15-06 えるるん探索記Ⅱ
水郷の地下洞窟となれば予想はしていました。
中はムワッとした湿気が立ち込めていて、そのせいでちょっとした息苦しさがありました。
けれどもういきなりおかしいんです。
湿度があるのに生き物の姿はどこにも見あたらず、コウモリどころか小さな虫けら一匹すら住みついていませんでした。
「虫ですら逃げ出す禁断の洞窟、ってわけね……あーやな感じ」
気持ち悪いのと居合わせずに済んで助かったけど、その生物不在こそ本当の不気味というものです。
ただこんなところで立ち止まっていても閉息感が増すだけとも言えます。
なのでゴツゴツとした不安定な足場に苦労しながら、俺はさらに洞窟の奥に進んでいきました。
暗闇が地下へと地下へと俺を飲み込んで、帰りの上り坂をこれでもかと積み重ねていくのです。
進めば進むほど取り返しの付かない負債が広がっていくような、そんな勇気と冒険心を試される黄泉への旅路なのでした。
「お? へぇ……。ふーん……。変なの」
赤い岩壁が続いていたのですが、ある箇所を境に一変しました。
突然断層のように別の青白い地層が現れて、そこから見える奥底にはほのかな緑の燐光が浮かんでいます。
やたら歩き難かった足場も次第に平坦に緩くなってゆき、そこからさらに奥地へと進めば、広い空間がカンテラの光を暗く飲み込んでしまいました。
例えるならそれは、ろうそく一つで空を照らそうとするようなものでした。
「おわっ……?!」
ところがちょいビックリ。
その大きな空洞に踏み込むなり、何かカサッとしたものを踏んでしまったんです。
虫の死骸か何かでしょうか、うわぁぁぁイヤだなぁぁぁ……。
でも確認しないわけにもいきません、何だろうと恐る恐る銀のカンテラを近付けて……よく見てみればそれは……。
「ヒッッヒハッ!! うぅぅうぉぉぉぉーっっ?!」
そこに人骨の山とどくろが転がってました!!
悲鳴を上げかける自分を抑え込んで、でも焦りのあまり大げさなバックステップで空洞の入り口に飛び戻っていましたよもうっ!
「いや聞いてないしっっナニコレ聞いてないんですけどっっ?!! ちょっゼルヴちゃーんっ?!!」
死の危険があるとか一言も言っちゃいませんでした。
そりゃこっちからも聞いちゃいないですけど、普通なら伝えるべきというか、それが最低限の義務とか誠意というか……。
ああ……あの三つ子のコモンエルフ様……。
やっぱこれちょっと……うん、ちょいボケてらっしゃるんじゃねーですかね?
「はぁぁぁ……。やられたわぁ……うはぁぁ、超~ドッキリだぁこれ……」
もうくじけそう。
でも負けない……だってここで帰ったらカッコ悪いし。
そこで二つ目のカンテラに火を移しました。
それを空洞の入り口に置いて目印にしろとのアドバイスでしたが、ならちゃんと骸骨があるならあるって伝えるべきです。
「アーーアアーーーッ!」
『ァーーァァーーッ……』
「俺が黒の錬金術師っ、アレクサントだっっ!!」
『アレクサントだー、アレクサントだー……』
ところで遊び心のままに大声を上げたら、これ驚きの立体音響になるじゃないですか。
つまりそこまで極端に広い空間ではないらしい。
やまびこほどは遅れず、カラオケみたいに増幅されてエコーもします。あ、なんか楽しいな。
「行けっ、プラズマプレッシャーパーーンチッ!!」
『パーーンチ……パーンチ……』
あ、なんか調子が戻ってきました、さー進みましょう。
見れば進むべき針路も何となくわかりました。
碧き燐光が道しるべとなって、滑らかで白い地面を照らしてくれていたんです。
知りませんけどいかにも道っぽいので、まずはこれをたどってみましょう。
間違っちゃったら戻ればいいです。
・
進んで、進んで、進んで、進んで……。
あれ、ところで俺どれくらい歩いたんでしょうか……。
暗闇のせいで時間の間隔が狂いだしているのか、進んでも進んでも奥が見えてきません。
先ほどのエコーからすれば、もうとっくに壁へと行き当たってるはずなのに……。
何かがおかしいです。
「ふぅ……ふぅ……息苦しいなぁここ……」
しょうがないので別のことを考えます。
何のためにここに来たんだっけ?
ああそうそう、確か触れ込みは……本当の自分が現れるとかいう試練の洞窟でしたっけ。
いやぁ、漠然とした試練もあったものですね。
そもそも本当の自分とか言われても困るじゃないですか。
心理学の言葉を借りるなら、日常生活で人付き合いに使う仮面がペルソナ。
無意識とも言える、ペルソナの仮面をかけない己自身がイド。
もしそのイドと俺が出会うとすれば、ソイツは何を考え、何を目的にして行動するんでしょうか。
「あ、また人骨踏んだ。でももう慣れたーひゃっはー……気味悪っ……」
お嬢のために不老を手に入れる。
アインスさんの呪いを解く。
ロドニーさんの頼みで依頼を片付けて、アカシャの家の生徒たちに平凡な魔法技術を提供する。
ダリル、アクアトゥス、アシュリーも大事な友達です。
そして自分はどうも認めたくはないですが、なんだかんだ彼らのために動き回ってるふしがあります。
まあ趣味と我欲もバッチリ大きいですけど。
ま、そんな俺の無意識。
無意識レベルの俺。
社会性を排除した俺。
っていうのはもしかして……あ、もしかしなくても、ものすご~~くタチの悪いものなんじゃ……?
たまたまアカシャの家で皆に会えたからいいものの、そうじゃなかった俺って……。
なんかとんでもない方向に道を踏み外しても、これおかしくないって自信がガッツリあるというか……。
うん、我欲に忠実で邪悪かも……?
「あー……また踏んだし……これまた年期入ってる骨だね、ん……うん、このへん骨多いな……ていうか危険地帯?」
本当の俺やらが現れたらどうしよう。
もし遭遇してしまったら……うん、そうか、挨拶でもしてスルーしようか。
だって相手も俺なんだから、事なかれ主義を選ぶでしょきっと。
さあ来い。
やれ来い。
ばっちこい俺!
・
「あれ……? え……あれぇ……?」
ところがどっこい、おかしなことです。
「もしかして俺……ゼルヴちゃんにからかわれた……?」
俺は誰と出会うこともなく、洞窟の再深部にあたる祭壇に到達していました。
お、まさかこれ例の魔神?
異形の神像の前に大きな箱が置かれています。
「うおっ……」
ワッショイとそれを開けてみると、虹色の暖かな光があふれて俺を包み込んでいました。
けどそんだけです。
地味です。
何が変わったのかさっぱり体感できません。
「あー、終わり? 帰るか……」
箱の底を確認すると、あの修練迷宮みたいにメダリオンが無数に入っていたので一枚貰いました。
これが踏破の証ってことでしょう。
ならもうこんなところ用はないです、俺は息苦しいこの世界からせっせと帰還することにしました。
行きはよいよい帰りは怖いとも言いますが、ここでは行きも嫌々帰りもだるい。
わずかばかりの冒険心が惰性に変わり果てています。
地下深くから地上に戻るってだけで、すっかり息も絶え絶え汗と土埃まみれ。
そりゃもう大変な体力を消費することになったのでした。




