第56話:瑠香の修復作業
瑠香が少女の肩口を覗き込む。
そして、急に真面目な顔になった。
瑠香「……ねえ。たぶんだけど、ここの外装、ずれてる」
愛斗「分かるのか?」
瑠香「なんとなく。こういうの、プラモデルで見たことある」
プラモデル。
なぜ今、その単語が出てくるのか。
俺は思わず聞き返す。
愛斗「お前、プラモデル作ったことあるのか?」
瑠香は、なぜか胸を張った。
真面目な顔のまま。
瑠香「小さい頃から、ちょっとだけ」
愛斗「ちょっとだけで人型アンドロイドは直せないだろ」
瑠香「でも、部品の噛み合わせとか、軸のズレとか、配線の通し方とか、そういうのは分かるかも」
愛斗「プラモデルとアンドロイドを同列にするな」
瑠香「同じだよ。部品を組み合わせて、ちゃんと動くようにするんだから」
同じではない。
絶対に同じではない。
けれど、瑠香の目は本気だった。
普段の勢いやノリではない。
怖がっていないわけではない。
むしろ怖がっている。
それでも、目の前の少女を放っておけないという気持ちは、俺と同じだった。
俺はシルヴェリアの肩口を見る。
愛斗「直せそうか?」
瑠香は一度だけ、深く息を吸った。
そして、真剣な顔で頷く。
瑠香「直せる、とは言えない。でも、動けるようにするための手助けくらいはできるかも」
愛斗「失敗したら?」
瑠香「謝る」
愛斗「相手が起きなかったら?」
瑠香「起きるまで謝る」
無茶苦茶だ。
けれど、不思議とその答えは嫌いじゃなかった。
何もしないよりはマシだ。
何もしないで見捨てるよりは、失敗してでも手を伸ばした方がいい。
俺たちは、そういう選択ばかりしてここまで来た。
愛斗「分かった。やってみよう」
瑠香「うん」
俺たちは、シルヴェリアの周りに集まった。
瑠香が中心になり、修理を始める。
工具はなかった。
いや、正確にはまともな工具がなかった。
周囲の廃棄物の中から、使えそうな細い金属棒や、小型ドローンの壊れたアーム、ネジ回しに似た部品を拾い集める。
それらを瑠香が確認し、必要なものだけを選んだ。
アズは、小さな部品を押さえる役を引き受けた。
彼女の指先は震えている。
でも、細かい動きは正確だった。
ネリュアは杖を膝に置き、目を閉じている。
力はあまり使えない。
それでも、シルヴェリアの体内を巡る“流れ”を読み、どこに力が詰まっているのか、どこが途切れているのかを教えてくれた。
俺は、シルヴェリアの身体を支える。
動かす時に余計な負荷がかからないように。
崩れた肩口を押さえるように。
俺たちは修理を始めた。
修理。
そう呼んでいいのかは分からない。
治療でもあるような気がした。
応急処置でもある。
組み立てでもある。
壊れたものを直すという行為は、対象が人間に見えれば見えるほど、言葉を選びにくくなる。
瑠香の手は、思った以上に器用だった。
細かい配線を一本ずつ確認し、曲がった部品を少しずつ戻し、外装の噛み合わせを直していく。
彼女の目は、普段よりずっと静かだった。
ふざけない。
慌てない。
余計なことを言わない。
目の前の小さなズレだけを見ている。
俺は初めて、瑠香の横顔をちゃんと見た気がした。
幼なじみ。
ムードメーカー。
行動が早くて、感情も早い。
俺の中の瑠香は、だいたいそういう印象だった。
でも今の瑠香は違う。
自分にできることを探して、それを必死で形にしている。
その横顔は、少し格好よかった。
愛斗「……すごいな」
瑠香「え?」
愛斗「いや、手つき。思ったより慣れてる」
瑠香の指が一瞬止まった。
そして、耳まで赤くなる。
瑠香「思ったよりって何よ」
愛斗「褒めてる」
瑠香「褒めてるなら、もっと分かりやすく褒めて」
愛斗「かなりすごい」
瑠香「急に雑!」
少しだけ、空気が緩んだ。
けれどその緩みは、すぐに消える。
シルヴェリアの体内は複雑だった。
人間のような筋肉や神経があるわけではない。
代わりに、無数の細い機械が絡み合っている。
骨格。
人工筋肉のような繊維。
発光する細い線。
薄い金属板。
それらが、まるで機械で作られた命のように組み合わされている。
瑠香「ここ、本来なら動く部分なのに固まってる。こっちの配線、途中で切れてる。あと、この小さい部品、たぶん外れてる」
ネリュア「そこは流れが乱れておる。繋げば、胸の奥へ戻るはずじゃ」
瑠香「胸の奥って、この光ってるところ?」
ネリュア「おそらくの」
瑠香「分かった。アズちゃん、ここ押さえて」
アズ「……うん」
アズは小さな指で、細い配線を押さえる。
切ってしまわないように。
潰してしまわないように。
まるで小さな命を支えるみたいに。
魔法と機械。
本来なら噛み合わないもの。
けれど今、この場では限定的に噛み合っていた。
ネリュアの見る“流れ”。
瑠香の見る“仕組み”。
アズの見る“壊れる場所”。
そして、俺の見る“継ぎ目”。
それぞれ違う見方が、シルヴェリアを起こすためだけに重なっていく。




