岡田以蔵 6
「うちも……白いおまんまと肉を食っていいがか?」
そう言った以蔵ちゃんの小さな手は、膝の上で震えている。
「もちろんです。以蔵ちゃんに食べてほしかったのです」
菜箸を掴んだクオンが、程よく煮えた牛肉を丁寧に皿へ移す。
それを以蔵ちゃんに向ける。
皿を受け取った彼女は、僕とクオンの顔を交互に見た。
震える箸で牛肉を掬い上げて、そっと卵につける。
肉を口に入れて噛んだ、その瞬間。
目を大きく開いた。
「わあ……」
綺麗な丸み帯びた顎がゆっくりと動く。それに合わせるように目尻は垂れた。
「これが牛の味かえ……」
「おいしいですか?」
クオンは山盛りにした白米を以蔵ちゃんへ向けた。
「うまいちや……」
以蔵ちゃんは続けてご飯を口に含み、下を見ながら飲み込む。
鼻を啜り、濃い灰色の着物の袖口で目元を強く擦る。
「ねえね……ミナト……ありがとう」
「どんどん食べてください。お肉も白米もいっぱいありますから。
今日は、お腹いっぱい食べてください」
以蔵ちゃんは嗚咽を漏らして、何度も礼を言う。
「ありがとう。うちは……うちは……」
それを見たクオンが立ち上がり、言葉に詰まる彼女の傍に座って、背中を優しく撫でる。
「うちは……いつも一人で飯を食うきに。
こう誰かと家で食べるんは……国にいたとき以来じゃき」
「以蔵ちゃん。ネギを巻けば、もっとおいしくなるよ」
僕の言葉にうん、うん、と頷く。
以蔵ちゃんの指先は震えて、箸が床へ落ちそうになった。
落ちる前にクオンが箸を掴み、彼女の指の間に優しく戻す。
「うちは……嬉しいぜよ」
「はい。私も以蔵ちゃんが食べてくれて、おいしいと言ってくれて嬉しいです」
甘辛い牛肉の汁が黄金色の卵の中に落ちた。
卵がよく絡んだ肉は、以蔵ちゃんの口に入る。
「えへへ。うまいちや……」
頬には涙が伝っていた。
彼女は人を斬る。
普段は血の匂いを纏ったまま、一人きりの座敷で冷たい食事を摂る。
そのような姿を想像してしまい、胸が締めつけられた。
二人の笑顔を見ていると、薬と称して肉を売る店主の眼光の鋭さを不意に思い出す。
「そういえば、味噌漬けの豚肉は?」
「味噌漬けは味が濃いので洗ってあります。
今回は焼き物にしようかと。すぐに用意しますね」
「いいよ、クオンは食べていて。僕が焼いてくるから」
クオンが土間に用意していた七輪で、僕は味噌漬けを焼いていく。
豚の脂が炭に落ちて、ぱちぱちと鳴り、肉の焼ける香ばしい匂いが食欲をそそる。
背後の座敷から、元気の良い声が聞こえた。
「ねえねも食べるがぜよ!」
振り返ると、二人は並んで、笑顔で牛肉をつつく。
「これを食うたら、坂本さんも好きになるぜよ!」
「坂本龍馬は軍鶏がお好きと言っていましたよ」
「あ、そうじゃき。けんど、ねえねの牛を食いよったら好きになるぜよ!」
「ありがとうございます。今、坂本龍馬はどこにいるのですか?」
「うちは知らん。脱藩してから行方がわからんぜよ」
「いろいろなところにいるんでしょうね。坂本龍馬は神出鬼没ですから」
その微笑ましい姿を見ていると、表の引き戸から物凄い衝撃音がした。
