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散りゆく桜の真実、ぼくは未来で口づけを  作者: 陽野 幸人


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高杉晋作 7

             *




「本当にすごかったよね。あの講和の空気感は忘れられないよ」


「はい。私も通訳として、とても楽しかったです」


「クオンは古事記の話で怒っていたけどね」


「あれは話を聞かぬ異人たちが悪いのです」


 僕たちは野を歩き、山を越え、目的地へと到着した。


 けれど……。


 肝心の人物が療養している家からいなくなった、と女中に言われてしまう。


 人伝いに聞いて足を進めていく。だんだんと近づいているのだろう。


 豪胆な人。血気盛んな人。深い懐を持つ人。


 会うのは久しぶりだ。


 朝の少し湿った爽やかな風が吹く。


 緑が豊かな山の麓に彼女はいた。

大きくない家屋の縁側で身体を倒し、悠然と広がる青空を眺めている。


「お……来てくれたんだね」


 彼女が身体を起こしかけると、クオンがすぐに駆け寄って背中を支えた。


「遠くから……わざわざ悪いね」


 白い顔だ。頬に赤みがある。

元々、色の白い女性だったけれど、今は血の気が少ないように感じる。

以前よりも痩せて、目尻を垂らす表情も昔とは少し違う。


「高杉さん、お久しぶりです」


 頭を下げて僕が言うと、彼女は掠れた声で返してくれる。


「うん。久しぶり……だね、ミナト。クオンも……久しぶり、ありがと」


「お久しぶりです。このような衣では、お身体によくありませんよ」


 高杉さんは昔と同じように、真っ赤な着流しを纏っている。


「いいの……いいの。ミナトに見てもらいたいから……さ」


 高杉さんは黒い衿元の合わせ目に指を掛けて、白い肌と鎖骨を見せた。


 クオンがすぐに声を張る。


「ダメです……! それはダメです!」


「ふふ……冗談だよ」


 笑う姿は昔のように快活ではない。


 僕の視線は縁の下に逃げ込んでいく。


 光の届かぬ先、そこに蠢くものがいた。

黒猫が身を小さくして、じっとこちらを見ている。


「今日は一張羅でいようと思って……ね。

文を出して……ミナトとクオンが訪ねて来てくれる頃だと思ったから」


 彼女は声を出しつつ、浅い呼吸を繰り返す。


「それにさ……大バカも来る。そんな感じがする。おそらく……夜になるだろうけど」


 大バカ……伊藤ちゃんのことだろうか。

彼女は諸外国と外交、交渉のために奔走していると聞く。


「二人とも、わざわざ来てもらって……ごめんね。

特に用ってことはないんだけどさ」


「いえ、僕たちも高杉さんと話したかったです」


「私も会いたかったです。お土産も持ってきました」


 クオンは彼女の隣に土産の菓子などを並べていく。


 胡座をかく高杉さんは肩を小さく前に丸め、首を少し垂らしている。


 かつて、縁側で三味線を鳴らし、豪快に笑っていた姿はない。


「今……茶でも持ってくるよ」


「私がやります」


 クオンは立ち上がり、土間の方へと歩いていく。


「なに……突っ立ってんの。座りなよ」


 高杉さんに促されて、僕は隣に腰を下ろす。


「薬屋は……繁盛してるの?」


「まあ、生活できるくらいには」


「なに、それ。やめな。無駄な謙遜は……相手との間柄によって変えなよ。

時には必要。でも……使い分けな。私に対しては無礼になるからね」


――変わってない……な。


「すみません。薬は売れています」


「そう……それはよかった。長州のみんなにも、あの薬を売ってあげてよ。

みんなも久しぶりだろうから」


「えっと……なんの薬ですか?」


「月の物に効く……ほら、紅月……」


「ああ、紅月破獄丹(こうげつはごくたん)ですね」


