わたし、きれい?!
人生で一度くらい、誰かに囲まれてみたかった。
「ねえねえ、陰野さん今日の実験どうだった?」
「一緒にご飯食べに行かない?」
「ひかり先輩、この論文について教えてください!」
そんな青春を、私は一度も経験したことがない。
(私、一応、女子なんだけど?!)
大学では、いつも一人。
大学院に進んでからは、さらに一人。
別に友達がいなかったわけではない。
・・・
(嘘です、友達いないです)
でも、必要最低限の会話はしますから!!
研究室で、
「おはようございます」
「お疲れ様です」
「このデータ、共有フォルダに入れておきました」
これくらいは言える。
(てか、誰でも言えるだろ!)
問題は、その先だった。
「今度、みんなで飲みに行くんだけど――」
「……あ、はい」
「来る?」
「……」
行きたい。
ものすごく行きたい。
でも。
「……ちょっと予定が」
嘘だった。
予定なんてない。
家に帰って、コンビニ弁当を食べながら動画を見るだけだ。
それが私の人生だった。
私は、根暗な理系大学院生だった。
研究テーマは、魔法――ではなく、もちろん現実の科学。
朝から晩まで実験して、論文を書いて、学会に行って、帰宅する。
そんな毎日。
そして私は、ひそかに思っていた。
「……異世界に行きたい」
疲れていたのだと思う。
魔法が使えて。
魔物がいて。
エルフがいて。
ドラゴンがいて。
そして何より――
私でも、何者かになれる世界。
・・・
(なれなかったらどうしようね!!)
そんな世界に行けたら。
今度こそ。
人生が変わるかもしれない。
ひとりでボケて。
(心の中でツッコんでさ・・・)
こんな人生、変えたいよ。
そう思っていた。
だから、その日。
研究室からの帰り道。
信号が赤に変わった瞬間。
私は空を見上げた。
「……異世界転生とか、しないかな」
そして――
世界が暗転した。
◆
「……ん?」
目を開ける。
知らない天井だった。
いや。
天井というより、石造りの洞窟だった。
「……?」
起き上がる。
身体が軽い。
そして、何かがおかしい。
長い髪が肩から流れ落ちた。
「……髪?」
私は髪をつまんだ。
銀色だった。
「…………」
おかしい。
私の髪は黒だった。
しかも。
視界の端に手が見えた。
細い。
白い。
そして――綺麗だった。
「…………?」
慌てて立ち上がる。
目の前に水たまりがあった。
そこに映った自分の顔を見て――
「…………」
絶句した。
「誰?」
銀色の髪。
透き通るような肌。
整った鼻。
大きな瞳。
どう見ても美人。
いや。
美人なんて言葉では足りない。
**超美人だった。**
(まさか・・・!)
「…………」
私は水面を覗き込んだ。
右に動く。
顔も右に動く。
(まさかまさか!!)
左に動く。
顔も左に動く。
頬をつねる。
「痛い」
夢じゃない。
「…………」
心臓が跳ねた。
もしかして。
「私……」
異世界転生した?!
◆
そこからの記憶は、ほとんどない。
洞窟を出る。
知らない森。
知らない動物。
そして、空を飛ぶ巨大な生物。
「……ドラゴン?」
私は木の陰に隠れた。
ドラゴンが遠ざかるまで待つ。
そして、震えながら呟いた。
「……本当に異世界だ」
どうやら私は、異世界に転生したらしい。
(死後の世界かも・・・!?)
しかも。
「魔力……ある」
手を伸ばす。
すると、指先に小さな光が灯った。
「……」
消える。
もう一度。
光る。
「……」
思わず笑った。
(E・◯じゃん!! ひとり◯・Tじゃん!!)
初めてだった。
自分が特別な存在になった気がした。
科学しか知らなかった私が。
魔法を使える。
そして、この顔。
この容姿。
「……もしかして」
私は期待した。
もしかすると。
今度の人生は――
人気者になれるんじゃないか?
街に行けば、みんなが振り返る。
男の人から声をかけられる。
友達ができる。
女の子たちからも憧れられる。
そして、気づけば私は――
「……」
想像した。
大勢の人間に囲まれている自分。
「…………」
無理だ。
想像しただけで胃が痛くなってきた。
知らない人に囲まれて。
「お名前は?」
「どこから来たの?」
「魔法、見せて!」
「一緒にご飯食べませんか?」
「…………」
無理。
絶対に無理。
私は木の陰から出られなくなった。
「……」
超美人。
圧倒的な魔力。
異世界で希少な存在。
これだけ条件が揃っているのに。
「……人と話すの、怖い」
前世から何も変わっていなかった。
◆
数時間後。
私は森の奥に、小さな小屋を見つけた。
「……誰もいない?」
(こんなの、絶対なにか起きるじゃん!!)
慎重に中へ入る。
机。
本棚。
薬品。
そして――
大量の古い魔導書。
「……」
私は本を一冊手に取った。
文字が読める。
どうやら転生時に、この世界の言語は理解できるらしい。
(出たよ、異世界特有の御都合主義!!)
(私が何百時間かけて英語マスターしたと思ってんだ!!!)
(まぁ、それはさておき・・・)
ページをめくる。
「魔女について……?」
そこには、こう書かれていた。
(めっっっちゃ、嫌な予感するんだけどっ!!)
――魔女。
かつて世界に存在した、強大な魔法使いたち。
しかし、数百年前。
最後の魔女が姿を消した。
以来、この世界に魔女は存在しない。
「……」
私はページをめくった。
さらに、こう書かれていた。
――ただし、一部の者は今も信じている。
魔女は滅びていない。
どこかに生き残っている。
人知れず、この世界を見ている。
「……」
私は黙った。
そして、自分の手を見る。
銀色の髪。
異常な魔力。
見たことのない魔法。
「…………」
まさか。
私は立ち上がった。
「……私」
この世界では――
**異端児なのでは?**
その瞬間。
小屋の外から声がした。
「――誰かいるのか?」
「!」
人。
私は反射的に本棚の裏へ隠れた。
(ベタすぎる!展開がベタすぎるぞ!!)
「……」
足音が近づいてくる。
「誰だ?」
ドアが開く。
男の姿が見えた。
私は息を殺す。
男は小屋を見回した。
「……誰もいないか」
そして、机の上に置かれた本を見つける。
「魔女の書……?」
男の顔が青ざめた。
「まさか……」
私は本棚の裏で震えていた。
男が呟く。
「魔女が……まだ生きている?」
その言葉を聞いた瞬間。
私は思った。
「……」
やっぱり。
この世界で私は――
とんでもない存在になってしまったらしい。
そして。
人見知りの私の異世界生活は。
誰にも見つからないように、ひっそりと始まった。
――本人だけは、そのつもりだった。
(本人だけはってなに!?本人だけは!って!)




