【第2章】 第9話
網膜を焼き尽くす白光が、ゆっくりと極彩色へ還元されていく。
エドワードの長剣と激突した直後に鳴り響いた金属音は、いつの間にか、無数の群衆が発する熱狂的な大歓声へとすり替わっていた。
「勇者万歳!」
「我らが救世主! 魔王は死んだ!」
石畳を揺るがすほどの音圧が、ラインハルトの生身の鼓膜を容赦なく叩く。
彼の視点は、現在の分厚い漆黒の兜越しではない。
遮るもののない生身の眼球が、王都のメインストリートを真っ直ぐに捉えていた。
抜けるような青空の下、視界を埋め尽くすほどの色鮮やかな花吹雪が舞い踊っている。
真新しい群青色の礼服。
魔王を討ち果たし、白馬の背に揺られて凱旋パレードのただ中にいた、あの眩い絶頂の日。
沿道を埋め尽くす民衆は、皆一様に両手を振り上げ、喉が裂けんばかりの声でラインハルトの名を叫び続けている。
彼らの頬には歓喜の涙が光り、口元は限界まで吊り上がっていた。
誰もが平和の到来を喜び、世界を救った英雄に心からの称賛を送っているように見える。
だが、白馬が一歩前へ進むたび、彼の鼻腔を奇妙な匂いが掠めた。
踏み躙られた花弁の甘い香りに混じる、ひどく淀んだ異臭。
むせ返るような人いきれの中に、熟れすぎた果実が内側から腐敗していくような、生臭い匂いがべったりと張り付いている。
ラインハルトは、沿道から差し出される無数の手に静かに視線を落とす。
英雄に触れようと伸ばされたその指先は、小刻みに震えていた。
笑顔を形作る頬の筋肉は不自然に引き攣り、熱狂を叫ぶ瞳の奥底には、決して笑っていない濁った色が沈殿している。
白馬が近づくたび、前列の民衆は無意識のうちに半歩だけ後ずさりをし、彼との間にわずかな空白の距離を保とうとするのだ。
(……)
手綱を握るラインハルトの太い指が、微かに軋む。
彼らが熱狂の裏に隠し持っているのは、感謝ではない。
絶対的な脅威であった魔王が消滅した今、たった一人でそれを討ち果たした「規格外の暴力」に対する、純粋な防衛本能。
強すぎる力を持つ彼が、いつ自分たちに牙を剥くか分からないという本能的な怯えが、過剰なまでの称賛の言葉となって吐き出されているに過ぎない。
◇
豪奢なシャンデリアが放つ光が、大謁見の間の真紅の絨毯を鮮やかに照らし出している。
パレードを終え、王城の最奥に通されたラインハルトは、玉座の前に片膝を突いていた。
「よくぞ、大任を果たした」
頭上から降ってくる王の声。
その響きには、一国の主としての威厳よりも、ひび割れた金属を叩いたような不自然な震えが混じっている。
ラインハルトがわずかに視線を上げると、王笏を強く握りしめる王の指の関節が、血の気を失って真っ白に変色していた。
「真の英雄たるそなたに、我が国最高の栄誉である『白銀の勲章』を授けよう」
王の合図を受け、青ざめた顔の大臣が恭しくビロードの箱を差し出す。
箱の中に鎮座するのは、曇り一つない純白の輝きを放つ意匠。
それは、後にエドワードの額で濁った光を放つ呪具の、本来の汚れなき姿だった。
ラインハルトは無言のまま、厚い掌でその勲章を受け取る。
その瞬間、王の視線が激しく泳いだ。
彼は眼下にいる英雄の顔を決して直視しようとはしない。
その濁った瞳は、ラインハルトの背に負われた大剣の柄と、彼自身の分厚い筋肉の隆起の間だけを、何かに怯えるようにせわしなく往復し続けている。
周囲を取り囲む高位の貴族たちも同様だった。
豪華な扇子で口元を隠し、互いに探り合うような視線を絶え間なく交差させている。
誰もが、目の前に平伏すこの男の力が、国を根底から揺るがす最大の火種になることを本能で理解している。
彼らが愛し、求めているのは、自分たちの身代わりとなって血を流し、決して反逆することのない「都合の良い偶像」だけなのだ。
(これが、俺が命を懸けて守り抜いた世界の答えか)
ラインハルトの胸の奥で、微かに残っていた熱が、音を立てて冷たい灰へと崩れ落ちる。
手の中にある白銀の勲章が、彼の体温を奪うように、ひどく冷たい光を放っていた。




