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散りゆく桜の真実、ぼくは未来で口づけを  作者: 陽野 幸人


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幕間 クオン

「壬生浪士組ってカッコいいなー。

でもさ……芹沢鴨さんって、わるい人だね。あばれ回っているなんて」


 歴史の授業をしていると、隣に座る彼は私に真っ直ぐな瞳を向けた。


 この家に来てから一年が経過し、ミナト様は小学五年生になった。


「それはどうでしょうか。

伝えられた話を事実として鵜呑みにすることは、避けたほうが賢明です。

歴史というものは改変されるものです」


「かいへんかー」


「はい。人の評価とは他人の主観です。

個人の発言、評価に流されてはいけません。

さまざまな思惑が入り乱れていますから」


「うん、なんとなくわかるよ」


「自分をよく見せるために、相手を貶めることも多々あります。

特に人が持つ嫉妬、憎悪などは大いに関係します。

歪んだ自己顕示欲と承認欲求で虚言を吐く者もいます。

それは歴史を遡っても同じことです」


「へー、そういうものなんだ」


「歴史とは常に懐疑的に考えることが大切です。

後世の人間が語る話は、勝者側の記録であったり、敗者の恨みであったりします。

創作された内容、それを真実であると思い込む者も多くいます」


「あー、小説とかもそうだよね」


「はい。疑うことは人にとって大切な要素で、歴史を疑い見ることも学びなのです。

それに歴史を学ぶとは、今の学校のように暗記をすることではありませんでした。

一部の教育者は、こんにちとは違う方法で教えていたのです」


「どういうこと?」


 小首を傾げたミナト様に、私は伝える。


「見たことのない時代の状況、状態、人。

当時の人は、なにを感じたか、なにを考えたか。

それらを想像して、自分だったらどうするかを考える。

そのような教育が、かつては存在していたのです。

昔は『偉人』と『自分』で心の中で対話していたのですね。

ですが、これは失われてしまいました」


「うしなわれたって、なんで?」


「時の政府と外国の考えがあったのです」


「あ、もしかして、明治政府?」


「おっしゃるとおりです。

明治政府は日本が植民地になってしまう懸念から、欧米列強に並ぶ必要がありました。

すぐに近代国家を作るためには、個人よりも、国民が同じ方向を見ることが必要です。

一人一人が議論を交わすよりも、共通の想いを持つことが優先されました。

ですから、議論や対話の代わりに、日本の成り立ち、日本の神話を与えたのです」


 私は棚に収められた学校の教科書を見つめた。


「神話って古事記や日本書紀のことだよね」


「はい。さらに時代は変わり、効率化というものが顔を出します。

第二次世界大戦後、一つの答えを覚えることが優先されました。

ですから、勉学から対話や議論を除き、答えを覚えるだけになってしまったのです」


「じゃあさ、ぼくが学校でやっている歴史って……」


「はい。数字と文字を暗記するだけのものです」


「覚えるだけなら、つまらないよね」


「ですから、ミナト様には想像力を養っていただきたいのです。

過去を振り返れば必ず人がいます。人の営みがありました。

人の想いが確かにありました。それらを考える力を持ってほしいと私は思います」


 人工生命体である自身が「人のこと」を熱弁するのは滑稽であると思う。


 自らを憐れに感じ、目を伏せる。


 ミナト様は相変わらずの探究心を見せてくれた。


「松下村塾もそうだったのかな?」


 そう言って左手の指先でくるくるとペンを回す。


 私はその手首を優しく掴む。


「はい。吉田松陰さんが主宰する松下村塾は、対話と議論を重んじていたようです。

共に学ぶ者と『自分であれば、どうするか』という議論をしていたのですね」


「話してみたいなー、吉田松陰さん。どんな人だったんだろうね」


 私を見るミナト様の顔は穏やかだ。

彼は人工生命体である私にも別け隔てなく接してくれる。


 タブレット端末を指先で操作するミナト様の横顔を私は見つめた。

目の前の空間には、幕末のシミュレーション映像が映し出される。


「ねえ、クオン。偉人さんのことをもっと知りたいって思ったらさ。

偉人さんたちと話せたら……ほんとうのことがわかるのかな?」


「はい。深く知れば、心の内と人格がわかると思います」


「会ってみたいなー。もしかしたら、芹沢さんも違っているのかもしれないよね。

話で伝えられた人と、じっさいの芹沢さんはさ」