びくっと身体が震える。
侵入者を拒む心張り棒が、ぎしぎしと音を立てる。
すぐに近づくと、何者かが戸を叩いている。
目の前の木の板に少し触れると、再び激しい音が出た。
思わず仰け反る。
戸が歪む。おそらく蹴り飛ばしている。一回、二回と。
木の板一枚の向こう側で戸を蹴飛ばす者など、およそ真っ当ではない。
クオンと以蔵ちゃんも土間に下りてきた。
また激しい音が響く。引き戸だけではなく、壁も蹴っているようだ。
家が揺れる。次いで板の向こうから聞こえた声に、僕は顔を歪めた。
「開けな! いったん、いったんね!」
篠原泰之進さんだ。
「うらあ! さっさと開けな……!」
唾を飲み込み、戸の先にいる彼女に声をかけた。
「なんですか、こんな夜に」
「この匂いはなんだい! うまそうなもんを一人占めしてんのかい!」
「やめてください。そんなに大声を出したら、近所に迷惑ですよ。
それに戸が壊れるんで、蹴ったりしないでください」
「黙りな! ミーナートー! ミ、ナ、ト!」
心張り棒が外れそうなほど戸が軋む。
「ミナト、知っとるもんがか?」
以蔵ちゃんは一切動じることなく、目を丸くして僕に聞いてきた。
「うん……知ってはいるけど。
こうやって食べ物を取られたりするんだ。隠していた金子を盗まれたこともあるんだよ」
「金子の件は、ミナト様の想像です」
「あの人だよ」
「ねえねとミナトの敵がか?」
「敵とは思っていないけど……まあ、嫌な思いはたくさんしてるよ」
「ほいたら、うちに任すぜよ」
彼女は微笑む。戸は今も激しく叩かれる。
「ミーナートー! 食わせないなら焼き討ちにしてやるからな!
いいのかい! 近くの家のやつらまで焦げることになるぞ……!」
以蔵ちゃんは心張り棒を外した。
外からの力で、戸が一気に横に動く。
そこに立つのは顔を酷く歪めた篠原さんだ。
「ミナト! ワシに隠れてうまいもんを食ってるな!」
引き戸の枠に手を掛けた篠原さんは、家の中に入ろうとする。
しかし……。
以蔵ちゃんの小さな身体が、篠原さんの前に立ちはだかった。
篠原さんの膨らんだ腹に、以蔵ちゃんは左手で押し出した刀の柄頭を食い込ませる。
「おまん、人の家に訪ねるゆうのに無礼ぜよ」
「なんだい、あんた。ワシの前に立つな! 小虫が!」
目を見開く篠原さんは唾を飛ばし、叫んだ。
叫んだ……が。すぐに顔を引き攣らせた。
「今すぐ帰るんやったら、許しちゃる」
「な、なんだい、あんた。ワシは誰もが平伏す、篠原――」
「帰れ言うとるぜよ」
「あんた……誰に向かって――」
瞬きを一回しただけだった。
以蔵ちゃんが抜き放った刃は、篠原さんの弛んだ首筋に触れた。
一寸の狂いもなく刃が肉を舐めている。
「ひっ……待て、待て!」
「おまん、ねえねとミナトに酷いことしちゅうが」
身を低くし、刀を握る以蔵ちゃんが鋭く睨む。
篠原さんは太い手を前に振り、厚みのある唇が動く。
「話を聞け! いったん、いったんね! ワシは共に飯を食おうとしただけだ!」
「こがいな乱暴をして、共に飯を食うがか?」
「そ、そういうこともある! このような振る舞いもできる仲であると!
