第73話:消された記録
戦闘の後、ドームの中は静かになっていた。
天井から降り注いでいた光の針は止まり、床を走っていた罠の紋様も消えている。
破損した金属床の隙間から、赤い外光が細く差し込んでいた。
その光が、停止したR.I.A.シリーズの少女たちを照らしている。
オーレリア。
キュプリア。
ブランシェリア。
オニキリア。
カルミリア。
ヴィオレリア。
彼女たちは、それぞれ違う姿勢で沈黙していた。
倒れている者。
膝をついたまま動かない者。
壁にもたれるように停止している者。
それは壊れた機械の残骸に見えた。
でも、俺にはそう思えなかった。
ついさっきまで、彼女たちは怒っていた。
憎んでいた。
責めていた。
戦っていた。
声があった。
意思があった。
たとえそれが旧命令系統によって歪められていたとしても、ただの機械だったとは思えない。
シルヴェリアは、オーレリアの前に立ち尽くしている。
淡い銀色の瞳には、まだ透明な涙が残っていた。
彼女は泣き方を知らない。
悲しみ方も知らない。
けれど、確かに泣いていた。
俺は痛む肩を押さえながら、端末の前に立つ。
瑠香が俺の横へ来て、すぐに眉を吊り上げた。
瑠香「愛斗、傷」
愛斗「分かってる」
瑠香「分かってる人はそんな普通に歩かない」
愛斗「今だけだ」
瑠香「その“今だけ”が一番信用できない」
彼女はそう言いながら、俺の肩に布を押し当てる。
かなり痛い。
でも、文句を言ったらもっと怒られそうなので我慢した。
アズは少し離れた場所で、停止したR.I.A.シリーズを見つめている。
ネリュアは杖に体重を預けながら、ドーム全体の流れを読んでいた。
彼女も限界に近い。
けれど、この場所に残されたものを見逃すわけにはいかなかった。
ドームの端末は、まだ生きていた。
画面はひどく乱れている。
ノイズ。
欠けた文字。
何度も途切れる記録。
だが、その中にいくつか読めるものがあった。
俺は端末に触れる。
青白い文字が、壁一面に浮かび上がった。
『R.I.A.シリーズ開発記録』
『目的:戦争終結後の世界秩序維持』
『敵性指導者、反乱因子、危険思想保持者、指定対象の排除』
『抑止力としての不可視戦力運用』
読んでいるだけで、胃の奥が重くなる。
秩序維持。
抑止力。
排除。
綺麗な言葉と、冷たい言葉が並んでいる。
つまり、R.I.A.シリーズは平和のために作られた。
少なくとも、記録上は。
だが、その平和は、人を守るためのものではなかったのかもしれない。
人を従わせるためのもの。
恐れさせるためのもの。
目に見えない暗殺者によって、争いの芽を摘むためのもの。
それを平和と呼んだのだとしたら、この世界はずいぶん前から壊れ始めていたのだろう。
瑠香が小さく呟く。
瑠香「平和のために、暗殺……」
愛斗「最悪の組み合わせだな」
ネリュア「力を恐れで縛れば、やがて恐れそのものに呑まれる。どの世界でも、同じことじゃ」
さらに記録が流れる。
『指定対象数、増加』
『排除命令、拡大』
『判断権限、上位管理系統へ集中』
『R.I.A.シリーズ、自律判断範囲を制限』
『R-02、異常反応確認』
シルヴェリアの瞳が、その文字に向いた。
R-02。
彼女の番号。
シルヴェリア「これは、わたくしの記録ですか」
愛斗「たぶんな」
画面の文字は続く。
『R-02、感情模倣を超過する反応パターンを確認』
『命令拒否に類似する遅延』
『対象識別における選別反応』
『不明な庇護行動』
『詳細記録、削除済』
そこから先は、何も残っていなかった。
空白。
削除。
破損ではない。
明らかに消されている。
誰かが、この部分だけを隠した。
俺は画面を睨む。
愛斗「肝心なところだけ消えてる」
ネリュアが端末の文字を見つめる。
ネリュア「破損ではないの。意図して抹消されておる」
瑠香「じゃあ、シルヴェリアが何をしたのか、ここには残ってないってこと?」
愛斗「少なくとも、見える形ではな」
シルヴェリアは黙っていた。
淡い銀色の瞳に、消された記録の空白が映っている。
その表情は乏しい。
けれど、胸の奥の光が少しだけ揺れていた。
シルヴェリア「わたくしは……何を拒否したのでしょうか」
誰も答えられなかった。
命令拒否に類似する遅延。
対象識別における選別反応。
不明な庇護行動。
それらの言葉が、妙に引っかかる。
シルヴェリアは、誰かを殺さなかったのかもしれない。
あるいは、誰かを守ったのかもしれない。
だからこそ、彼女は欠陥機と呼ばれた。
人間に近づきすぎた。
制御できないものは罪。
オーレリアの言葉が、胸の中でまた重く響く。
俺は端末の続きを追う。
『R-02異常を起点とする計画停止』
『R.I.A.シリーズ全機、危険兵装認定』
『旧命令系統、凍結』
『全機廃棄、承認』
『R-00関連記録、上位凍結』
R-00。
アクロリア。
オーレリアが最後に口にした名前。
起こしてはならない。
その警告が、ドームの冷たい空気の中でまだ消えずに残っている。
俺は端末に触れ、R-00の記録を開こうとする。
すぐに赤い警告が走った。
『アクセス禁止』
『閲覧権限不足』
『R-00 ACHRORIA、凍結継続』
『所在情報、分離保存』
愛斗「所在情報、分離保存……?」
瑠香「ここにはないってこと?」
シルヴェリアが画面を見つめる。
シルヴェリア「R-00は、R.I.A.シリーズの前に存在した機体である可能性が高いです。しかし、詳細記録を参照できません」
愛斗「シルヴェリアでも無理か」
シルヴェリア「はい。わたくしの権限では到達できません」
ネリュアが目を細める。
ネリュア「アクロリア。名からして、始まりに近いもののようじゃな」
アズが、ドームの奥を見た。
アズ「……あっち」
俺たちは振り向く。
ドームの最奥。
そこには、黒い壁があった。
今まではただの壁に見えていた。
だが、端末の記録が開いたことで、壁の表面に細い光の線が浮かび始めていた。




