15-05 えるるん探索記
里に到着したのが昼遅く、それから市中引き回しとゼルヴちゃんの長い話が終わればもう夕方前です。
「試練の準備に取りかからせよう。しかし魔山を越えての長旅とは恐れ入った。二人とも若いな、我のような年寄りにはまね出来ない、若いな、ああ若いな」
ならお前たちは少し休んでおけと、彼女らの気づかいである別室に通されました。
しかしここに客室なんてものは存在しないそうで、なんか普通に広い寝室に通されてました。
いつもはゼルヴちゃんたちが使ってるものなんでしょう。
そこにはベッドが三つあったのですが、そのうち一つ分のエリアに垂れ布の仕切りが配置され……ああ、これは……。
「なっ……なによこれっ……! まさかこれって夜も……っっ」
夜は床だな。いや最悪を想定すれば廊下で雑魚寝、そう覚悟しました。
ゼルヴちゃん3人が一つのベッドで寝れるわけがないのです。最低2つは必要です。そうなるとそういうことなのです。
お嬢もさすがに状況と意味を理解して、耳まで真っ赤になってうろたえるのでした。
奴隷奴隷と言い張るから勘違いされちゃったんでしょうね。
あるいはわざとかな。いやきっとわざとだ……。
まあそうして時が過ぎていきました。
夕暮れが訪れると、居心地の良いテラスからまるで琥珀のように輝く水郷が目に映ります。
ええ、これまたベッドは一つですけどリゾート地として見れば風流なものでした。
俺は今、けして人の入ることの出来ないエルフの隠れ里に来ているのです。
となればこの調子で近いうちに、お嬢の里の方にも旅行出来ないもんでしょうか。
ところが景観を楽しむ間もなく、テラスのテーブルに腰掛けていると旅疲れが俺の意識を奪っていました。
その結果、夕飯を知らせにゼルヴちゃんが現れるまで、もーぐっすり熟睡です。
すぐにゼルヴちゃん手作りの家庭的な夕飯をご馳走になって、くつろいで、さあもう夜も更けたし寝るぞー、ってところまで観光気分でまったりゴロゴロしたのでした。
里長のお社という割に、ふつ~~に民家というか一般家庭ですこれ。
あれ、ここって民宿だっけ? そんな印象。
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「ですよねぇ~。そうは問屋が卸さねぇってやつね、別に中止でも良かったのに……」
あわよくばエルフに囲まれたパジャマパーティを期待してました。
ところがどっこい、社のさらにさらに奥へと連れ出され、俺は銀細工のカンテラ二つだけ渡されてました。
「アンタが寝てる間にあたしが里長から解呪の魔法を教わってたの、次はアレクの番!」
「ああわかってるわかってる、お疲れお嬢。俺もここまで来たら茶番に付き合うし」
これが真実の洞窟ってやつでしょう。
目前の山壁にぽっかりと大きな穴が開いています。
カンテラをかざしても奥が見えず、下へと下へと続いてるようでした。
「洞窟の妖しさに怯える者も少なくないというのに、アレク坊やは肝がすわっているな。だが油断するな、言っておくがここでは魔法が使えない」
「……へ?」
「なのでもし危険があれば……まあ、その杖で殴れ」
ゼルヴちゃんったら、今さらサラッととんでもないことを言い出しました。
魔法が使えないって……。
「ちょっと? 聞いてないんですけどソレ」
「すまん、歳を取ると忘れっぽくなるようでな……うん、すまん、言ってなかったな」
三人集まってもゼルヴちゃんたちの注意力は人並み以下でした。
……とか皮肉を言いたくなったけど我慢です。
「魔法無しでここに入るとか……う、あたし無理……。アレクがんばってね……」
「うん、そういうことよ。魔法が使えたら試練にならん、だが坊やならばと紹介するのだよ。だよ。だよ」
語尾だけ残りのゼルヴちゃんが復唱しました。
三人で一人であることを良いことに、語勢でごまかそうとしてるふしがありますが……まあいいです。
「で、具体的にどんな力がいただけるんです? やるからにはリターンの方が気になりますよ」
何度確認しても洞窟は深過ぎダークネス、こんな時間にカンテラ一つ二つで下れとか試し過ぎ、わーもう試練試練。
「うん、人それぞれだよ。踏破することで当人の潜在能力が目覚めるのだ」
「……そらまたなんて大ざっぱな試練だこと」
まあいいや、つまり肝試しイベントです。
そういう感覚でいざ、いざ行っちゃいましょう! おー!
「キュルッ、キュィィ~~ッ!」
「あ、これレウラの声だわ」
そしたら今さらレウラのやつが飛んで来ました。
何度やっても腕には乗ってくれず、また勝手に人の肩へと着地します。てか……。
「うわ重っ、なんかすっごく重っっ!」
「ええっまた太ったの……? 外見は全然変わってないのに」
里に着いたときに、日が暮れる前に帰ってこいよぉ~~って野に放ちました。
そったらこれですよ。
なに食ってきたのお前ってくらい……そこらの生態系を荒らしてきた疑惑が超絶濃厚です。
つかもう寝る時間だし、家猫だって夕飯時には帰ってくるってのにコイツときたらもー……。
「それが噂の飛竜か。竜のホムンクルスとは珍しい……」
「珍しい……」
「うん、珍しい……」
見てくれは白き幼飛竜ってわけですから美しいです。
レウラは同じ顔をした白い三連星に、同じ共通点を見いだしたのか甘い声でさえずりました。
「キュル……クルルル……キェェーッ♪」
ええ、なんかこの竜さえずったりするんですよね……。
うーんやっぱ鳥っぽい。
「ちょっと俺この洞窟いってくる。だからお前はお嬢とこのゼルヴちゃんと待っててくれ」
「キュルルッ、キュィーッ!」
人の言葉を完全に理解する竜、これだけで面白いものです。
あえて理解した上で命令無視するところもこう、まだ幼体だってのに強烈な自我を感じますが。
まあけどレウラのおかげで待たされる彼女らの暇もつぶれそうです。
じゃ、さっさと終わらせに行きましょう。
俺は散歩感覚の軽い足取りで、光さえ拒む闇の世界へと下りてゆくのでした。