「そう、そう。相変わらず……すごい名だよ」


「前にも言いましたけど、名付けたのはクオンです」


「あの子、そういうところあるよね。

金子があるならさ……今度、京の町で飲み明かそうよ」


「飲み明かすのは、ちょっと……。僕は酒を嗜む程度なので」


「嗜む……か。ミナトは昔から少ししか飲まないもんね」


「あまり得意じゃないんです」


「松陰先生もそうだった……な。稔麿は少し飲んだだけで顔を真っ赤にしてさ。

玄瑞のやつは黙々と飲むんだもんね。一誠さんは大泣きして、すぐに寝る。

俊輔は……山の中に消えていく。

なんか……私だけ大酒飲みに思われるのは……癪だよ」


 高杉さんはクオンの持ってきた焼き菓子の土産を手に取って、小さく笑った。


「懐かしいね。松下村塾で……笑っていたときがさ。

松陰先生がいて……みんながいて」


 高杉さんは急に肩を揺らし、手を口に当てて咳き込む。


 細かく穴の空いたような息をしている。


 土間から戻ったクオンが盆を畳の上に置く。

高杉さんの背後に回り、ゆっくりと背中をさする。


 僕は見ていられなかった。痛みのある咳を繰り返す、その様子を。


 高杉さんの呼吸が落ち着いてきた頃合いで、クオンは自身の橙色の風呂敷を探った。


 手にしたのは小さい薬包紙だ。右の手のひらに乗せ、左手を添えて高杉さんに向けた。


「これは私の調合した薬です」


「労咳に……効くの?」


「病に効く薬ではありません」


「そこは嘘でも……効くかもって言いなよ」


「私が嘘をついても、高杉さんは見破るので意味がありません。

それに私は正直者なのです」


 高杉さんは労咳(ろうがい)という病を患っていた。

後に結核と呼ばれるようになって、薬もワクチンも作られる。

けれど……今の時代では不治の病だ。


「じゃあ、なんの薬なの?」


「戦うための薬です」


 その言葉に高杉さんは首を傾げ、包まれた薬を指先で器用に回した。


 綺麗に正座したクオンが彼女に告げる。


「これを飲むと、ある程度であれば動けるようになります。

もちろん、万全とは程遠いです。それに、時も短いです」


 クオンは出立する前日に薬を調合した。

調合薬研に数多くの薬草を入れて、薬研車を黙々と前後に動かしていた。


 その背中を見ていた僕は、彼女の想いを汲んで止めなかった。


 その一方で、もういいではないかとも思った。


 高杉さんは十分すぎるほど戦ったのだから。これ以上、何を望むというのか。


 しかし……高杉さんは欲するかもしれない。


 僕の二つに揺れる想いは、薬草と共にすり潰されていった。


 浅い呼吸を繰り返す高杉さんが微かに笑う。


「もう……なんにもできないけど……ね」


「いいえ、そのようなことはありません」


 はっきりと否定したクオンは話を続ける。


「あなたは戦います。そういう御人です。だから……私がお手伝いします。

あなたがあなたらしくいられるように」


 庭に風が吹きつける。緑の香りが僕らを包み、高杉さんは鼻を鳴らした。


「言うね……クオン。ありがたく貰うよ」


 そう言って顎を上げ、空を見上げる。


 その様子を見て、高杉さんの成した事柄と勇ましい姿が頭に浮かぶ。


 凶気。奇行。異端。破壊。強行。暴走。


 どの言葉でもよく似合う。


 僕は額を指で掻いてから、彼女に問いかけた。


「高杉さん。高杉さんの昔話をしませんか」


 眉を下げる彼女は、小さく口元を上げた。


「増水した川に……俊輔を突き落とした話?」


「ありましたね。それを見た稔麿ちゃんが激怒して、川に飛び込んで。

多分……あそこまで稔麿ちゃんが怒ったのは、あれが最初で最後です」


「そうだね。俊輔を助けた稔麿が今度は流されて。

あの時のミナトは勇敢だったね。あの時ばかりは正直……焦ったよ」


「さすがに、やりすぎです」


「俊輔が……悪いんだけどね」


「そういえば、理由はなんだったんですか?