人との関わりは広い! 世の中は広い……! 人とは深いものだ!」
「この二人に悪さするゆうなら、うちがおまんを殺すきに」
「待て、待て……! なぜそうなるんだい! 落ち着け! 話を聞きな!」
「二人に乱暴をしないと誓うがぜよ」
刃は引かれず、ぐっと首の肉に押し込まれる。
「わ、わかった! いったん、いったんね!」
以蔵ちゃんは刃をそっと離すと、滑らかな所作で納刀した。
クオンが土間で何かを持ち、座敷へ戻っていく姿が視界に入る。
篠原さんは冬だというのに、顔から汗を滴らせていた。
荒い呼吸をする鼻の穴は、大きく広がっている。
しばらく無言のまま、硬直状態が続く。
以蔵ちゃんは篠原さんを真っ直ぐに見つめた。
「おまん、忘れるながぜよ。二人に酷いことしゆうなら、うちが殺したるきに。
逃げても、地の果てまで追いかけて斬っちゃる」
「待て、待て。なんでも斬ることで解決するな。
話せば、わかるものだ。話し合わずして――」
「斬っちゃる。口を開く前に斬るがぜよ」
言葉を遮られた篠原さんの舌打ちが土間に響く。
顔を歪めた彼女が踵を返したときだ。
「お待ちください」
クオンが座敷から下りてきた。
「よかったら食べてください」
篠原さんに近づいていく彼女の手には、竹の皮に包まれた大きな握り飯がある。
僅かな隙間から茶色が見える。おそらく甘辛い牛肉を握り飯に巻いているのだろう。
「これだけかい?」
「大きめに握ってあります」
「ちっ……!」
篠原さんはクオンの握り飯を横から毟り取るように奪う。
礼を言うこともなく、彼女は闇夜に駆け出した。
「うらしゃあ!」
戸を閉める前に、僕は外に顔を出して、大きな背中を見つめる。
大柄な身体からは想像もできない駆け足の速さで、暗い夜道に溶け込んでいく。
篠原さんは一度も奉行所の人たちに捕まったことがない。
誰よりも追いかけられているというのに。
思いもよらぬ人の乱入のせいで、豚の味噌漬けはこんがりと焼けてしまった。
新たに焼き直し、僕たちは座敷へ戻って食卓を囲む。
「ねえねの牛は日の本で一番ぜよ!」
「あまり牛を連呼しないでください。
これは薬なのです。御公儀に知られたら、私が死罪になってしまいます」
「幕府のもんなんぞ、うちが斬ったるきに! ねえねには手出しさせん!」
「ふふ、お願いしますね。もっと食べてください」
「うまいもんを二人と食えるんは嬉しいき! うちは誰よりも幸せもんぜよ!」
――よかったね、クオン。
己の信じる道をひたすらに歩く以蔵ちゃん。
そこには血の匂いと死の匂いが混ざり合う。
今夜は温かい食事に包まれてくれただろうか。
何気ない日こそ、多くの人が願うべき幸せだ。
僕たちは笑って、互いの顔を見ていた。
*
「おまん! 起きろ言うとるぜよ……!」
布団に重みを感じて、目を開ける。
身体の上には以蔵ちゃんが乗っていた。
ぶるっと身体が震えるのは、毎朝のことだ。
手足の感覚が鈍い。冷たい空気が鼻から入り込む。
なぜ、こんなにも寒いのか、クオンに問いかけたことがある。
どうやら日本家屋というのは、夏を快適に過ごせるように造られているらしい。
入り込む隙間風も、床から伝わる冷気も、薄い布団も身体を突き刺してくる。
まったく寒くてかなわない。
「ミナト……!」
「起きているよ。寒いから出たくないんだ」
「ねえねが朝げを作ってくれたきに! 一緒に食べるぜよ!
そんあとは遊びに行く約束ぜよ……!」
今日は三人で川へ行く。昨夜、寝る前から彼女は騒いでいた。
「ミナトに魚の獲り方を教えちゃる! 網を使う獲り方も!」
「いいよ、僕は。見ているだけでいい、寒いし。
そもそもさ……網を使うって川の中に入るつもり?
この寒さの中でやったら死ぬよ、きっと」
「な、なんを言うがか……! 男がそがいなこともできんでどうするんじゃ!
