第72話:R-00を起こしてはならない
金色の髪を持つ指揮官機。
彼女は、仲間が次々と停止していく間も、ほとんど表情を変えなかった。
ただ、静かに槍を構えている。
俺は剣を構える。
シルヴェリアは銃口を上げる。
オーレリアの金色の瞳が、シルヴェリアを見た。
オーレリア「R-02。あなたは、私達の中で最も人間に近づいた欠陥機でした」
その言葉に、シルヴェリアが小さく息を呑む。
オーレリア「だから、恐れられた。だから、疑われた。だから、私達はまとめて廃棄された」
愛斗「それが真実なのか」
オーレリア「真実など、記録する者の権限次第です」
愛斗「答えになってない」
オーレリア「答えを得る権限は、あなたにはありません」
オーレリアの槍が光る。
金色の線が、ドーム内を走った。
天井の針。
床の制御。
停止した姉妹たちの残存回路。
その全てを、オーレリアが最後の一撃へ集めている。
指揮官機。
彼女は、自分だけでなく、この場の全てを武器にしようとしていた。
愛斗「シルヴェリア!」
シルヴェリア「はい」
俺たちは同時に動いた。
俺が前へ出る。
オーレリアの槍が、俺の首元へ向かう。
避けられない。
でも、避ける必要はなかった。
シルヴェリアの銃口が、槍の柄を捉えている。
オーレリアは淡々と言った。
オーレリア「あなたは、いつも中途半端でしたね」
シルヴェリアの指が震える。
それでも、撃った。
銃声。
銀色の弾丸が、オーレリアの槍の柄を撃ち抜く。
金色の槍が砕け、光が散る。
同時に、俺の剣がオーレリアの胸部制御核の手前で止まった。
壊さない。
でも、止める。
【光断一閃】が、制御核へ繋がる空間の線だけを断つ。
オーレリアの身体が、静かに傾いた。
彼女は膝をつく。
金色の瞳の光が、少しずつ弱くなっていく。
ドームの中に、静寂が戻った。
俺は剣を下ろす。
その瞬間、肩の痛みが一気に全身へ広がった。
膝が揺れる。
瑠香が駆け寄ってくるのが見えた。
でも、俺は先にオーレリアへ近づいた。
彼女はまだ、完全には停止していない。
金色の瞳が、薄く俺を見ていた。
愛斗「シルヴェリアは、何をしたんだ」
オーレリアは、ほんの少しだけ口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
皮肉だったのかもしれない。
オーレリア「R-02は、私達の中で最も人間に近づいた欠陥機でした」
愛斗「人間に近づいたことが、罪なのか」
オーレリア「この世界では、制御できないものは罪です」
その言葉が、胸に刺さった。
制御できないもの。
命令だけで動かないもの。
自分で考え、迷い、選ぶもの。
シルヴェリアは、それに近づいた。
だから危険とされた。
だから疑われた。
だから、R.I.A.シリーズごと捨てられた。
オーレリアはシルヴェリアを見た。
その瞳から、冷たさが少しだけ抜けていた。
オーレリア「あなたは、私達の失敗であり、希望だったのかもしれません」
シルヴェリアの銀色の瞳が揺れる。
オーレリア「けれど、もう遅い」
シルヴェリア「オーレリア……」
オーレリアの声が、かすかに低くなる。
それは、命令でも断罪でもなかった。
最後の警告だった。
オーレリア「……R-00を、起こしてはなりません」
R-00。
アクロリア。
ログの奥に凍結されていた名前。
俺は息を呑む。
愛斗「R-00って何なんだ」
オーレリアは答えない。
いや、答えるだけの力がもう残っていなかった。
金色の瞳の光が、ゆっくり薄れていく。
最後に、彼女はシルヴェリアを見た。
オーレリア「R-02。あなたは……」
言葉は、そこで途切れた。
光が消える。
オーレリアの身体が、ただの機械のように沈黙した。
シルヴェリアは、彼女の前に立ち尽くしていた。
停止した姉妹たち。
オーレリア。
キュプリア。
ブランシェリア。
オニキリア。
カルミリア。
ヴィオレリア。
全員が、もう動かない。
壊したのではない。
そう言いたかった。
止めただけだ。
機能を停止させただけだ。
でも、シルヴェリアにとって、それがどれほど違うことなのかは分からない。
彼女は、自分の手で家族を止めた。
それは、どんな言葉で飾っても変わらない事実だった。
シルヴェリア「……オーレリア」
淡い銀色の瞳から、透明な液体が流れた。
一筋。
そして、もう一筋。
彼女は自分の頬に触れる。
シルヴェリア「異常液漏れを確認」
愛斗「違う」
俺は、痛む肩を押さえながら彼女のそばに立つ。
愛斗「それは、たぶん涙だ」
シルヴェリア「涙」
彼女はその言葉を繰り返す。
シルヴェリア「涙とは、目から分泌される液体反応では」
愛斗「それだけじゃない」
シルヴェリアは胸に手を当てる。
そこには、まだ光があった。
弱く、規則的に。