「ミナト様はどのように感じますか」


「うーん。荒れてはいたのかもしれない。

でもさ、芹沢さんがいたから、維新志士は壬生浪士組には手を出せなかったのかなって。

そういうふうにも考えられるよね」


「壬生浪士組が潰されずに、新選組という大きな組織になれた理由ですね。

藩と藩の政治的な牽制がありつつも、別の力が影響しているということですね。

その礎を築いたのは、筆頭局長であった芹沢鴨さんという存在が大きい、と」


「うん。ふつうに考えたら、過激な人たちに襲われるよね。

維新志士たちも芹沢鴨さんがこわかったんじゃないかな。

どんな人だったんだろ。会ってみたいなー」


 映像を見つめる瞳には、少年の煌めきがあった。


「ミナト様。私は夕食の準備がありますので、そろそろ失礼いたします」


 私は彼に勉学を教える以外にも、家事全般を行うなどの役割があった。


 人工生命体には他の役目を担う者もいる。

私たちを購入する理由の一つに、そのようなものがあった。


 感情や意思は必要ない。相手の言うことを聞くだけの存在。


 受け入れることが正しい。どのようなことであっても。


 しかし……。


 それは違うと笑い飛ばす人工生命体たちがいた。


 同じ施設で切磋琢磨していた者たちだ。


 いつかの夏の日。みんなでサイダーを飲んだ日。夜空に花が咲いた日。


 小さな……大きい夢を見て、彼女たちは私の前から去っていった。




             *




 キッチンで野菜を切っていると、明るい声と足音が背後から聞こえた。


「クオン! 手伝うよ!」


「はい。ありがとうございます。

それでは、みじん切りにした玉ねぎを飴色になるまで炒めてください。

少しの塩を加え、浸透圧で水分を抜いてください」


「うん!」


「不正はダメです。決して手抜きはせずに、弱火と中火でじっくりと炒めてください」


「うん、わかってる!」


 私が家に来た当初こそ不慣れだった彼の手つき。

回数を増すごとに立派な料理人へと近づいていた。


 私を購入したミナト様の父親。その父親も母親も、彼の小さな成長を知らない。


「今日はハンバーグを作ります」


「やった!」


「ブラートカルトッフェルンとスープも作ります」


「な、なにそれ……長いよ」


「ドイツ料理です。日本ではジャーマンポテトに相当します。

それと……サラダは十種類以上の野菜で大量に作ります。これは大切なことです」


 私の言葉に彼は眉をひそめた。


「そうやって野菜でマウント取ろうとしてくるけどさ。まえにも言ったよね?

ぼくは野菜きらいじゃないから。友だちには野菜がきらいな子もいるけど」


「念のため、お伝えしました」


 二人で作った料理を食卓に並べていると、ミナト様の母親が自室から現れた。


 特に言葉を出すこともなく、こちらを見ることもない。


 ぼんやりと光る端末からほとんど目を離さず、自分の分の夕食を手に取った。


 あらかじめ盆に乗せていた料理だ。食器の触れ合う音だけが出る。


 ミナト様も特に声はかけない。


 母親の背中が見えなくなってから、彼はぽつりと呟いた。


「ぼくも……手伝ったよ」


 ミナト様の両親は共に食事を摂らない。

母親は自室で仕事をしていて、あまり出てこない上に、外出するときは一人で出ていく。

父親は会社を経営するエリートで、外食が多いからか、自宅でほとんど食事をしない。


「クオン、食べよ!」


 彼は両の手を合わせて笑った。


 私は普段からミナト様と食事をして、休日ともなれば三食とも一緒に食べていた。


 最初は人工生命体という立場から、食事を共にすることを拒んだ。


 私はキッチンの隅で活動に必要な分を素早く摂取すればいいと思っていた。


 しかし、彼は引かなかった。食事をするなら一緒に食べたほうがおいしい、と。


 そういうところが施設にいた頃の友に似ていた。


 食べ物から取ったあだ名で呼び合う……揚げ出し豆腐ちゃんたちによく似ていた。


 彼女たちに託された想い……私は果たせていない。


「口に合いますか、ミナト様」


「うん! おいしいよ! いつもありがとう!」


 ミナト様は顔を綻ばせる。私に優しい言葉をくれる。


 それらを貰うたびに、身体の中心がじんわりと温かくなる。


 けれど……相反する冷たい言葉が浮かんできてしまう。


 瞼の裏側に。受け入れてはいけない、と。

共に過ごすことが痛みに変わることもある、と。


 私は今までの経験から……そのことを知っている。




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