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ただの高校生だった俺は、異世界召喚で空間を斬る最強になったのに、帰ってみたら幼馴染が王家の姫になっていた  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 赤い空の機械世界と銀色の心臓

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第55話:R-02、シルヴェリア

 少女の服は、黒いゴシック調のワンピースだった。


 廃棄物の山から引き出した時、その裾には砂と錆が絡みついていた。長い布地はところどころ破れ、白いレースは茶色く汚れている。肩口から腕にかけては裂けていて、そこから内側の機械構造が見えていた。


 それなのに。


 少女自身は、不思議なほど綺麗だった。


 白金色の長い髪。


 人形みたいに整った顔。


 白い肌。


 閉じられた瞼。


 まるで、この廃棄処分場に何年も捨てられていたのではなく、ほんの少し前まで誰かの部屋で眠っていたみたいだった。


 眠っている。


 そう言えたなら、どれだけ楽だっただろう。


 けれど、彼女に人間の呼吸はなかった。


 胸は上下していない。


 脈もない。


 俺たちは廃棄物の山を離れ、少し奥まった場所に彼女を横たえた。


 周囲には、背の高いコンテナと、壊れた機械の残骸が積み重なっている。外からは見えにくい。運転補助ロボットがまだ追ってきているとしても、すぐには見つからないはずだった。


 はず、という言葉に今さら信用はない。


 でも、今はその“はず”に縋るしかなかった。


 地面には金属片が散らばっている。


 俺はマントを一枚敷き、その上に少女を寝かせた。


 軽い。


 不自然なほど軽い。


 人間に似ているのに、人間の重さではない。


 けれど腕に残った冷たさだけは、妙に現実的だった。


 俺は少女の胸元へ手を当てる。


 冷たい。


 体温はない。


 けれど、奥で何かが動いている。


 心臓ではない。


 脈でもない。


 もっと小さく、もっと硬く、もっと規則的な何か。


 淡い光が、胸の奥で弱く点滅している。


 まるで、まだ夢を見ているみたいだった。


 機械が夢を見るのかどうかは知らない。


 そもそも人間だって、自分がどうして夢を見るのか、ちゃんとは分かっていない。


 だったら、機械が夢を見たところで、俺に否定する資格はないのかもしれない。


 瑠香が、そっと肩口を覗き込む。


 瑠香「……本当に、生きてるのかな」


 愛斗「機械だ。生きていると言っていいのかは分からない」


 瑠香「じゃあ、壊れてる?」


 愛斗「それも違う気がする」


 動いていない。


 けれど、完全に止まっているわけじゃない。


 生きていない。


 けれど、死んでいるとも言い切れない。


 この世界に来てから、そういうものばかりだ。


 心があるようで、ないもの。


 心がないはずなのに、ありそうなもの。


 そして今、俺たちの前には、人間ではないのに少女にしか見えないものが横たわっている。


 アズが、小剣を胸の前に抱えたまま少女を見つめていた。


 その瞳には、怖さがあった。


 けれど、ただの警戒ではない。


 もっと別のもの。


 見てはいけないものを見てしまったような、目を逸らしたいのに逸らせないような、そんな揺れだった。


 アズ「……こわい。でも」


 愛斗「でも?」


 アズ「……なみだ、みたい」


 アズの言葉に、俺は少女の顔を見る。


 涙は流れていない。


 目も閉じている。


 表情もない。


 それでも、確かにそう見えた。


 泣いているように見える。


 涙がないのに。


 声がないのに。


 感情があるのかも分からないのに。


 廃棄物の山に埋もれていたその姿は、助けを求めていたというより、助けを求めることすら忘れてしまったみたいだった。


 ネリュアが杖を少女の上へ掲げる。


 緑の光が、淡く広がった。


 けれど、その光はすぐに揺らぐ。


 ネリュアの顔色は悪い。


 この短時間で何度も力を使わせてしまったせいだ。


 愛斗「無理するな」


 ネリュア「無理はせぬ。妾にできる範囲で見るだけじゃ」


 彼女は静かに目を閉じる。


 緑の光が、少女の身体を薄く包む。


 だが、人間を癒やす時のようには馴染まない。


 光は少女の肌の上を滑り、肩口の機械部分で小さく乱れた。


 ネリュア「……やはり、機械そのものには妾の術は届きにくい」


 愛斗「駄目か?」


 ネリュア「完全に駄目ではない。命の気配は薄い。じゃが、完全に無いわけでもない。理の流れはある。水の流れでも、草木の流れでも、人の血の流れでもない。けれど、何かが内側で巡っておる」


 それが、ほんの少しの希望になった。


 希望というには頼りない。


 火種というには小さすぎる。


 けれど、暗闇の中で瞬く光は、どれだけ小さくても目に入ってしまう。


 俺は少女の肩口を見る。


 裂けた服の奥。


 人工皮膚らしき白い表層の下に、銀色の骨格が覗いている。


 その周囲には、細い配線と、小さな発光体が埋め込まれていた。


 赤。


 青。


 白。


 いくつもの小さな光が、弱く明滅している。


 人間の内臓の代わりに、精密な機械が詰め込まれているみたいだった。


 瑠香が息を呑む。


 瑠香「……本当に機械なんだ」


 愛斗「見た目は人間だけどな」


 瑠香「うん。だから余計に変な感じ」


 俺も同じだった。


 金属の塊なら、まだ割り切れた。


 壊れたロボットなら、壊れたものとして見られた。


 けれど彼女は違う。


 あまりにも人間に近すぎる。


 人間に近すぎるからこそ、人間ではない部分が異様に見える。


 瑠香は少女の首元へ目を向けた。


 汚れと傷の下に、小さな刻印がある。


 さっきは月明かりで、R.I.A. SERIES / R-02までしか読めなかった。


 瑠香が袖でそっと汚れを拭う。


 油と砂が落ちる。


 その奥に、続きの文字が現れた。


 瑠香「……R.I.A. SERIES……R-02……」


 彼女は目を細める。


 瑠香「SIL……VERIA……?」


 愛斗「読めるのか?」


 瑠香「たぶん。英語っぽい表記だけど、発音するなら……シルヴェリア、かな」


 シルヴェリア。


 口に出した瞬間、その名前はやけに自然に響いた。


 廃棄物の山に埋もれていた少女。


 白金の髪。


 銀色の骨格。


 R-02。


 R.I.A.


 所在不明。


 その全部が、ひとつの名前に収まった気がした。


 瑠香は、少しだけ得意げに笑う。


 瑠香「この子の名前、これじゃないかな?」


 愛斗「型番かもしれないぞ」


 瑠香「でも、名前がないよりはいいでしょ」


 確かにそうだ。


 目の前の少女は、自分を名乗れない。


 眠っているのだから。


 壊れているのだから。


 それなら、こちらが呼ぶための名前が必要だった。


 名前というのは、便利だ。


 呼ぶためのもの。


 覚えるためのもの。


 忘れないためのもの。


 拾ってしまったものに名前を与えるというのは、たぶん、もう引き返さないということなのだろう。


 俺は少女を見る。


 愛斗「シルヴェリア、か」


 その名前に反応するように、胸の奥の光が一度だけ弱く瞬いた。


 偶然かもしれない。


 けれど、偶然だと片づけるには、俺たちはもうずいぶん偶然に振り回されすぎていた。

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