久坂さんはどっちも悪いとしか言わなかったんで」


「あいつさ、おはぎを何個も食べたいからって……泥団子とすり替えたんだよ」


 僕とクオンは目を見合わせた。そして、笑い声を漏らす。


「どうやったのか知らないけど……。

うまいこと混ぜ物をして……見た目は、おはぎそのものだった。

しかも……だ。中身に石を入れてたよ」


「重さを調整ですか。

本当に……いろいろありましたね。五十くらいは、その手の話がありますもんね。

高杉さんは、自分が成したことを振り返ることはあるんですか?」


「そんなことを思い出すより、新たなことを考えるよ、私は」


「僕は今でも思い出しますよ。

例えば……建造中だった異国の公使館を焼き討ちしたことも」


「あったね……きれいに燃えてた」


「できませんよ、なかなか」


「やろうと言ったの……誰だっけ……」


「僕は高杉さんが言い出したと――」


「あー、いいよ。玄瑞のせいに……しておけば。

その手のことを言うの、大体は玄瑞だから」


「人のせいにするのはよくないですよ」


「待ちなよ。あんたさ、勘違いしてる」


「なにをですか?」


「私じゃなくて、玄瑞とか他のやつらが言い出したことのほうが多いんだよ。

こう見えても……私は暴挙を止めようとする側だからね」


「そう言われると……確かにそうですね」


 僕は笑い、彼女の成したことを続けた。


「身分を問わずに兵士を集めたことも、藩政をひっくり返したことも、ありましたよね」


「身分を問わず……か。私じゃないよ、それ。

稔麿が先にやっていたことだから」


 二度ほど咳き込む彼女は、口元を緩める。


「誰でもいいんだ……戦う意思さえあれば。

なにかを行うのに人の物差しなんていらない。

己が……どう動きたいか。己はどうあるべきか。

それさえあれば……人はなにかに尽くせる」


 クオンは湯呑みに注いだ茶を僕と高杉さんに渡す。


 少しだけ茶を口にした高杉さんが、ふうっと息を抜く。


「藩とやり合う……藩政を正すためには必要だったけどさ。

身内同士でやり合うのは……嫌だったな……」


「僕は今でもしっかりと覚えています。

高杉さんが百に満たない数で、藩側の数千の兵と戦って勝ったこと」


 功山寺挙兵という反乱を高杉さんが起こしたことで、長州藩の動きは変わった。

あの時の背中は今でも目に焼きついている。

正義派と俗論派が武力衝突し、藩政は討幕という舵を完全に切った。

それが一因となって四境戦争(第二次長州征伐)が勃発する。

高杉さんを筆頭とする長州藩は、攻め入ってきた徳川幕府と諸藩を撃退した。


 それは幕府の権威が失墜するには十分なものだった。

後に長州藩、薩摩藩、諸藩が結託し、徳川幕府を倒す。

御一新(明治維新)が起こるのは、高杉晋作という存在があまりに大きい。


「数か……。確かに数は大事なことだ。でもね、もっと必要なものがあるんだよ」


「それは……なんですか」


「心持ちさ。負けると思っていたら勝てない。

戦うなら……なにかをするなら……己は勝てるんだ、って。

もし、負けたとしても……戦ったことだけは恥じることもない」


 どこかで鳥が鳴いた。


 空を見上げると、一羽の白い鳥が俊敏に飛んでいく。

その姿は、かつて荒ぶっていた彼女を彷彿とさせる。


「二回目の長州征伐のときもそうです。

十万を超える幕府側の軍勢に対し、高杉さんたちは数千の兵で立ち向かった。

圧倒的に不利な状況で幕府を撃退……本当にすごいですよ」


「あんたさ……なにが言いたいの? 今日は……なんか変だ。

いろいろなことを褒め称えて……私になにかしてもらいたいの? まさか、ミナト……」


「ち、違いますよ……!」


 次の言葉を察知し、先に止めてみたけれど、鋭い視線を感じる。


 後方に目を向けると、クオンが僕を睨みつけていた。

まるで、軽蔑という文字が目から飛び出してくるかのようだ。


「ミナト様」


「ち、違うって……! 高杉さんのことを本当にすごいと思って!」


「褒めて共感し、おなごの心を惹こうというのは愚劣な考え方です!