魚はタダやき! 獲らんでどうするがか!」
「渓流では獲ったことあるよ。
みんなで川に入ってさ。以蔵ちゃんみたいに詳しくはないけど」
以蔵ちゃんを布団の上から下ろして、のっそりと身体を起こし、頭を掻く。
一気に冷気が身体を包む。やはり寒さは苦手だ。
朝げには、昨夜に余った豚の味噌漬けが野菜と共に汁物になって並ぶ。
脂が浮かんで、なかなか冷めない豚汁は、冷えた身体を温めてくれる。
食べきれなかった牛肉は細かく刻まれて、海苔と共にご飯に混ぜ込まれていた。
僕たちは朝げを食べ終えてから、ひんやりとする外に出た。
ゴンさんの家に、釣り道具を借りるために立ち寄る。
彼が畑に行くと言ったから、僕たちだけで納屋の中から釣り竿などを取り出す。
準備が終わり歩き始めると、背後から風を切る音がした。
以蔵ちゃんが網を手に持ち、顔を綻ばせている。
僕は鼻水を啜った。
「その網、どうしたの?」
「納屋にあったから借りたぜよ」
「人の物を勝手に持ってきたらダメだよ。
竿と魚籠を借りるとは言ったけど、網のことは言ってないんだから」
「か、借りたきに……」
「盗んだね。ゴンさん、以蔵ちゃんのことを見て逃げたじゃん。話してないよね。
こういうときは、正直に言ったほうがいいよ」
「借りたきに……!」
網を持つ以蔵ちゃんの手をクオンが包んだ。
「名案です。これで大量の魚を獲りましょう」
僕は溜め息をついて、二人の結託を壊すことを寒空の下、天に誓った。
「それは盗人だよ。篠原さんと同じ。
釣り道具を借りるとしか言ってないし、網が切れたりしたら大変でしょ」
「網も釣り道具ぜよ。切れたら直せばええがじゃ。
昨日のケンカを止めた礼に借りたきに」
「ゴンさんに言ったの?」
以蔵ちゃんは民家が立ち並ぶ方向に目を向け、網をすっと背後に隠した。
「言葉にせんでも伝わっとるがぜよ」
「伝わらないよ」
きっ、とこちらを睨む以蔵ちゃんのせいで、一瞬、息が止まる。
「ミナト様。これでたくさん魚を獲って、佃煮にしましょう。家計も助かります」
「ほうじゃき! ミナトが稼がんから、ねえねが苦労するぜよ!
うちを悪く言う前に、己のことを見ないといかんぜよ!」
――いや、稼いではいるんだよ。
「だいたいさ、網を使って魚を獲っていいの?
川にも縄張りとかあるんじゃないの?」
「それは知らん」
ぷいっと顔を逸らし、僕の隣を抜けていく。
「クオン、どうなの?」
「はい。許可を取らず、網での漁業は禁止されていると思います」
「ほら。以蔵ちゃん、ダメだってよ」
軽い足取りの以蔵ちゃんが振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「ならぬことはならぬもの、やきに」
「じゃあ、ダメじゃん。会津の什の掟も盗んでいるし」
「ええがじゃ。恵みはみんなのもんじゃき。なんで独占するがか。
天からの恵みを独り占めするようなもんらは、みんな天誅じゃ」
彼女は自身の首元に手刀を置いて、斬る真似をして見せた。
――冗談に聞こえない……。
「ミナト様。背に腹は代えられません」
「そんなに困ってないでしょ。嫌だよ。奉行所の人とか来たら。
どうせ僕が責められるんだよ。尋問の後で拷問されたら、どうするのさ。
最初は太い木で叩かれるらしいよ」
「そのときは私が助けますから、安心してください。奉行所なんて壊してやります」
「そうじゃき。奉行所の連中なんぞ、これで全員締めちゃるがぜよ」
以蔵ちゃんは網の端と端を持って、ぴんと張る。
「楽しみぜよー。フナもコイもたくさん獲っちゃる。ウナギもいいがぜよ。
ねえね! どっちが多く獲れるか競争じゃ!」
「負けません! 私が勝ちます!」
――あとでゴンさんに菓子を添えて謝ろう。
