三十一幕・十月の二十九日 そのさん
一気に体温が下がった気がした。
落ちたナイフを素早く拾い上げポケットに戻す。
その時に、引いていた手を離してしまったが、今はそんな事を気にしていられる状態じゃない。
この状況を何とかする良い言い訳が思い浮かばない。
油断しすぎた。
理央に会えて、浮かれ過ぎていた。
あの女がぶつかって来た時に避けていれば。
もう少しナイフのことを気にかけていれば。
後悔と言い訳が頭の中をぐるぐると巡る。
理央の顔が見れなくて、視線をそらしてしまう。
あぁ、くそ…っ…。
これじゃ何かやましいことがあると言っているようなものだろ…っ!
こういうのを上手く誤魔化すのはかばねの得意分野だ。
どうすればいい。
…どうすれば……っ!
「……そんな顔するなよ。」
聞こえた声にハッと顔を上げる。
理央が俺を見ている。
少し悲しそうな顔で。
俺は言葉に詰まって何も言えなくなる。
そんな俺に理央は困ったように笑いかけた。
「…お前、ほんと嘘下手だな。……分かってるよ。お前にはお前の分がある。」
そう言って、さっき離れてしまった手をまた俺に差し出す。
俺は…躊躇いながらその手を取って…。
一瞬、その袖口から覗く腕に、見覚えのある色が見えたような気がして…。
「………だけど…。」
「……っ!?」
全く予期しなかった力で手を引かれ、体勢を崩す。
理央の方に傾いだ体。
危険信号が体中を駆け巡り、鳥肌が立つ。
咄嗟に感じた寒気に首筋を腕で庇うと、直後に走る痛み。
そして体に異物を流し込まれる鈍い感覚。
くらり、眩む視界。
離された手。
体勢を立て直せないまま、数歩後ろに下がる理央の前に膝をつく。
無闇な多幸感と靄のかかるような思考。
「……こっ…れ…は…っ!」
荒くなる呼吸を抑えながら理央の方を見ると、理央は先ほどまでとは違う、感情が壊れたような目で俺を見下ろして言った。
「……俺はお前を許せないよ、ジャック…。」