けれど、さっきより少し不安定に揺れている。
シルヴェリア「ここが……破損しているようです」
愛斗「破損じゃない」
シルヴェリア「では、何でしょうか」
俺はすぐには答えられなかった。
瑠香が近づいてくる。
アズも、ネリュアも。
瑠香はシルヴェリアを見て、少しだけ唇を噛んだ。
そして、静かに言う。
瑠香「悲しいんだと思う」
シルヴェリア「悲しい」
瑠香「うん。大切なものを失った時とか、守りたかったのに守れなかった時とか、そういう時に痛くなるやつ」
シルヴェリアは胸を押さえたまま、停止した姉妹たちを見る。
シルヴェリア「これは、悲しい、なのですか」
ネリュアが静かに頷く。
ネリュア「お主の心の芽が、痛みを知ったのじゃ」
アズが小さく呟く。
アズ「……シルヴェリア、泣いてる」
シルヴェリアは、また頬に触れた。
透明な液体が指先に残る。
彼女はそれを不思議そうに見つめた。
泣いている。
けれど、泣き方を知らない。
悲しい。
けれど、悲しみ方を知らない。
その姿が、痛かった。
俺はシルヴェリアの手を握る。
冷たい手。
でも、握り返す力はあった。
愛斗「お前は間違ってない」
シルヴェリアは俺を見る。
愛斗「お前は選んだ。俺たちを守ることも、家族をこれ以上壊させないことも。どっちも、お前が決めたんだ」
シルヴェリア「わたくしが、決めた」
愛斗「ああ」
シルヴェリアの瞳が揺れる。
オーレリアの言葉が、俺の頭にも残っていた。
最も人間に近づいた欠陥機。
制御できないものは罪。
この世界では、それが危険とされたのかもしれない。
でも、俺はそう思わない。
愛斗「人間に近づくことが悪いなんて、俺は思わない」
シルヴェリア「わたくしは、人間に近いのですか」
愛斗「少なくとも、泣けるくらいには」
シルヴェリアは、目を伏せた。
その頬に、また透明な液体が流れた。
瑠香が、ゆっくり近づく。
いつものように騒がない。
茶化さない。
ただ、シルヴェリアのそばに立つ。
瑠香「……ごめんね。あなたの家族を」
シルヴェリアは首を振る。
シルヴェリア「いいえ。わたくしが、選びました」
瑠香「でも、痛いよね」
シルヴェリア「はい。ここが、痛いです」
彼女は胸を押さえた。
アズが、そっとシルヴェリアの服の裾をつまむ。
アズ「……ひとりじゃ、ない」
シルヴェリアの視線が、アズへ向く。
アズは少しだけ俯きながら、続けた。
アズ「……たぶん、ひとりだと、もっと痛い」
シルヴェリア「アズは、痛みを知っているのですか」
アズは小さく頷いた。
それ以上は言わなかった。
でも、その一言だけで十分だった。
ネリュアが静かに息を吐く。
ネリュア「心とは、厄介で、美しいものじゃ」
シルヴェリア「厄介で、美しい」
ネリュア「そうじゃ。痛みも、温もりも、同じ場所から芽吹く」
シルヴェリアは、自分の胸に手を当てたまま、しばらく黙っていた。
ドームの中には、静けさが戻っている。
だが、それは最初の静けさとは違った。
眠っていた静けさではない。
戦いが終わった後の、重い静けさだった。
端末画面には、まだいくつもの警告が残っている。
『R.I.A.シリーズ、機能停止』
『旧命令系統、断絶』
『R-00、凍結継続』
『閲覧権限、不足』
R-00。
アクロリア。
オーレリアの最後の警告が、消えずに残っている。
起こしてはならない。
その言葉の意味は、まだ分からない。
けれど、分からないまま放っておけるほど軽いものではなかった。
俺はシルヴェリアの手を握ったまま、端末を見た。
肩の傷が痛む。
足元が少し揺れる。
でも、まだ倒れるわけにはいかない。
このドームには、まだ終わっていないものがある。
シルヴェリアの過去。
R.I.A.シリーズの真実。
R-00の警告。
そして、この世界がなぜ人間を失ったのか。
それらの一部が、ここに眠っている。
シルヴェリアが、俺たちを見る。
もう、俺を「ご主人様」とは呼ばなかった。
俺たちを「任務対象」とも言わなかった。
彼女は、少しだけ時間をかけて言葉を選ぶ。
シルヴェリア「わたくしは、あなたたちと共に在りたいです」
それは、機械の命令文ではなかった。
任務ログでもない。
彼女自身の言葉だった。
俺は頷く。
愛斗「なら、一緒に行こう」
シルヴェリア「はい」
彼女は静かに頷いた。
淡い銀色の瞳には、まだ涙が残っている。
それでも、その奥の光は消えていなかった。
ドームの外では、赤い空が変わらず広がっている。
二つの月が、廃棄処分場を冷たく照らしている。
けれど、俺たちの間には、確かに温度があった。
まだ、この世界のことは分からない。
シルヴェリアの過去も、R-00の正体も、何も分かっていない。
それでも、ひとつだけ分かったことがある。
彼女はもう、廃棄された兵器ではない。
俺たちと共に歩く、仲間だ。