見え透いた言葉の飾りに騙されるほど、私たちは安くありません!」


「どうして自分のことも含んでいるのさ!

大体、僕は――いたっ……!」


 急な痛みが走る。足元を見ると、足首の皮膚が少し白くなっている。


 出血はしていないが、先程の黒猫が僕の足の動きに驚いて引っ掻いたのだろうか。


「お天道様が見ていたのかもね。ミナトの心をさ」


「おケガはありませんか、ミナト様」


 クオンは後方から僕の足を覗く。


「心配しすぎだよ、クオン。昔からそうだよね、あんたは」


 高杉さんは咳き込みながらも笑う。


 僕は前かがみになって、足首を撫でる。


 そうしていると、どうしても考えてしまう。


 今の足にあるのは微かな痛み。心の中には深い痛みがある。


 高杉さんに伝えたいことがあった。

前から思っていたことだけれど、いつも迷っていた。


 そのことを話せば、不審に思われる。


 わかっている。わかっている……というのに。


 恐る恐る彼女に目を向けると、小首を傾げて微笑んでくれた。


 言うべきか。言わないべきか。


 黒い瞳で僕を見てくれる。


――今、言わなかったら……。


――もう二度と……伝えられないかもしれない。


 胸を巡る二つの想いは、砕け散った。


 高杉さんに向けて、深く頭を下げる。


「なに……急に。どうしたの」


 どうしても伝えたかった。どうしても聞きたかった。


 未来と過去を生きる者として。僕はずっと言いたかった。


「ありがとうございました」


「だから……なんなの」


「高杉さんがいてくれたから……日本は奪われませんでした」


「また……持ち上げるのか」


「いいえ。心から……思っています。

高杉晋作がいてくれたから、日本は異国に奪われませんでした。

日本を攻めても異国に利が少なかった。異国は国内で戦をしていた。

もしかしたら、そうかもしれません。異国同士の牽制もあったはずです。

でも……僕は高杉さんが四カ国連合を相手に、一歩も引かなかったからだと思います」


 異人たちは悟ったはずだ。

日本を武力で奪い取るには、多大な犠牲を払うことになる、と。

欧米列強が大砲を撃ち込めば、すぐに降伏してきた国々とは違う。


 薩摩藩がイギリスと戦った薩英戦争。


 長州藩が四カ国連合と戦った馬関戦争。


 異国が近代兵器という武力を誇示しても、日本人は刀を手にして突撃する。

負けるからといって、相手の言いなりになる降伏という道など選ばない。


 そして、高杉さんが講和で見せつけた、決して折れない心と日本人としての誇り。

彼女たちの勇ましい姿が異人を畏れさせ、日本を守った。


 僕は顔を上げず、縁側から下りる。


 地面に膝をつけて、両の手を揃えた。そのまま深く頭を下げる。

目の前にある土の匂いが鼻に入り込む。


「なに……してんの」


「すみませんでした」


「ミナト様……」


 クオンの呟きが聞こえた。僕はもう一度、高杉さんに言う。


「すみません……でした」


 高杉さんが日本を守ってくれた。


 僕の生まれた未来ではどうだろう。


 言わなければいけなかった。


 どうしても、言わなければいけなかった。


 未来を生きる者として。幕末を生きる者として。


 下駄の軽やかな音がして、桃色の着物の裾が視界に入った。


 クオンは僕の肩に手を添え、身体を起こそうとする。


「ミナト様……顔を上げてください。どうしたのですか」


「待ちな、クオン。ミナト……なにがあったの」


 呼吸を整える。目が熱くなる。涙が込み上げてくる。


 悔しかった。胸に秘めた想いが涙と共にあふれる。


 謝りたかった。高杉さんだけではない。すべての偉人たちに謝りたかった。


