第53話:廃棄処理を開始します
車内に、歪んだ空気が渦巻いている。
磁場のようなもの。
結界のようなもの。
いや、機械で作られた封印に近い何か。
俺の空間干渉を遮断している。
愛斗「くそっ……!」
瑠香「どうしたの!?」
愛斗「飛べない。この車、ただの乗り物じゃない!」
運搬と処分のための、封印装置。
その言葉が頭に浮かぶ。
車体が傾く。
穴の縁へ乗り上げたのだ。
俺たちは、徐々に深い穴の底へ向けて傾いていく。
前方の窓いっぱいに、暗い穴が広がる。
底が見えない。
落ちたら終わる。
俺は剣を抜き、車内の壁へ叩きつける。
愛斗「【光断一閃】!」
空間ごと斬る。
そのつもりだった。
だが、刃は車体の内側で鈍く止まった。
特殊な素材。
あるいは、空間干渉を受け流す処理。
斬れないわけじゃない。
でも、一撃では足りない。
ロボットが、ゆっくり振り向いた。
黄色い目が、俺たちを見た。
穏やかな声で告げる。
ロボット「処理を完了します」
その瞬間、瑠香が叫んだ。
瑠香「【光衝弾】!」
光が車内を満たす。
至近距離で放たれた光弾が、窓を直撃した。
透明な強化ガラスのような素材に、白い亀裂が走る。
瑠香はもう一度、腕を突き出す。
瑠香「もう一発!」
光が弾ける。
窓が砕けた。
破片が車内へ飛び散る。
その瞬間、ネリュアが杖を握った。
ネリュア「……心葉結界、小さく」
緑の薄い膜が、俺たちの周囲に広がる。
完全な結界ではない。
彼女の力はまだ戻っていない。
けれど、その薄い膜は飛び散る破片を受け止め、軌道を逸らした。
ネリュアの顔がさらに青ざめる。
愛斗「ネリュア!」
ネリュア「構うな。今じゃ」
アズが拘束具の根元を切る。
小剣が細い金属を正確に断つ。
俺はもう一度、空間を掴む。
窓が壊れたことで、車内の封鎖がわずかに乱れている。
今ならいける。
完全には飛べない。
だが、外へ滑り出るくらいなら。
愛斗「全員、掴まれ!」
瑠香が俺の腕を掴む。
アズがマントを掴む。
ネリュアは俺の背中へ手を伸ばす。
俺は歪んだ空間の隙間へ、無理やり足を差し込んだ。
愛斗「【暁光翔歩】!」
視界がずれる。
身体が引き裂かれそうな感覚。
車内の封鎖が、俺たちを引き戻そうとする。
それを強引に踏み越える。
次の瞬間、俺たちは車の外へ投げ出されていた。
赤い空。
冷たい風。
崖っぷちの地面。
俺は肩から地面に転がる。
瑠香が隣に倒れ込む。
アズは小さく丸まりながら転がり、すぐに小剣を構え直した。
ネリュアは俺の腕の中に倒れ込む。
息が細い。
でも、生きている。
車はそのまま穴へ滑り落ちた。
青い光を引きながら、暗い底へ消えていく。
数秒遅れて、下から重い音が響いた。
金属が潰れる音。
何かが崩れる音。
地面がわずかに震えた。
瑠香が荒い息を吐く。
瑠香「……もう、車も嫌いになりそう」
愛斗「俺も今、かなり嫌いになった」
アズ「……まだ、くる」
その声で振り向く。
穴の縁。
落ちたはずの車の残骸の中から、黄色い光が浮かび上がっていた。
運転補助ロボットだ。
片腕が壊れている。
胴体もひしゃげている。
それでも、ゆっくり這い上がってくる。
ロボット「処理を……継続……します」
愛斗「しつこいな」
ネリュア「相手をしておる余裕はなかろう」
愛斗「ああ」
俺は立ち上がる。
ここで戦ってもいい。
だが、ネリュアは限界だ。
瑠香も消耗している。
アズも、足元がふらついている。
それに、ここは廃棄処分場だ。
敵が一体だけとは限らない。
愛斗「走れ!」
俺たちは、廃棄処分場の奥へ駆け込んだ。
金属の山の間を抜ける。
錆びた柱を避ける。
朽ちた機械の影に身を滑り込ませる。
背後から、壊れたロボットの駆動音が追ってくる。
だが、遅い。
車の落下で相当壊れたのだろう。
俺たちは廃棄物の山の奥へ逃げ込んだ。
そこは、巨大な迷路みたいだった。
積み重なったコンテナ。
折れた機械腕。
腐食した外装板。
割れたガラス。
焼け焦げたドローン。
人型ロボットの胴体。
用途不明の球体装置。
全てが捨てられ、積まれ、忘れられている。
空気が重い。
錆と油と焦げた金属の匂いが濃い。
どこからか、低い電流音が聞こえる。
まだ何かが動いている。
この廃棄場は、完全には死んでいない。
俺たちは、巨大な機械の影に身を隠した。
息を殺す。
背後を追っていた運転補助ロボットの音が、少しずつ遠ざかる。
あるいは、見失ったのか。
あるいは、別の経路で近づいているのか。
判断できない。
瑠香が小さく息を吐く。
瑠香「……最悪。ほんとに最悪」
愛斗「同感だ」
アズが俺の袖をつまむ。
アズ「……大丈夫?」
愛斗「何とかな。みんなは?」
瑠香「私は平気。たぶん」
ネリュア「妾は……少々、情けないが、またしばし休みたいの」
愛斗「無理するな」
ネリュアは弱々しく頷いた。
彼女の顔色は悪い。
この短時間で、また術を使わせてしまった。
それが胸に引っかかる。
けれど、責めている暇はない。
ここがエルネストの言っていた旧工業廃棄物処分場なら、長居は危険だ。




