↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/30

四人で行く、最初の約束

【前回までの人物】

・ハルト:毎朝一つの特典を受け取る転生者。虹の海を見たいと、南へ向かう旅を望んでいる。

・ルカ:ラゼルの剣技会を目指す剣士。ハルトと翌朝の稽古を約束している。

・ミア:魔法の教本と理論が得意な魔術師。ハルトと依頼をこなした仲間。

・ロッタ:風見亭で働く料理人。修業旅を続けるため、七日目の夕方までに仕事を引き継ぐ予定。

 五日目の朝、俺は強くなった道具より先に、自分の膝を見ていた。

 土が付いている。

 ルカに負けて転んだ土だ。

 ただ、痛い方ではなく、可笑しい方で、少し笑っていた。


 今朝、窓へ光が差す頃、次の支援が選べるようになった。

 前の受領から、二十四時間。

 昨日、水を出せたこととは別に、手首の表示へ新しい候補が来た。

 合成強化。

 旅人の外套。

 火守りの鍋。

 外套にも、鍋にも、まだ心は動いた。旅へ出るなら、雨に濡れたあとまで元気なふりをしたくないし、温かい飯は、かなり強い。

 けれど、今日は最初の名を開いた。

 相性のよい素材を使い、道具を強化する。

 素材と、使う俺の魔力が要る。組み合わせの相性と手順を確かめる必要があり、何でも重ねれば、勝手に頑丈になるわけではない。

 知らない金属の名前まで、表示を受け取っただけで読めるようにはならなかった。

 ミアさんが、実物を見てから考えようと言っていた時の顔を思い出した。

 選んだ。

 そして、強化したことにはせず、宿の中庭へ出た。

 ルカと交わした約束は、道具が増えたら消える物ではなかった。


     *


「新しい方、もう使った?」

 木の練習剣を持ったルカが、俺の膝を見下ろした。

 短く束ねた赤茶色の髪に、朝の光が一筋当たっている。息は上がっているが、俺ほどではない。

「使ってない。素材も、手順も、これから。膝を強化する候補だったら、迷ったかもしれない」

「そっちは、土を払うだけにして」

 彼女が笑い、片手を差し出す。

 俺はその手を借りて立った。

 近づくと、汗と、手入れした革の匂いがする。仕事の時にもあった匂いなのに、中庭で朝の稽古をしたあとは、少し違う距離で届いた。

「今の、足が止まった所で、もう転びかけてた?」

「うん。剣の先を見てる間に。靴の力を使えば、そこから跳べるかもしれないけど、跳んだ先で、また同じことになるよ」

「今日は、跳ばない方で」

「分かった。じゃあ、あと三回。朝食へ行く足まで、使い切らない」

 疾風の靴は履いている。

 今日は、その加速を使っていない。

 強い物があるのを忘れたわけではなく、強い物を持っても、俺が足を置く場所を覚える稽古だった。

 最後の一回、ルカが剣を引いた時、俺は追って踏み出しかけた足を、止められた。

 次で、ちゃんと負けた。

 でも、一つ前の自分より、どこで負けたかが分かった。

「今の、止まったね」

「そのあと、きれいに負けたけど」

「全部いっぺんに出来たら、私の朝の仕事、なくなるじゃない」

「朝食を食べる仕事なら、残ってる」

「それは、最初から私の分」

 彼女が練習剣を片付ける。

 俺も、土を払った手で道具をそのまま触らず、先に水場へ回った。

 今日は、ちゃんと、朝へ戻ってこられた。


     *


 朝食は四銅だった。

 財布から出すと、残りは百二十八銅になる。

 昨日の百三十二を、頭の中でそのまま使い続けないよう、食べる前に紙へ一行書いた。

 ロッタさんが出してくれた椀から、穀物の甘い湯気が上がる。

「膝、どうしたんですか」

「新しい特典より、先に使い方を覚える方で」

「大丈夫です。土は、献立へ入りませんから」

 彼女の蜂蜜色の耳が、少し傾く。

 俺が言い訳する前に、ルカが匙を取って笑った。

「ちゃんと、三回やったんだよ。最後は、自分で足を止めた」

「じゃあ、今日は、そこまでの朝ご飯ですね」

 ルカが自分の椀を見た。

「足せるなら、卵も」

「卵は、出来た回数で増えません」

 ロッタさんは、隣の客の注文へ顔を向けた。

 俺は椀を両手へ寄せる。

 今日は四人の話をしたい。

 でも、今、全員がこの机へ座れるわけではない。

 ルカへ、朝のあとに少し時間があるか訊くと、彼女は午前なら、と答えた。

 ロッタさんは、女将と決めた休憩の時刻を教えてくれた。

 ミアさんへは、食べ終えてから、町の本屋で声を掛けた。俺も、旅の記録に使う紙を見に寄った所だった。