 日本のために戦ってくれた人たちに謝りたかった。


 日本を守ってくれた人たちに……謝りたかった。


「変なことを言います」


「いいよ……構わない」


「この先、日本の者が異人と謀り、日本を貶めるとしたら高杉さんはどう思いますか。

高杉さんたちが命を懸けて守ってくれた日本です。

私欲のために日本を喰い物にする者たちがいます。

高杉さんは……どうされますか」


「顔を上げな、ミナト。私の言葉を聞きたければ……面と向かって言いなよ」


 袖口で涙を拭い、ゆっくりと顔を上げる。


 そこにあったのは、昔と変わらない力強い瞳だった。


「それは……簡単なことだろ」


 彼女は掠れた声で続ける。


「戦え……戦いなよ。正すべきことがあるなら、どのような形であっても戦うべきだ」


「ですが……戦う者が少なかったら」


「少ない……か。あんたがさっき言っていた昔話を思い出せ」


 歯を食いしばって、高杉さんを見つめる。


「戦いな。後ろ指をさされても戦え。

己が正しいと思うことがあるなら、逃げずに向き合いな。

己が成せなかったとしても……その想いが繋がれて、いつかは変わる。

その時は……私たちの勝ちだからね」


 息をのむ。熱き魂は今も変わっていない。


 松陰先生は死を迎える前に、高杉さんのことを言っていた。


 人のため、道のため、国のために彼女は咆哮する、と。


「高杉さんのようには……できません。あなたのように戦うことは……僕には」


「それなら私が一緒に戦ってやる。

背を向けて恐れるな。見て見ぬ振りをして通り過ぎるな。

私が……いつでも一緒に戦ってやるから」


 涙が頬を伝う。喉元が重くなる。


 目の前の人は正に「信念」を持って生きている。


 だからこそ……悔しかった。


 僕はどうであろうか。どうあるべきだろうか。


「ミナト、立ちな。私の前に……立て」


 藍色の着流しの袖で目元を拭っても、涙は止まらない。


 真っ赤な着流しを濡れた瞳で見た。


 その瞬間。


 僕は彼女に引き寄せられ、弾力のある柔らかさと心地よい温かさに包まれた。


「なにがあったか……知らないけどさ。その涙があるなら大丈夫だ。

あんたは大丈夫だよ。私は……あんたが強いって知ってるから」


 嗚咽が漏れてしまう。


「あんたは松下村塾の門下生だろ。

松陰先生も、みんなも、一緒に戦ってくれるさ。

そのことだけは……忘れるなよ、ミナト」


 優しい香りのする胸に顔を埋めた。


「クオンも来な、ほら」


「私は……けっこうです」


「今も気にしてるね。悔やんでるでしょ」


「なにを……でしょうか」


「以蔵のこと。あの子……私のところに来たことがあってね」


「以蔵ちゃんが……」


 クオンの寂しげな声が聞こえた。


 僕の涙は止まらない。喉元が熱くなる。


 高杉さんはクオンに言葉を続けた。


「あいつさ……私に話すのは、いつも二人のことだった。

笑顔でたくさん話してくれたよ。二人のこと……本当に慕ってたんだ」


「以蔵ちゃん……」


「ほら、来な……クオン。私の胸を貸してやる」


 僕の隣に来たクオンの頭が触れる。


 高杉さんは僕たちを強く抱きしめてくれた。


「一人で泣く者がいたら抱きしめてあげな。

進む道が見えなくなった、そんなやつがいたら、一緒に泣いて、一緒に笑ってやれ」


 彼女の身体は労咳で弱っている。


 しかし……とても強かった。とても温かった。


 僕とクオンは高杉さんの器の広さによって、涙を流し続けた。


 炎天下より熱く。迎え火より明るく。篝火より激しく。


 彼女の熱き魂は心の真ん中に今も存在していた。




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