第75話:門央界への経路
シルヴェリアは、停止した姉妹たちを見ていた。
オーレリアたちの身体は、もう動かない。
けれど完全に破壊されたわけではない。
制御核の流れを断っただけだ。
いつか、再び起こせる日が来るのかもしれない。
来ないのかもしれない。
それでも、今は眠っている。
そう思いたかった。
シルヴェリア「わたくしは、彼女たちを守れませんでした」
瑠香が、そっと彼女の手を握る。
瑠香「でも、これ以上傷つけないようにはした。そうでしょ?」
シルヴェリアはすぐには答えなかった。
停止した姉妹たちを順番に見て、それから小さく頷いた。
シルヴェリア「はい。わたくしは、選びました」
アズが、シルヴェリアの袖をつまむ。
アズ「……また、会えるかも」
シルヴェリア「可能性はありますか」
アズ「……わからない。でも、ゼロじゃない」
シルヴェリアは、その言葉を大切そうに受け取った。
シルヴェリア「ゼロではない。記録しました」
ネリュアが柔らかく笑う。
ネリュア「希望とは、だいたいそのようなものじゃ」
希望。
ゼロではない可能性。
シルヴェリアは胸に手を当てる。
そこにあるのは、機械の制御核だ。
銀色の心臓。
けれど今は、その光がただの機械の点滅には見えなかった。
弱く、不安定で、傷ついている。
それでも、確かに脈打っているように見えた。
シルヴェリアは俺たちを見る。
ゆっくりと。
一人ずつ。
瑠香。
アズ。
ネリュア。
そして、俺。
シルヴェリア「わたくしは、あなたたちと共に在りたいです」
それは、さっきも聞いた言葉だった。
けれど今は、もっと深く響いた。
家族を止めた後で。
自分の涙を知った後で。
記録の空白と、R-00の警告を見た後で。
それでも彼女は、俺たちと共に在りたいと言った。
命令ではなく。
所有ではなく。
任務ではなく。
選択として。
俺は頷く。
愛斗「なら、一緒に行こう」
シルヴェリア「はい」
彼女は静かに頷いた。
少しだけ、表情が緩んだ気がした。
微笑み、と呼ぶにはまだぎこちない。
けれど、機械の無表情ではなかった。
俺は何となく、彼女の名前を呼んだ。
愛斗「シルヴェリア」
シルヴェリア「はい」
愛斗「……長いな」
瑠香「今それ言う?」
俺は肩をすくめる。
痛かった。
余計な動きをした。
シルヴェリアは少しだけ首を傾げる。
シルヴェリア「呼称の短縮を希望しますか」
愛斗「できるなら」
彼女はほんの少し考えた。
そして、静かに言う。
シルヴェリア「シルヴィで結構です」
瑠香が瞬きをする。
アズが小さく呟く。
アズ「……シルヴィ」
ネリュアが目を細める。
ネリュア「よい名じゃの」
シルヴェリアは、胸に手を当てたまま、少しだけ視線を伏せる。
シルヴィ「シルヴィ。登録しました」
その瞬間、彼女はほんの少しだけ笑った。
たぶん。
本当に一瞬。
見間違いかもしれない。
でも俺は、それを見た。
銀色の心臓を持つ少女が、自分の呼ばれ方を選んだ瞬間だった。
ドームの円形台座が、再び光を放つ。
中央に、文字が浮かび上がった。
『干渉中枢、門央界への経路を開放しますか?』
その問いが、俺たちの前に出された。
門央界。
世界を繋ぐ中枢。
R-00の所在情報が移管された場所。
そして、おそらく世界を壊した何かへ続く道。
瑠香が俺を見る。
ネリュアも、アズも、シルヴィも。
俺は深く息を吸った。
肩が痛む。
身体は疲れている。
正直、今すぐ次へ行ける状態じゃない。
でも、このまま立ち止まっていられるほど、状況は甘くない。
星機界で得たものは多かった。
シルヴィ。
R.I.A.シリーズの記録。
R-00の警告。
謎の種。
そして、世界が複数に繋がっているという事実。
この世界に来た時、俺たちはただ逃げてきた。
ネリュアの術に運ばれ、赤い空と二つの月の下へ投げ出された。
けれど今は違う。
次の道を、自分で選ぼうとしている。
愛斗「門央界へ行けば、全部分かるとは限らない」
瑠香「うん」
愛斗「むしろ、もっと分からなくなるかもしれない」
アズ「……でも、行く?」
俺は頷いた。
愛斗「行くしかないだろ」
ネリュアが静かに笑う。
ネリュア「お主らしいの」
瑠香がため息をつく。
でも、その顔には覚悟があった。
瑠香「じゃあ、行くならちゃんと全員でね」
愛斗「ああ」
アズがシルヴィの袖をつまむ。
アズ「……一緒」
シルヴィは、アズを見る。
それから、小さく頷いた。
シルヴィ「はい。一緒に行きます」
俺は円形台座へ手を伸ばす。
種の入った密閉ケースが、ポケットの中でかすかに震えている。
まるで、その選択を待っていたみたいに。
端末の表示が、もう一度点滅した。
『干渉中枢、門央界への経路を開放しますか?』
俺は、表示に触れた。
愛斗「開け」
光が広がる。
床の線が輝き、ドームの天井へ向かって伸びる。
基層界。
王律界。
星機界。
獣黎界。
神碑界。
それぞれの文字が、空中で淡く瞬いた。
そして、その中心に門央界の文字が浮かぶ。
光の輪が、俺たちを包み始めた。
赤い空が遠ざかる。
二つの月の光が薄れていく。
停止したR.I.A.シリーズの姉妹たちが、白い光の向こうへ沈んでいく。
シルヴィは、最後に一度だけ振り返った。
オーレリアたちを見た。
彼女の頬には、もう涙は流れていなかった。
けれど、胸の奥の光は静かに揺れていた。
シルヴィ「また、会いに来ます」
それは、誰に向けた言葉だったのか。
オーレリアにか。
姉妹たちにか。
それとも、過去の自分にか。
俺には分からなかった。
でも、その言葉は確かに彼女自身のものだった。
光が強くなる。
瑠香が俺の腕を掴む。
アズがネリュアの服を掴む。
シルヴィは、少し迷ってから、俺たちの方へ手を伸ばした。
俺はその手を取る。
冷たい手だった。
でも、その冷たさの奥に、確かな温度がある気がした。
愛斗「家に帰るまで、まだ遠いな」
瑠香「もう、近くない?」
愛斗「いや。たぶん、思ったより遠い」
瑠香「嫌なこと言わないでよ」
愛斗「でも、一人じゃない」
瑠香は少しだけ黙った。
それから、小さく笑う。
瑠香「……それは、まあ、そうだけど」
ネリュアが目を閉じる。
アズが小さく息を吸う。
シルヴィが、握った手にわずかに力を込める。
銀色の心臓が、静かに光っていた。
そして俺たちは、星機界を後にした。
次の世界へ。
世界を繋ぐ中枢へ。
まだ知らない真実へ。
光の向こうで、門が開いた。