 教本を受け取りに来ていた彼女は、紙を抱え直し、俺の顔を見た。

「四人で、ですか。……はい。お昼の前なら、私も。調べたことの続きも、お話ししたかったので」

 俺は頷いた。

 全員の返事が同時に湧いてくる便利な特典は、持っていない。

 その方が、相手の今日を、一人ずつ聞けた。


     *


 四つの椅子が埋まったのは、朝の客が引いたあとだった。

 サンナさんへ席を使ってよいか訊くと、空の皿を重ねながら、女将が頷く。

「昼の客が来る前までね。道を決めるのに、うちの通路まで塞がないでよ」

「はい。今日は、地図だけ広げます」

「そっちも、皿が来たら、先に畳む」

 ロッタさんが笑って、椅子の背へ尻尾を逃がした。

 ルカは窓側へ座り、ミアさんは受け取ってきた教本を自分の膝へ置いた。

 俺は略図を開く。

 昨日、一人で見ていた南の線が、四人の指の届く所へ来た。


「俺、虹の海を見たいです。そこまでは、昨日、言ったんですけど」

 自分の声が、少し硬かった。

 ルカが、地図から俺へ顔を上げる。

 俺は、先に報酬の話へ逃げそうになった口を、もう一度開いた。

「そこへ行く途中も、三人と、旅をしたいです。都合のいい役だけお願いして、必要な時に呼ぶんじゃなくて。俺も、一緒に、知らない物を見たい」

 椀も匙も、今、手に持っていない。

 指を置く場所がなくて、俺は地図の端を押さえた。

 ロッタさんが、その指の少し横へ、自分の手を置く。

「昨日の話、私からも、持ってきました」

 先に助け舟を出して、全部を決める声ではなかった。

 彼女は、ラゼルの字を見た。

「南のパンを、作る所で見たいです。実家へ持って帰って、私の台所でも出来るように。一年の旅なので、ずっと、帰らない約束にはしません」

「うん。私も、ラゼルへ行く」

 ルカの指が、その町を、はっきり叩いた。

「二十四日目の剣技会。出たい。行ってから、間に合いませんでした、にはしたくない。それと、道で稼ぎたい。旅費が減るだけの旅より、次の試合も選べる方がいい」

 剣の腕を貸すためだけに、ここへ座っている人ではない。

 俺は、分かった、と頷いた。

 それから、ミアさんを見た。


     *


 ミアさんは、膝の本へ目を落とした。

 細い指が、角の紙を一度揃える。

「私は、……教本で知っている場所へ、本当に行ってみたいです」

 言い始めると、次の言葉は少し速くなった。

「同じ魔法でも、使う人が違うと、先に見る所が違いました。依頼の時、私、順番を覚えているだけでは、間に合わなくて。でも、やってみて初めて、書けることが増えたので」

 彼女は、自分の手帳を、本の上へ載せた。

 誰かの正しい文を写すためだけの紙ではなくなっているらしい。

「いつか、私の実践書にしたいです。分からなかった所も、分かるようになった所も。ですから、その……研究する物が増えるから、だけでなくて」

 最後が、少し小さくなる。

 ルカが、急かさず彼女を見ていた。

「一人で、間違えない所を選んでいるより、皆さんと、行ってみたいです」

 ミアさんは、言い終えてから、ようやく顔を上げた。

 俺も、すぐ大きな返事をして、その声を塗りつぶしたくはなかった。

「俺も、三人がいる所で、俺の分の間違いを覚えたいです」

「それ、稽古で、かなり進んでるよ」

 ルカの言葉で、俺まで笑ってしまった。

 ミアさんも口元を緩める。

「私、見ていません。でも、明日、まだ膝が土なら、少し分かるかもしれません」

「明日は、土以外の報告もしたいです」

「じゃあ、おかわりしたかった、も報告してください。食べる人の感想は、私の方で使います」

 ロッタさんが、紙へ小さなパンを描いた。

 気の利いた約束より、その絵の方で、四人の席が急に自分の物になった気がした。


     *


 金の話を始めたのは、ロッタさんだった。

「旅のご飯、私が材料を買う時もあると思います。共同で使う分と、私が修業で買いたい分は、分けたいです」

 俺は頷き、自分の財布を机へ出しかけて止めた。

 いま全財産を、同じ袋へ入れる話ではない。

「依頼で要る物は、受ける前に金額を出して。直接使った分を、報酬から先に戻す。その残りを、四人で分ける方は、どうですか」

「私、四等分がいい」

 ルカが、考えていたような速さで言った。

「剣を振った回数だけで分けると、毎回、私が食べる分まで強く言いそう。道で何を頼むかは、受ける前に、ちゃんと決めよう」

 ロッタさんが、自分の前掛けへ指を掛けた。

