第52話:安全な目的地
どこへ向かっているのか、俺たちはまだ分からない。
ただ、運転補助ロボットは「安全な目的地」と繰り返すだけだ。
そのまましばらく進んだところで、ネリュアが顔をしかめた。
ネリュア「……これは、気分が悪い」
愛斗「車酔いか?」
ネリュア「馬車よりも、ずっと妙な揺れじゃ。地に触れておるようで、触れておらぬ」
彼女は苦しそうに目を閉じる。
馬車なら平気なのか。
馬車でも酔うのか。
そこは少し気になったが、今聞くことではない。
アズが心配そうにネリュアを見る。
アズ「……ネリュア、大丈夫?」
ネリュア「しばし休めば、なんとかなる。心配はせんでよい」
アズはこくりと頷く。
それから、また窓の外へ目を向けた。
彼女はずっと外を見ている。
赤い空。
荒野。
壊れた構造物。
遠くを飛ぶドローン。
特別なものは見当たらない。
けれど、アズは視線を逸らさない。
愛斗「何か気になるのか?」
アズ「……見られてる、気がする」
愛斗「誰に?」
アズは小さく首を振った。
アズ「……わからない」
その言葉に、背筋が少し冷えた。
見られている。
この世界に来てから、ずっとそんな感覚はある。
第七管理区の門。
管理塔。
子供型ロボット。
巡回ドローン。
そして、この車。
俺たちは歓迎されているわけではない。
たぶん、観察されている。
いや、分類されている。
登録外生命体。
未登録個体。
危険度、暫定低。
そう呼ばれ続けてきた。
いつ、その分類が変わってもおかしくない。
アズが小さく指差す。
アズ「……あれ」
愛斗「何か見えたのか?」
遠く、地平線の向こう。
赤黒い砂の上で、何かがゆっくり動いていた。
大きい。
太い。
まるで巨大な生物が這うような影。
だが、輪郭は機械的だった。
複数の脚なのか。
折れたアームなのか。
何かが砂を押し分けながら進んでいる。
俺が目を凝らした時には、それは瓦礫の影に隠れ、視界の端へ消えていた。
愛斗「今の、何だ」
アズ「……わからない。でも、いやな感じ」
瑠香が薄く目を開ける。
瑠香「何? また敵?」
愛斗「まだ分からない」
瑠香「まだ、って言い方がもう嫌」
その時だった。
運転補助ロボットが、初めて違う言葉を発した。
ロボット「次の処理場へ到着します」
処理場。
その単語が、耳の奥で引っかかった。
処理場。
俺はその言葉を最近聞いたばかりだ。
エルネストが近づくなと言っていた場所。
旧工業廃棄物処分場。
俺はすぐに身体を起こそうとした。
左右の肩に乗っていた瑠香とネリュアも、その空気を察して顔を上げる。
愛斗「処理場って、廃棄物処分場か?」
ロボットは答えない。
代わりに、車の速度が上がった。
車体が低く震える。
青い光が強くなる。
窓の外の景色が、急に速く後ろへ流れ始めた。
ネリュアが口元を押さえる。
瑠香も完全に目を覚ました。
瑠香「何、今の」
愛斗「多分、向かってるのが危ない場所だ」
瑠香「危ない場所って、この世界だとどこもかしこも危ないって話じゃ……」
愛斗「このロボットの“安全な場所”ってのは、俺たちの基準と違うのかもしれない」
瑠香「最悪じゃん!」
ロボット「安全な目的地へ搬送いたします」
愛斗「その安全、誰にとっての安全だ」
ロボット「安全な目的地へ搬送いたします」
答えは返ってこない。
いや、返ってきている。
ただ、俺がほしい答えではないだけだ。
車はさらに加速する。
景色が流れる。
やがて、目的地が見えた。
それは巨大な廃棄処分場だった。
山のような金属の塊。
積み重なった鉄骨。
錆びた機械。
割れた端末。
折れたドローンの羽。
コンテナの壁。
砂に半分沈んだ巨大車両。
人間が使っていたもの。
機械が使っていたもの。
何に使われていたのか分からないもの。
その全部が、捨てられていた。
いや、捨てられたというより、世界の残骸がここへ集められたみたいだった。
車は、その廃棄場の中へ入っていく。
足元で砂利と金属片が砕ける音がする。
処分場の中央には、大きな穴が開いていた。
深い。
暗い。
底が見えない。
巨大な墓穴。
そんな言葉が浮かんだ。
車はその穴へ向かっている。
一直線に。
愛斗「止まれ」
ロボット「処分地点へ到着します」
愛斗「止まれって言ってる!」
ロボット「危険因子の搬送を完了。これより、廃棄処理を開始します」
危険因子。
俺たちのことだ。
このロボットは、俺たちを安全な場所へ運んでいたわけじゃない。
危険なものを、安全に処分できる場所へ運んでいたのだ。
安全。
その意味が、完全にずれていた。
俺はドアに手をかける。
開かない。
ロックされている。
瑠香がガラスを叩く。
瑠香「開けて!」
返事はない。
代わりに、車内の装置が動いた。
座席の両側から、細い拘束具がせり出してくる。
俺たちの腰と腕を固定しようとしていた。
アズが小剣を抜く。
アズ「……逃げる」
愛斗「ああ。逃げるぞ」
俺は【暁光翔歩】を発動させようとした。
この距離なら、外へ出られる。
そう思った。
しかし、足元の空間が掴めない。




