第69話:守りたい方々がいます
肩が、焼けるように痛かった。
刃が裂いた場所から、血が流れている。
冷たい床に落ちたそれは、赤かった。
シルヴェリアの腹部から滴る銀色の液体とは、まるで違う色だった。
俺は膝をつき、息を吸う。
肺の奥が熱い。
視界が揺れる。
それでも、意識ははっきりしていた。
痛みがある。
なら、まだ動ける。
まだ終わっていない。
俺のすぐそばで、シルヴェリアが倒れかけていた。
黒いゴシック調の服の腹部が裂け、内部の銀色の骨格と細い配線が覗いている。そこから、透明に近い銀色の液体がゆっくり滲んでいた。
彼女の淡い銀色の瞳は、大きく揺れている。
俺を見ていた。
俺が、彼女を庇ったことを理解したのだろう。
でも、それをどう受け止めればいいのか分からない。
そんな顔だった。
シルヴェリア「……愛斗」
その声は、かすかに震えていた。
機械の音声ではない。
少なくとも、俺にはそう聞こえた。
俺は歯を食いしばって身体を起こす。
瑠香が叫ぶ。
瑠香「愛斗、動かないで!」
愛斗「悪い。今は無理だ」
瑠香「そういうの、本当に嫌い!」
怒っている。
でも、その声は泣きそうだった。
俺は返事の代わりに、剣を握り直す。
六体のR.I.A.シリーズが、再び動き出そうとしていた。
オーレリアは金色の槍を構えたまま、俺たちを見ている。
キュプリアの足元では、銅色の罠が床へ染み込むように広がっている。
ブランシェリアの白い瞳は、すでに次の射線を探していた。
オニキリアの姿は見えない。
カルミリアは、弾き飛ばされた炎の刃を再構成している。
ヴィオレリアの紫の干渉が、ドーム内の光を歪ませていた。
完全に囲まれている。
正面からやれば、まず勝てない。
それでも、退くことはできなかった。
シルヴェリアは、俺の横で立ち上がろうとしている。
腹部から銀色の液体を滴らせながら。
膝が震えている。
腕の装甲も、ところどころ開いたまま閉じきっていない。
それでも、彼女は立とうとしていた。
俺はその手を取る。
冷たい手だった。
けれど、弱くはなかった。
愛斗「立てるか?」
シルヴェリア「歩行機能に異常。腹部損傷、深度中。戦闘継続は非推奨です」
愛斗「そういう時は、立てないって言うんだよ」
シルヴェリア「表現を修正します。立てます」
愛斗「修正がおかしい」
シルヴェリア「ですが、立てます」
その声に、迷いはあった。
でも、折れてはいなかった。
俺は彼女の肩を支える。
肩の傷が痛んだ。
血がさらに流れる。
それでも、俺は手を離さなかった。
オーレリアが静かに告げる。
オーレリア「無駄です、R-02。あなたはもう、ここから出られない」
その声に、シルヴェリアの身体がわずかに強張る。
オーレリアは続ける。
オーレリア「旧命令系統は復旧しています。私達は、あなたを処分対象として認識しました」
キュプリアが笑う。
キュプリア「正確には、あんたと、その外部個体たち全員ね。面倒だけど、まとめて片付けるしかないわ」
カルミリア「いいじゃないか。やっと終わらせられる」
ブランシェリア「射線、確保」
オニキリア「背後、取得」
声が、影の奥から聞こえた。
ヴィオレリアは微笑む。
ヴィオレリア「逃走経路も、空間干渉の波形も、全部見えていますよ」
普通なら、ここで詰んでいる。
それくらい、彼女たちの包囲は正確だった。
けれど、俺たちは普通じゃない。
少なくとも、普通の範囲ではもう生き残れない場所まで来てしまっている。
俺は息を吐く。
剣を構える。
瑠香も右手を上げた。
アズは小剣を握り、床の光をじっと見ている。
ネリュアは杖を支えにしながら、苦しそうに目を細めた。
シルヴェリアの両腕が、ゆっくり戦闘形態へ変わっていく。
銀色の装甲。
細い銃口。
折り畳まれた刃。
壊れかけの身体が、もう一度戦う形を取る。
オーレリア「R-02。最後に確認します」
シルヴェリアは、オーレリアを見る。
オーレリア「あなたは、私達ではなく、その者達を選ぶのですね」
シルヴェリアの瞳が揺れた。
家族。
眠っていた姉妹たち。
捨てられた者たち。
そして、今ここで彼女を責め、彼女を壊そうとしている者たち。
彼女にとって、それは全部同じ相手だった。
失いたくなかったもの。
助けたかったもの。
なのに、戦わなければならないもの。
シルヴェリアは、胸に手を当てる。
そこには人間の心臓はない。
けれど、光はある。
弱く、規則的に瞬く光。
シルヴェリア「わたくしは……あなたたちを、助けたかった」
その声は小さかった。
でも、確かだった。
シルヴェリア「ですが、今は。守りたい方々が、います」
オーレリアの金色の瞳が細くなる。
カルミリアが歯を食いしばる。
カルミリア「それが裏切りだって言ってるんだよ!」
炎が走った。
カルミリアが最初に動く。




