…っ…。
ナイフをしまったりなんかしないでくれ……っ!
…こんな俺を助けたいだなんて言わないでくれ…っ!!
「…俺がお前を追い詰める原因になってしまっているなら、俺は…責任を負うつもりも…ある。…俺を許せなくてもいい。」
違う。
お前は悪くないんだ…。
…許しを請うべきは俺なんだっ!
「いつか…俺を殺せるようになったら…俺を、殺しても…いい。」
…やめてくれ……。
俺の、この卑怯で最低なエゴを肯定しないでくれ。
「…けど、俺は…まだ……やり直せると思って…いる。…お前との関係をやり直したいと…思っているんだ。」
……あぁ、俺も出来るならやり直したいさ。
でも…。
…もうやめてくれ。
これ以上喋らないでくれ。
その青の瞳で俺を見つめないでくれ。
そんな悲痛そうな顔をしないでくれ。
そんな辛そうな声で叫ばないでくれ……っ!
「~~っ何だってんだよ!!」
俺は耐え切れずに叫んだ。
言葉は上手くまとまらず、相変わらずジャックを責めるような言葉しか出てこない。
でも心の中に渦を巻く黒い感情は言う。
もう、無理なんだ。
もう、俺は……。
俺を認めることができない。
……俺はお前のその手を取る資格なんてない…っ!
気が付くとがむしゃらに踏み込んでナイフを振るっていた。
ジャックが動く。
さっきと同じように慣れ切った動きだ。
もう反射的に染みついてるんだろう。
もういいよ。
もういいから。
そのまま俺を殺してくれ。
腹部に走る激痛に意識が引き戻される。
…今、一瞬意識失ってたのか…?
あぁ…すごいな……さっきのが走馬灯ってやつなんだな、なんて今さら気付いて呑気な感想を抱く。
必死な声で俺に呼び掛けて、泣きそうな顔で俺の傷を見るジャックが見える。
……馬鹿だなぁ…ジャック。
なんて顔してんだよ。
今にも死にそうな顔しちゃってさ。
お前は悪くないんだから。
……あーあー。
「…そんな顔すんなっていっただろ…?ジャック。」
お前ホント馬鹿正直だよ。
心配になるくらいさ。
…俺も、死ぬ前くらいは少しだけ…素直に…。
「こんなの…俺の、自業自得だろ…?…俺は、後悔なんかしてない…し…。」
……なれたら苦労しねぇよなぁ…。
後悔なんて数え切れないほどあるよ。
…でも、ちょっとは嘘を吐くのが下手になれたみたいだ。
体は口よりまだマシなようで、笑うのに少し失敗して。
…あー…そういえば、あの映画の主人公も嘘が下手くそだった。
発する言葉は嘘ばかりなのに、行動はいつも正直なんだ。
あんな風になれたらよかったな。
あの主人公も俺と同じように酷い扱いを受けていたのに、彼はそれを飲み込んで、世界を救ってヒーローになったんだ。
俺も、もう少し…ほんの少し素直になれていたら……こんなことにはならなかったんじゃないか?
…仮定の話だ。
俺はあの主人公とは、違うんだから。
でも、俺がその主人公の台詞を口に出したのは、もしかしたらどこかで期待してたのかもしれない。
「『…俺は嘘つきで弱虫で、最低の『悪役』だから。』」
…なんて。
それに対するヒロインの『…貴方は嘘つきで弱虫で、最高の『ヒーロー』だよ。』という返しを、ジャックの口から聞けるんじゃないかって。
今さら、ジャックに認めてもらいたいなんて。
勝手な願望。
…だけど、ジャックは答えてくれた。
「『…貴方は嘘つきで弱虫で、最高の……『俺の親友』…だよ。』」
……そんなアレンジを加えて。
あぁ、もう……ホント、お前は最高だよ。
だから、最後に楔を残してやる。
素直になれない俺の言葉で。
『もう少し嘘も吐けるようになれって。』
『絶対、俺の後追って死んだりするなよって。』
俺はお前のこと殺せない。
握ったままのこのナイフだって、結局振るえやしないんだ。
お前には生きててほしいからさ。
今まで散々俺のエゴに振り回されてくれたお前なんだから…。
この最期の我儘にも付き合ってくれるよな?
…こんな虚飾にまみれた俺を受け入れてくれた。
それだけで俺はもういいからさ。
次もし会えたら、今度はちゃんと…。
お前のこと親友だって口に出して言いたい。
それまでは、もう少しこっちで生きて待っててくれよ。




