魔女、隠れる。
しばらくすると、男が出ていった。
私は、本棚の裏から出られなかった。
「……」
静かになった。
足音も聞こえない。
もう大丈夫。
頭では分かっている。
なのに。
「……出ていいのかな」
出られない。
もし、まだ外にいたら。
もし、誰かに見られたら。
もし、「あなたは誰ですか?」なんて聞かれたら。
私は死ぬ。
社会的に。
「……」
私はしゃがみ込んだ。
(情けないぞ!!異世界でも、私は!!)
前世でもそうだった。
研究室で知らない人が来ると、できるだけ視線を合わせない。
廊下で教授と鉢合わせしそうになったら、一度別の道を通る。
(パックマンかよ!!私、パックマンかよ!!)
電話が鳴ったら、三回くらい深呼吸してから出る。
(ロングブレスダイエットか?!ロングブレスなのか!?)
そんな私が。
異世界に来たからといって、急に陽キャになるわけがない。
「……転生って、性格までは変えてくれないんだ」
少し悲しくなった。
◆
しばらくして、ようやく外に出た。
小屋の中を改めて調べる。
どうやら、ここは昔の魔女が使っていた研究小屋らしい。
(研究小屋ってなんだよ!?そんな言葉ねぇよ!!)
机の上には古い魔導書。
棚には薬草。
壁には見たことのない魔法陣。
私の脳には、なぜか、とある光景が思い浮かんだ。
リサイクルショップのジャンクコーナー。
古びたカセットテープ、昔のゲーム機。
おじさんたちの熱い眼差し。
私はハッと我にかえった。
あたりを見回す。
「……」
研究室みたいだ。
その感想が最初に出てきた。
理系女子の性なのだろうか。
未知のものを見ると、怖いより先に調べたくなる。
「この魔法陣……」
私はしゃがみ込んだ。
複雑な線。
いくつもの記号。
中央には小さな石。
触れてみる。
すると――
ボッ。
「うわっ!」
火が出た。
反射的に手を引っ込める。
「……」
もう一度見る。
小さな炎が、空中に浮かんでいる。
「……すごい」
私は恐る恐る近づいた。
「これ……燃焼じゃない」
炎なのに、熱がほとんどない。
どういう原理なのだろう。
空気中の何かを燃やしているわけでもない。
エネルギー保存は?
(異世界にあるか!!そんなもん!!)
そもそも、この世界の魔法は――
「……研究したい」
思わず呟いた。
その瞬間。
炎が大きくなった。
(スタジオジ◯リ作品か!!美少女と炎!!鉄板の組み合わせ!!)
「え?」
ボオッ!
「わああああっ!」
慌てて手を振る。
炎が消える。
「……」
私は固まった。
「……」
そして。
「……面白い」
口元が緩んだ。
異世界。
魔法。
未知のエネルギー。
前世では絶対に研究できなかったものだ。
「……私、ここで研究しよう」
そう決めた。
(異世界に来てまで研究すんな!!)
◆
翌朝。
私は小屋の前に立っていた。
「……まずは生活環境」
人里には行きたくない。
食料は必要。
水も必要。
薪も必要。
そして――
「トイレ」
これも重要。
前世で散々研究室に籠もった私にとって、生活環境の整備は研究より大事だ。
「水は……」
近くに小さな川がある。
食べられる植物もありそう。
魔法で火も起こせそう。
「……意外と暮らせるかも?」
私は安心した。
そのとき。
森の向こうから声が聞こえた。
「――いたぞ!」
「!」
私は固まった。
「魔女の小屋だ!」
(魔女の小屋ってなに!?呼び名が雑じゃない?!)
「本当にあった!」
「近くにいるはずだ!」
複数の声。
私は顔を青くした。
「……」
どうして?
昨日の男か?
まさか、もう噂が広まった?
(展開も雑じゃない!?だいぶ雑じゃない!?)
足音が近づいてくる。
「魔女がいるぞ!」
(え!?見つかるパターンなのこれ?!)
「もうっ、最悪!!」
「――!」
私は小屋へ駆け込んだ。
そして――
「……」
地下室を見つけた。
隠し扉。
私は迷わず開けた。
「失礼します!」
(しまった!! 就活練習の成果が!!こんなところで発揮されてしまった!!)
誰に言っているのか分からない。
地下へ潜る。
扉を閉める。
真っ暗。
「……」
外から声が聞こえる。
「ここを探せ!」
「誰か住んでいるはずだ!」
「魔女を見つけろ!」
私は膝を抱えた。
「……」
心臓がうるさい。
怖い。
怖いけれど。
それ以上に――
(なんで私が追いかけられてるの!?)
私は何もしていない。
ただ転生しただけだ。
魔女になっただけだ。
まだ一人も魔法で攻撃していない。
(まだって何?!まだって!?人に危害加える予定なの私!?)
なのに。
外では「魔女を探せ」と大騒ぎ。
(静かに暮らしたいだけなのにっ!!)
「……」
私は地下室を見回した。
そこには大量の本が並んでいた。
そして、一冊だけ。
妙に古びた本があった。
(絶対なんかあるじゃんこれ、、、次の展開じゃん)
「……?」
手に取る。
表紙には文字が刻まれていた。
――**『魔女狩りの歴史』**
(うわ!めっちゃ嫌なんだけど読むの!!)
「……」
ページを開く。
最初の一文を読んだ。
――かつて、この世界には魔女が存在した。
そして。
――人々は、魔女を恐れた。
(なんでよ!なんで恐れたのか理由を説明してよ!理由を!そこ端折るな作者!!!)
私はページをめくる。
魔女は災害を起こした。
魔女は王国を滅ぼした。
魔女は人々を支配した。
(うわ、魔女めっちゃ嫌なやつじゃん・・・)
だから――
人々は魔女を殺した。
(うわ・・・これもう最悪じゃん、、、この展開絶対そうじゃん)
「……」
最後のページ。
そこには、一行だけ書かれていた。
――**そして魔女は、滅びた。**
(やっぱりじゃん!!)
「……」
私は本を閉じた。
そして、上を見上げる。
まだ外では人々が騒いでいる。
「……私」
もしかして。
この世界では――
**存在してはいけない人間なのではないだろうか。**
「え、てか、魔女私一人じゃね?」
(異世界でも一人なの私!?)
(何の仕打ちなのこれ!?私が何をしたって言うのよ!)
そう思った瞬間。
地下室の奥から、
コツン。
何かが落ちた。
「……?」
振り向く。
そこには、古びた箱があった。
箱の蓋には、魔女の紋章。
私はゆっくりと近づいた。
そして蓋を開ける。
中に入っていたのは――
一枚の写真だった。
「……写真?」
そこには。
銀髪の女性が写っていた。
そして、その女性の顔は――
**私と、まったく同じだった。**
「…………え?」
箱から青い炎が噴き上がる。
「えぇ!!なに!?なんなの!?」




