第74話:記憶の種
何本もの端子。
絡み合う配線。
封印のように組まれた金属板。
まるで、何かを閉じ込めるための檻だった。
その中央に、見覚えのあるものが埋め込まれている。
小さな種。
丸く、茶色く、薄い殻を持つもの。
食糧庫で見つけた謎の種と、同じ形だった。
俺はポケットに手を入れる。
密閉ケースの中の種を取り出した。
すると、壁に埋め込まれた種が、かすかに光った。
続いて、俺の手の中の種にも、細い光が走る。
自然の模様にも見える。
回路にも見える。
あの時と同じ違和感。
土のものと、機械のもの。
ネリュアが息を呑む。
ネリュア「……やはり、ただの種ではない」
瑠香「それ、反応してるよね?」
愛斗「ああ」
アズが種をじっと見る。
アズ「……生きてる?」
ネリュア「生きておる。じゃが、普通の命ではない。土の中で芽吹く命と、機械の中で記録を運ぶ理が混ざっておる」
記録を運ぶ。
その言葉に、俺は種を見つめ直した。
食糧庫にあった種。
エルネストが、育てるなと言った種。
自然と機械が混ざったもの。
それが、ここでR-00の封印に反応している。
偶然ではない。
絶対に偶然じゃない。
俺は種を持ったまま、黒い壁へ近づく。
壁の光が強くなる。
端末が新たな表示を浮かべた。
『記憶媒体、接続』
『封印系統、照合』
『R-00所在情報、断片解放』
『……R-00、この世界に在らず』
その文字を見た瞬間、ドームの空気がさらに冷えた気がした。
R-00は、この世界にいない。
でも、存在はしている。
記録はある。
封印もある。
ただ、ここではないどこかに分離されている。
シルヴェリアが、かすかに声を漏らす。
シルヴェリア「この世界に、いない……」
愛斗「じゃあ、どこにいる」
答えは返ってこない。
代わりに、別の文字が浮かび上がった。
『所在情報、干渉中枢へ移管』
『門央界、参照権限要求』
『灰尽界、閉鎖』
灰尽界。
見たことのない名前だ。
けれど、その文字を見た瞬間、胸の奥が冷たくなった。
灰。
尽きた世界。
名前だけで、何かが終わった場所だと分かる。
ネリュアが低く呟く。
ネリュア「門央界……干渉中枢……」
愛斗「知ってるのか?」
ネリュアは首を横に振った。
ネリュア「名は知らぬ。じゃが、世界の流れがそこへ向いておる。ここは、世界の一つでしかない。もっと大きな結び目が、別にあるのじゃ」
別の結び目。
世界を繋ぐ中枢。
俺は端末の表示を追う。
すると、ドームの床が低く振動した。
七つのカプセルの中心。
その床が、ゆっくり開いていく。
現れたのは、円形の台座だった。
その表面に、いくつもの光の線が走っている。
線は放射状に伸び、空中に文字を浮かび上がらせた。
基層界
王律界
星機界
獣黎界
神碑界
そして、その中心に。
門央界
名前を見ただけで、いくつかは直感的に分かった。
基層界。
俺と瑠香がいた、現代日本の世界。
王律界。
ネリュアやアズたちのいた、王国と魔法の世界。
星機界。
今いる、この機械と廃墟の世界。
獣黎界。
神碑界。
その二つは、まだ知らない。
だが、存在している。
そして、全ての線が中心の門央界へ向かっていた。
瑠香が、息を呑む。
瑠香「世界って、こんなにあるの……?」
ネリュアの表情が硬くなる。
ネリュア「やはり、妾たちが見ておったものは一部にすぎぬ。世界は、もっと深く繋がっておる」
シルヴェリアが、光の地図を見つめる。
その胸の奥の光が、静かに瞬いていた。
シルヴェリア「星機界の干渉記録は、門央界へ接続されています。R-00の所在情報も、おそらくそこに」
愛斗「つまり、R-00のことを知りたければ、門央界へ行けってことか」
シルヴェリア「可能性は高いです」
瑠香「でも、オーレリアは起こすなって言ってたよね」
愛斗「ああ」
R-00を起こしてはならない。
オーレリアの最後の警告。
それは無視できない。
けれど、R-00の情報が世界干渉の中枢にあるというなら、この世界の異常とも無関係ではないはずだ。
俺たちの世界。
王国の世界。
星機界。
それらが繋がっている理由。
世界が書き換わる理由。
瑠香が姫として扱われた理由。
ネリュアが見た崩壊の未来。
全部が、ここで一段深い場所へ繋がった気がした。
俺は、手の中の種を見る。
小さな種は、まだ微かに震えている。
エルネストの言葉が頭に蘇る。
捨てておけ。
それを、育てるな。
あの老人は、この種が何に繋がるのか知っていたのかもしれない。
あるいは、知っていたからこそ、言えなかったのかもしれない。
ネリュアが、種へ手を伸ばしかけて止めた。
ネリュア「これは、記憶の種かもしれぬ」
愛斗「記憶の種?」
ネリュア「土に植えれば芽吹く種。機械に挿せば記録を開く鍵。そして、世界に触れれば、どこかへ道を伸ばすもの。自然でも機械でもない。両方を繋ぐものじゃ」
瑠香「それ、育てたらどうなるの?」
ネリュアは答えなかった。
その沈黙が、答えの代わりだった。
俺は種をケースへ戻す。
捨てる気にはなれない。
でも、軽々しく扱っていいものでもない。




