第61話:仲間という選択
シルヴェリアは、ふと俺の腕を見た。
さっき誤作動した刃を掴んだ時の傷が、まだ残っている。
浅いが、血が滲んでいた。
シルヴェリアが近づいてくる。
その動きは、さっきまで敵を処理していた時とは違った。
少し慎重で、少し不器用だった。
シルヴェリア「愛斗。あなたは傷ついています。修復が必要です」
愛斗「軽傷だ」
シルヴェリア「軽傷でも損傷は損傷です」
愛斗「人間には修復って言わない」
シルヴェリア「では、何と表現すればよろしいでしょうか」
瑠香が割って入る。
瑠香「治療。あと、愛斗に近すぎ」
シルヴェリア「治療。記録しました」
瑠香「後半も聞いて」
シルヴェリア「愛斗との距離が近い、という指摘を確認しました」
瑠香「確認だけじゃなくて離れて」
シルヴェリアは、素直に半歩下がった。
その反応があまりに素直で、瑠香の方が少し戸惑う。
俺は思わず笑いそうになる。
瑠香が睨んできたので、必死に堪えた。
瑠香は俺の腕を取る。
瑠香「私が見る。愛斗は動かないで」
愛斗「ああ」
瑠香の声は少し怒っていた。
でも、指先は優しかった。
傷口を確認し、布で血を拭う。
そこへシルヴェリアがじっと視線を向けている。
瑠香「……何?」
シルヴェリア「瑠香は、愛斗を大切に扱っています」
瑠香の手が止まった。
耳が赤くなる。
瑠香「そ、そりゃあ、仲間だし」
シルヴェリア「仲間」
シルヴェリアはその言葉を復唱する。
シルヴェリア「仲間とは、所有関係ではないのですか」
瑠香「全然違う」
シルヴェリア「命令関係では?」
愛斗「違う」
シルヴェリア「任務関係では?」
アズが、小さく首を振った。
アズ「……たぶん、ちがう」
ネリュアが静かに言う。
ネリュア「仲間とは、命じるものではない。選ぶものじゃ」
シルヴェリア「選ぶ」
彼女は、その言葉を何度も確かめるように小さく繰り返した。
選ぶ。
命令ではなく。
所有ではなく。
任務ではなく。
自分で選ぶ。
その概念が、彼女の中に入っていくのが分かる気がした。
シルヴェリアは俺を見る。
シルヴェリア「わたくしは、愛斗たちと共に行くことを望みます」
瑠香が一瞬、手を止める。
アズが目を丸くする。
ネリュアが、ほんの少し微笑む。
俺は頷いた。
愛斗「分かった。じゃあ一緒に行こう」
シルヴェリア「ありがとうございます」
彼女は丁寧に頭を下げた。
その動きはやっぱり少し機械的だった。
でも、言葉はさっきより自然だった。
その時、瑠香が不意に口を開く。
瑠香「……ちなみに、あなたは私のこと、どう思ってるの?」
愛斗「なぜ今聞く」
瑠香「大事な確認だから」
シルヴェリアは首を傾げる。
シルヴェリア「瑠香は、愛斗の大切な方です」
瑠香の頬が赤くなる。
瑠香「そ、そうじゃなくて! あなた自身は、私のことどう思ってるのって話!」
シルヴェリアは少し考えた。
処理時間。
けれど、今度は本当に考えているようにも見えた。
やがて、彼女は言った。
シルヴェリア「わたくしは、瑠香に好意的評価を持っています」
瑠香「好意的評価」
シルヴェリア「はい。修復における貢献度、高。発言量、多。感情反応、豊富。観測対象として重要です」
瑠香「最後ちょっと嫌なんだけど」
シルヴェリア「表現を修正します。わたくしは、瑠香が好きです」
空気が止まった。
瑠香の顔が、一気に赤くなる。
アズは目をぱちぱちさせている。
ネリュアは口元に手を当てて、静かに笑っている。
俺は笑いそうになったが、また瑠香に睨まれそうなので堪えた。
瑠香「そ、そそ、そういう言い方は! 急にしないで!」
シルヴェリア「好意の表明は不適切でしたか」
瑠香「不適切じゃないけど! いや、不適切ではないけど、言い方!」
シルヴェリア「言い方を学習します」
アズが小さく呟く。
アズ「……シルヴェリア、すなお」
シルヴェリア「素直、を記録しました」
ネリュア「よいことじゃ。心の芽は、真っ直ぐ伸びる方がよい」
シルヴェリアは、ネリュアを見る。
シルヴェリア「心の芽」
ネリュア「お主の中に、まだ小さく芽吹いておるものじゃ」
シルヴェリアは自分の胸に手を当てた。
そこには心臓はない。
けれど、光はある。
弱く、規則的に瞬く光。
シルヴェリア「この内部機関のことですか」
ネリュア「近いようで、少し違うの」
シルヴェリア「理解不能です」
ネリュア「ならば、これから知ればよい」
シルヴェリアはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
シルヴェリア「学習します」
その言葉は機械的だった。
でも、俺には少しだけ違って聞こえた。
命令を受けた機械の返答ではなく。
知らないものを知ろうとする少女の声に。
俺たちは、ドームへ向かって歩き出した。
廃棄処分場の奥。
錆びた鉄と壊れた機械の谷を抜けて。
赤黒い空の下、二つの月が俺たちを見下ろしている。
シルヴェリアは先頭を歩く。
まだ少し足取りは不安定だ。
けれど、確かに自分の足で歩いている。
白金の髪が、砂混じりの風に揺れる。
黒い服の裾が、錆びた地面をかすめる。
彼女の淡い銀色の瞳には、小さなドームが映っていた。
未完了の任務。
停止している家族。
最終処理。
その言葉の意味を、俺たちはまだ知らない。
けれど、知るために進んでいる。
シルヴェリアは振り返らずに言った。
シルヴェリア「あそこに、わたくしの家族がいます」
その声には、まだ感情と呼べるほどの揺れはなかった。
けれど、ただの任務報告でもなかった。
俺は剣を握り直す。
瑠香が隣に並ぶ。
アズが少し後ろを歩く。
ネリュアが、静かに息を整える。
俺たちは、ドームへ向かった。
シルヴェリアの未完任務。
そして、この世界が捨てたものの真ん中へ。




