第62話:偵察、潜入、暗殺
赤黒い空の下、廃棄処分場はさらに奥へ続いていた。
俺たちはドームへ向かって歩いている。
錆びた廃棄物の山を越え、砂と金属片が積み重なった谷を抜けて。
白い月と、欠けた青い月が、俺たちの背後から鈍い光を投げていた。
廃棄場の奥。
そこにあったのは、小さなドームだった。
錆びた鉄の半球。
表面には無数の傷が走り、ところどころ外装が剥げている。砂に半分埋もれた基部からは、古いケーブルが何本も伸び、廃棄物の山の下へ潜り込んでいた。
遠目には、ただの残骸にしか見えない。
エネルギーも、動きも、ほとんど感じない。
だが、シルヴェリアだけは違った。
彼女はドームを見つめたまま、ゆっくり歩いている。
足取りはまだ少し不安定だ。
けれど、視線だけは真っ直ぐだった。
淡い銀色の瞳が、その錆びた半球だけを捉えている。
そこへ近づく道中、俺たちはシルヴェリアにいくつか質問をした。
彼女は答えた。
まだ会話というには少し機械的だった。
それでも、最初に目覚めた時よりずっと自然だった。
問いに対して、ただログを読み上げるのではなく、彼女自身が言葉を選ぼうとしている。
そんなふうに見えた。
愛斗「R.I.A.って、どういう意味なんだ?」
シルヴェリアは、少しだけ顔をこちらへ向ける。
シルヴェリア「R.I.A.は、|Reconnaissance、|Infiltration、|Assassinationの略称です」
愛斗「日本語だと?」
シルヴェリア「偵察、潜入、暗殺」
暗殺。
その単語が、砂混じりの風の中でやけに重く聞こえた。
名前の時点で、まったく平和じゃない。
いや、偵察と潜入の時点でだいぶ物騒だが、最後の一語がすべてを持っていった。
シルヴェリアは淡々と続ける。
シルヴェリア「わたくしたちは、敵性存在の発見、侵入、排除を目的として製造されました」
ネリュアが静かに尋ねる。
ネリュア「敵性存在とは何じゃ?」
シルヴェリア「該当記録は破損しています」
瑠香が眉をひそめる。
瑠香「敵が誰かも分からないのに、暗殺だけ覚えてるってこと?」
シルヴェリア「はい。任務分類のみ残存しています」
嫌な残り方だった。
何のために戦ったのかは失われている。
誰を殺すべきだったのかも失われている。
けれど、殺すための機能と任務だけは残っている。
それは、記憶喪失というより、目的だけを残された刃みたいだった。
アズが小さく呟く。
アズ「……あんさつ」
その言葉を口にするのが怖いみたいだった。
シルヴェリアは少し考えてから、答える。
シルヴェリア「対象に気づかれる前に、致命的な損傷を与える行動です」
瑠香「説明が具体的すぎる……」
シルヴェリア「補足説明が必要でしょうか」
瑠香「いらない。絶対いらない」
シルヴェリア「了解しました」
そう言うと、シルヴェリアは右手を上げた。
指先が静かに変形する。
白い指の内側から銀色の刃が展開し、細く、薄く、冷たい光を帯びた。
その刃が、瑠香の喉元の少し手前で止まる。
瑠香の身体が固まった。
シルヴェリア「一瞬で、静かに。対象の反応前に終了します」
瑠香「分かったから! それ以上近づけないで!」
シルヴェリア「了解しました」
刃が、元の指へ戻る。
動作は滑らかだった。
何事もなかったみたいに。
シルヴェリアの顔は無表情だ。
けれど、俺は気づいた。
彼女は脅したわけじゃない。
自慢したわけでもない。
ただ、自分が何者なのかを俺たちに理解させようとしたのだ。
それが危険なことであっても。
それで俺たちに怖がられても。
隠さない。
それは彼女なりの誠実さだったのかもしれない。
もちろん、誠実なら喉元に刃を近づけていいという話ではない。
そこはあとで教えた方がいい。
絶対に。
ドームの入口は、半開きだった。
錆びた鉄の扉が砂をかぶり、長い間そこから動いていないことを示している。
俺は剣の柄に手をかけたまま、扉へ近づいた。
愛斗「開けるぞ」
瑠香が頷く。
アズが小剣を構える。
ネリュアは杖を握り、シルヴェリアは静かに後ろへ下がった。
いや、下がったというより、俺たちを守れる位置へ移動した。
俺は扉を押す。
重い。
金属が擦れる音が響く。
扉の隙間から、乾いた冷気が流れ出した。
外の廃棄場とは違う空気。
錆と油と焦げた金属の臭いではなく、もっと清潔で、もっと冷たい空気。
俺は中へ足を踏み入れる。
ドームの中は、外の廃墟とはまるで違っていた。
外は壊れていた。
錆びていた。
捨てられていた。
だが、中はまだ生きていた。
薄い白い光が、天井から降り注いでいる。
床は磨かれた金属。
壁には端末画面がいくつも埋め込まれ、青白い文字が静かに流れている。
その文字の多くは欠け、ノイズに乱れ、途中で途切れていた。
それでも、この場所だけは時間から切り離されているみたいだった。
廃棄場の中にある、冷たい棺。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
ドームの中は寒かった。
気温が低いというより、空気そのものが冷えている。
瑠香が無意識に俺の腕へ寄ってくる。
瑠香「寒い……」
愛斗「大丈夫か?」
瑠香「大丈夫だけど、何かここ、空気が変」
愛斗「分かる」
アズも小さく震えている。
ネリュアは杖に力を込め、空気の流れを探っていた。
シルヴェリアだけは寒さを感じていないようだった。
彼女は俺たちの様子を見て、少しだけ首をかしげる。
シルヴェリア「体温共有は、低温環境において有効です」
そう言って、彼女が俺へ近づこうとした。
瑠香が即座に立ちはだかる。
瑠香「それはダメ」
シルヴェリア「理由を確認します」
瑠香「あとで教える」
シルヴェリア「了解しました。あとで確認します」
愛斗「覚えてるのか、それ」
シルヴェリア「はい。重要度、中として保存しました」
瑠香「中なんだ……」
少しだけ笑いそうになった。
けれど、ドームの奥へ目を向けた瞬間、その気配は消えた。
そこには、七つのカプセルが並んでいた。