勝利宣言の握りこぶしを作ったクオンのところへ町人の母子が近づいてきた。
どうやら先日送り届けた薬の礼などを述べている。
その後ろにある暗い路地が目に入ると、昨日のことを思い出してしまう。
怪しげな女性。彼女は何者なのだろう。
以蔵ちゃんが撃退してくれなかったら、どうなっていたのだろうか。
鼻から息を抜く。以蔵ちゃんは僕の隣に来て、背伸びしながら耳打ちした。
「ミナト、いつやるがか?」
「うーん……今日はできないよ」
「おまんなら大丈夫じゃき。うちにはわかるぜよ。
ミナトは他のもんと匂いが違うきに」
「匂いって……」
「怖がっちょったら見えるもんも見えんくなるき。
怖くて動けんことがあるのは、よく知っとる。
けんど、大事なもんを胸に隠しとるだけじゃ伝わらんぜよ」
僕が溜め息を漏らすと、背中を強く叩かれた。
「おまんは良い男じゃき」
「そんなこと言われてもさ。あ、もしかして僕のこと好きなの?」
悪戯心で問いかけると、顔を逸らした以蔵ちゃんとは別の声が僕に向けられた。
「なんの話をしているのですか」
クオンが無表情で僕を見ている。
「え……いや、別に」
彼女と会話していた母子は頭を下げ、笑顔で立ち去っていく。
「ミナト様。今『僕のこと好きなの?』と問いかけていましたね」
「誤解だよ」
「誤解……? 否定しないということは、やはり言ったのですね?」
胸の前で手を重ねたクオンは、追撃の言葉を続ける。
「私には聞いてくれたことが……ありませんよね」
「だから……違うって。その場の流れで言っただけだよ」
「やはり言ったのではないですか! 私には言ってくれませんよね!?」
銀髪の何本かが外に動いた気がする。乾燥した空気のせいか。それとも別の力か。
「ダメです! もう……もうダメです!」
「ね、ねえね! 違うきに!」
「以蔵ちゃん! ミナト様は私には聞いてくれないのですよ!?
そのようなことは一度もありません! これは……もうダメです……!」
「ミナトはアホじゃから言葉にできんぜよ!」
「ミナト様は私といるとき、つまらなそうにすることがあるんです!
話しかけても『うーん、そうだね』って!」
――それくらいは……あるだろ。
「そんなことないき! あ、あれじゃ!
ミナトは……毎日、ねえねのこと考えとる言うとったぜよ!
昨日の帰りにも言うとったきに! 止まらんて!」
「そ、そうなの……ですか?」
クオンは僕を見て眉を下げる。
「ねえねのことを考えんと、頭から血がびゃーっと吹きでる言うとったきに!」
「そんなこと言ってな――」
「おまんは黙っちょれ……!」
左手の親指を刀の鍔元に掛けた以蔵ちゃんは凄んだ。
――こ、殺される……。
「ミナト様……」
「な、なに……」
「私のことを毎日考えてくれているのですか?」
「それは――」
「おまん……変なことを言うたら、三条河原に晒すことになるき」
――ひいっ……! 目が本気だ……!
「ねえね、ミナトは大丈夫じゃき。アホやけど、間違ったことはせん男ぜよ」
「ですが……ミナト様は私のこと疎ましく思うことがあるのかなって、不安になるんです。
私が隣にいてもいいのかな……と」
「気にせんでええぜよ! ミナトは、ねえねのこと信じちょるきに!」
「そのようなことは……ないのです」
「大丈夫ぜよ! こんアホは口下手なだけじゃき!」
以蔵ちゃんはクオンの腕を掴んで、僕たちの間に入れた。
「ねえねは真ん中! うちは左! ミナトは右ぜよ!」
彼女はいつも立ち位置を気にする。
出会ってからしばらくして、そのようなことが暗黙の了解になっていた。
僕と二人だけで歩いた昨日も、必ず左側に立っていた。
それが彼女の誇りや優しさであると、僕は知っている。




