【第2章】 第19話
初夏の陽光が、王都の目抜き通りを容赦なく照りつけている。
魔王城から持ち帰られた報せは、風に乗って瞬く間に街中を駆け巡った。
「英雄エドワードが、魔王に討たれた……!」
広場に集まった民衆のさざめきが、まるで巨大な獣の唸りのように膨れ上がる。
だが、その声のどこを探しても、悲嘆の色は欠片も混じっていなかった。
老若男女、誰もが瞳を異様な熱に燃やし、興奮のままに言葉を交わしている。
「嘘だろ。あんなに完璧な騎士が、魔王ごときに?」
「おい、次は誰が出るんだ? まだ志願者はいるのか?」
「当然だ。あの『伝説』を終わらせられるのは、俺たちの中から現れる新たな英雄だけなんだからな」
噴水広場の縁に腰を下ろしていた男が、ジョッキを空にして勢いよく立ち上がった。
その顔には、死者への追悼など微塵も存在しない。
そこにあるのは、劇場の幕間を待つ観衆のような、軽薄で無機質な期待だけだ。
彼らにとっての「英雄」とは、命を懸けて世界を救う人間ではない。
自分たちの日常という退屈な物語に、彩りを与えるための娯楽なのだ。
強すぎる暴力という名の災害を打ち倒し、その死に様で我々を熱狂させてくれる、消費されるべき偶像。
「北の騎士と西の傭兵の次は!」
「どっちでもいい! 早く次を見せてくれ!」
民衆の視線が、魔王領へと続く街道の彼方へと一斉に向けられる。
その瞳の奥底に淀んでいるのは、かつてラインハルトに向けられたものと同じ、底なしの悪意【ルサンチマン】。
英雄の死を糧に、新たな悲劇を待ちわびる飢えた魂の群れ。
石畳の上を、風に舞った枯れ葉がカサリと音を立てて転がった。
その場にいる誰一人として、泥に塗れて朽ちていった騎士の最期を思い浮かべる者はいない。
ただ、英雄という名のパレードが止まることのないよう、次なる生贄の登場を願う祈りにも似た呟きが、王都の熱気となって渦巻いている。
太陽は高いまま、無慈悲に彼らを照らしていた。
◇
玉座の間を支配する絶対零度の静寂の中で、ラインハルトは漆黒の鎧を纏った彫像のように微動だにせず座っていた。
先ほどまでの狂乱の余韻はすでに消え失せ、残されたのは、血の錆びた匂いと、冷え切った大理石の質感だけ。
彼は右手をゆっくりと持ち上げ、自らの膝の上に置いた。
指先が、わずかに、本当に微かな震えを帯びている。
(……来るか)
それは、新たな挑戦者への渇望ではない。
この歪んだ世界のシステムを終わらせるための、最後の一手に対する忌避感。
そして、終わりのない泥沼から解放されたいという、剥き出しの期待。
兜の奥に隠された双眸が、回廊の闇を鋭く射抜く。
やがて、遠くから何かが近づいてくる気配がした。
傍らには、二つの聖遺物が並んでいる。
どす黒い染みで覆い尽くされた『黄金の恩賞袋』と、激しく歪んで変色した『白銀の勲章』。
それぞれが吸い込んだ絶望と悪意が、互いの不幸を語り合うように微かな音を立て続けていた。
ジジ……ジジジ……。
ラインハルトは、無意識に指先を握りしめた。
この孤独な祭壇に、次は誰が供物として捧げられるのか。
そして、その犠牲の果てに、自分を待っているのは何なのか。
ステンドグラスの隙間から、冷たい冬の夜風が吹き込み、玉座の黒いマントを重く揺らした。
窓から吹き込む風が、玉座の間の湿った空気をかき混ぜる。
カビと鉄、そして微かな薔薇の香水の匂いが、回廊の奥からゆっくりと漂い始めていた。