「私が、料理以外をする日も、ありますよ」

 ルカが頷く。

「うん。私も、一日中、剣を振ってるわけじゃないし」

 ロッタさんの耳が、少し上がった。

 ミアさんは、指で四つの印を描いた。

「残りが、きれいに四つへ分かれなかったら、どうしますか」

「次へ回す、小銭の欄を作りましょうか」

 俺が言うと、彼女は顔を上げた。

「はい。買う物も、そこへ。足りない分を、誰か一人が言わずに出していた、にはしたくないです」

 自分が払えば早い、という癖へ、先に印を置かれた気がした。

 俺は笑って、自分にも必要です、と答えた。

 個人の買物は、自分の財布。

 道中で四人が使う食材や消耗品は、買う前に相談する。

 依頼の報酬は、事前に決めた直接の費用を戻してから、四等分。割り切れない小銭は、四人が見られる欄へ残す。

 特別に一人だけの仕事を頼む時は、それも受ける前に話す。

 書くと、長い契約のようにはならなかった。

 旅で、お互いに遠慮したまま腹を空かせないための、短い約束だった。


「ご飯は、全員、同じ量ですか」

 俺が訊くと、ルカが、待っていた顔をした。

「それは、別の話」

「そこだけ、すごく早いですね」

 ミアさんが笑う。

 ロッタさんは、紙のパンを一つ、少し大きく描き直した。


     *


 出発は、早くても八日目の朝。

 ロッタさんの仕事は、七日目の夕方までだ。引継ぎがあるから、昼で切り上げてもらうことにはしなかった。

 ルカはラゼルの剣技会までの日数を数え、略図の道を辿る。

「普通に十日なら、間に合う。ただ、雨で止まった時の分も、見ておきたい」

「この町で受ける仕事も、あとから全部を長くしないようにします。私も、持って行く本を選ぶ時間が要るので」

 ミアさんが、自分の膝の厚みを見た。

 俺は、収納鞄の口を叩きかけ、やめる。

「入る重さと、大きさは、一緒に確かめましょう。出せない積み方だと、俺も、旅先で本の底になります」

 ミアさんが鞄の口を見て、首を振った。

「ハルトさんは、入りませんよ。生きてますから」

「そこ、今朝から一番、助かった所です」

 ロッタさんまで笑った。

 俺たちは、候補の日を書いた。

 まだ、宿を出る手続や、道の状態まで確定したわけではない。四人の都合だけで、天気へ印を押すことは出来ない。

 でも、出る気のある日を置くのと、いつか、とだけ言い続けるのは、違っていた。


     *


 最後に、今日の新しい特典も見せた。

 ミアさんは合成強化の説明を読み、目を少し近づける。

「素材の名前だけでは、決まらないんですね。同じ物でも、どこへ使うかで、変わる可能性があります」

「俺、一人で剣を光らせる方へ行かなくて、よかったです」

「光ると、決まってもいません。まず、いま使っている大事な道具とは別の、小さな物から試したいです」

 彼女は言ってから、自分の声の速さに気づいたように息を継いだ。

「今日の午後、前に借りた本を返してからなら、手順を考えられます。……私も、見たいので」

「お願いします。その時間なら、俺も」

 仲間になった途端、相手の今日が全部空くわけではない。

 それでも、一緒に試したいと返してくれる約束が、嬉しかった。

 今は、合成を一回もしていない。水も、今日はまだ出していない。

 能力を他人へ貸す特典も、持っていない。

 四人になったことを、説明にない力が増える合図にはしなかった。


 厨房から、サンナさんの声が来る。

「そろそろ、その地図の席も、お昼へ返しておくれ」

「はい。パンの絵ごと、持って帰ります」

 ロッタさんが紙の端を畳んだ。

 ルカが立ち、ミアさんが本を抱える。

 俺も地図を取り、空いた机を見た。

 席を片付けたから、四人で決めたことまで無くなるわけではない。

「じゃあ、今日から、四人で」

 俺が言うと、ルカが先に手を上げた。

「うん。最初の仕事は、お昼までに、それぞれの用事を終わらせる方ね」

「私も、鍋へ戻ります。次の味、女将さんにも見てもらうので」

「私は、本を返したら、後で。ハルトさん、午後の約束、忘れないでください」

 ミアさんは、少しだけ、からかう顔をした。

 俺は、忘れません、と答えた。

 明日の特典を楽しみにする前に、今日の午後へ会う人がいる。

 百二十八銅の財布と、四つの印の紙を、別々にしまった。

 虹の海は、まだ遠かった。

 そこへ行く道へ、もう、自分一人の名前だけを書くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。